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女子と語学力(13) 〜ひたすらに 人の手を借り ごまかした 予習復習 したこともなく〜

だんだんこの記事が何番目なのかもわからなくなってきて、13だっけ?と思っているが、大学時代の思い出について引き続き書きたい。

高校3年間ひたすらに暗記中心の勉強に明け暮れた結果、大学に合格した瞬間に勉強をするモチベーションが、近年の高機能な飲料のように、糖質もカロリーもコレステロールもまるでゼロになったかの如く、綺麗さっぱり無くなった。授業は厳しいとされるカリキュラムだったが、出席点を最低限取れば単位は取れる。ゴミのようなレポートを人目も憚らず出し、コメントシート、と呼ばれるものにアホのようなコメントを数行書いたりしていた。今にして思うと、大学院修士課程、博士課程、Ph.D などを取得して輝かしい経歴を誇って授業を行なっていた先生たちに対する冒涜の極みである。自分は、授業の予習復習、というものをほぼしたことがなかった。厳密に言うと1年生の時の英語で開講された授業は、さすがに何もしないで出るわけにはいかなかったので、少しはしたような気がするが、その後、大量の英語の論文を読ませられるような授業で、課題を読んだ記憶が一切綺麗に何もない。なぜならば、英語で書かれた論文が、読めなかったから〜(ドドン!)!

もしかするとテスト期間、レポート提出時期以外の総勉強量は、1年間、45分(4年間トータルで180分)とかだったかもしれない。ストップウォッチなどを測って計算したわけではないが、そのくらいだったとしてもおかしくはない。そのくらい、勉強しなかった。

寮のイベントはとにかく忙しく、それ以外にも、学内で有志で行われたオペラ(!)などにも参加していて、本当に勉強をする時間がなかったのだった。常に睡眠不足、昼夜逆転の日々であった。そんな生活だったが、当時入っていた女子寮のしっかりとした先輩方や後輩たちのおかげで、履修登録の仕組みや留学の仕組みなどを教えてもらい、さらに白い目で見られながらもノートを借りたりして、なんとか単位を取ることができていた。もしあの時、寮に入っていなかったら、入学直後から単位を落としまくって、今頃路頭に迷っていたかもしれない。卒業証書を手に入れることができたことは奇跡のようだ。

そのような中、自分にとって最も印象的であり「英語ヒエラルキー意識」の上で頂点に立っているかのようであり、自分の地べたを這うような視点を作り上げる上で欠かせない、ある教授の授業をとることとなった。

女子と語学力(14)へ続く…

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