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⑩小説王ー小説の役割

『小説王』早見和真 4/5

面白かった。第一志望群の企業の最終面接前にも関わらず、どうにも止められなくて面接対策をほっぽり出して一気読みした。


何がこんなに面白かったんやろう。小説の中で、小説作りの世界を書くっていう題材設定?登場人物のキャラ造形?展開のテンポの良さ?


悠が見た朝日に対して、「自分というフィルターを通して、自分の言葉で描写しろ。」と伝える俊太郎。小説の本質を言い当てている。小説とは、作家というフィルターを通した世界の見方。

出版社の新卒サイトに「小説と漫画は最少人数で作れるエンタメ」と書かれていたように、作品作りに関わる人数がアニメや映画ほど多くなく、通すフィルターが作家のそれだけやからこそ、より純度が高く作家の見方が反映される。本来、人と共有できないはずの世界に対する視点を共有できる。


自分と他人が見ている世界が同じではないと気付いた時、幼かった私は初めて自分の輪郭をはっきりと意識した。同じ景色を見ても同じ物を食べても同じ言葉を聞いても、その時発生する感情は同じではない。自分と他人の間には埋められない溝があって、どんなに言葉を尽くして分かり合った気になっても、根本的な所で共有できないものがある。


存在している世界は同じはずなのに、見ている世界の形が違う。


これは絶望でもあり希望でもあった。同じ目線で同じ思いで世界を見てくれる人は一生現れない。その代わり、世界は人の数だけ心の中でその形を変える。自分の見方が全てではなくて、生きている限り常に他の見方を摂取して、自分の見方すら変えていける。


私にとって小説とは、そのための道具だったのかもしれない。


自分と他人との間に横たわる溝を軽々と越えて、他人の目で世界を見る。新しい世界の見方を提示して、考え方を、価値観を、行動を変えてくれる。自分の人生だけではとてもカバーできない経験を、感情を、補ってくれるもの。見える世界を何倍にも広げてくれるもの。


私の人生に、なくてはならないもの。


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