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(創作)短編小説

タイトル 「ゆっくりはやく」


「竹之允(たけのすけ)ー!!」
何度呼びかけても起きれない僕を、母さんは怒鳴るように1階から読んでいる。

本当は、何時間も前から起きている。
学校に行きたくないって、どう言ったら伝わるんだろう?
上手く言えない。
いじめられいないけど、なんだか窮屈で呼吸がし辛い場所。

しびれを切らした母さんが、階段を駆け上って来る足音が聞こえる。
ごめん、上手く言えなくて。


僕は、うるう年に生まれた。
2月29日は、4年に1度しかこない。

僕の誕生日は、3月1日生まれで登録してある。
あの年、生まれた同じ学年の子たちは、僕よりもっとずっと大人に見える。
僕は16歳かもしれないし、まだ4歳なのかもしれない。
僕の成長を心配した母さんが「竹」という漢字にこだわって、
僕の名前が決まった。
いつだって竹は丈夫で、伸びるのが速い。


母さんが、ドアを叩き壊すんじゃないかって勢いで叩く。
「たけ!!」
母さんは、何をするのも速い。
そして、強い。

「起きます、起きます。」
僕は母さんに負けじと、声を出す。

また母さんが、急いで下に戻る。
父はもう出勤している時間だ。

みんな速い。
それなりに健康で、やるべきことを分かっている。
やることに追われているようで、きちんと分別しているように見える。
仕事が忙しいと言う両親は、僕の面倒まで見ているんだから。

趣味があり、友達とも出かける。
僕、つまり他人を気にかける時間まで持っている。
物事が凄まじいスピードで通り抜けていく一方で、ゆっくりする時間も持っている。
彼らは、それらを分け隔てている。
分かった上で、あらゆることを楽しんだり、文句を言っている。


 
「ふぅ」
一息つく。

慣れない通学路と、人に囲まれる日々。
学校生活に慣れてきたと願いつつ、クラスで自分の席に着く。
それだけで、まるで今日1日分の仕事を終えた気持ちになる。

授業が始まり、お昼の時間になり、放課後がくる。
部活に行く人は、クラスから消えていく。
僕も同じように立ち上がるけど、帰るためだけに立ち上がる。

僕が自分を孤独だと言ったら、両親の存在を消すことになるのだろうか。
つまらなくはない。
でも、楽しくない。
怒る時もないし、喜ぶこともない。
僕が僕でいる。
それだけで良いなら、どれだけ良いだろう。


「ただいま。」
誰もいないのは、分かっている。

母さんは、帰って来たら僕のことを気にかけるだろう。
学校で上手くやっていけているのか。
上手くいくってなんだろう。
成績が良いなら、満足してもらえるのかな。

父さんは、運動をすることをすすめてくる。
きっと、僕に友達や彼女を連れて来てもらいたいのかもしれない。
他人とは、まるで自分自身を映す鏡のようだ。
僕が彼らに興味が持てないと、相手も僕に興味を示さない。
だから、僕は誰も家に連れて来たことがない。


パソコンを立ち上げると、世界中のニュースが手に入る。
たくさんある情報の中で、本当に必要なものはどれだろう。
僕には、それが分からない。

生まれた人数は分からなくても、死者の数はニュースになる。
どうしてなんだろう。

どこかで読んだ。
数字は嘘をつかないが、数字を使う者は嘘をつく。
人の手に渡ると、どうしてそうなるのか。

音にあふれた世界。
多くの言語と音が、僕の部屋を埋め尽くす。
課題のレポートのための情報だけを選ぶ。
僕は、本当に選べているのだろうか。
Aを取るための選択肢にだけ、手を伸ばしていないだろうか。

もっと考えたいのに、時間だけは早く過ぎてしまう。
考えていると、母さんが帰って来る。
母さんは素早く着替えて、ご飯を作る。
そして、同じように素早く僕を呼びに来る。

「ご飯だよー」


本当は、たくさん話したいんだ。
でも、僕は他の人と同じように生きられない。

感情にあふれる世界観で、話してみたい。
他の人がするように、同じことをしたい。

「ゆっくりで良いよ」

そうやって言ってくれる人もけど、世の中はそうじゃないんだ。
僕は、僕でいたい。
受け入れてくれなくても良いから、僕という存在でありたい。

他の人と同じように、分けることは難しい。
自分のことをしながら、誰かのことを気にかけること。
何かをしながら、全然違うことをすること。

笑っていながら、陰で泣くこと。
怒っているのに、許すことが出来ること。
悲しいのに、誰かを優先して同じ場所で他者のために喜ぶこと。

忙しいと言いながら、優先事項をしっかりつけて、
毎秒毎秒、取捨選択を瞬時に行うこと。

光回線に驚くよりも先に、人の叡智に驚かされる。

僕は、僕の時間で生きている。
バランスを崩さないように、僕は僕のスピードを保つ。
今は、それで良いんだ。


ゆっくり早く。
時間なんて、存在しない。
僕は、それを証明したい。

ゆっくり早く。
これを時間にするなら、どうだろう。
計算式にするなら、どうだろう。

現状維持をすることが、最短な分け隔てることなのかもしれない。
でも、急かされるのはなぜだろう。
事が進まないからだろうか。
世界が止まったら、それは面白いと思うのだけれど。


「ご飯食べないの?」
母さんの声で、僕は現実世界に戻ってくる。

ゆっくり早く、僕はご飯を食べる。
1つ1つこなしていれば、きっと大丈夫。


そう、ゆっくり早く。


(完)



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