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NC制作の景色 #4 「NC和紙でつくるWASHI BOX」

「ルリユール」——フランスやベルギーで脈々と受け継がれてきた、ヨーロッパの伝統的な製本・装丁を行う職人を意味する、なんとも優美なこの語音。NEUTRAL COLORSの制作メンバーには、この技術を身につけた女性がいる。「WASHI BOX」などのグッズ制作面からNCを支えてくれている、製本家の中川京子さんだ。

現代に生きるルリユールの技

中川さんが知人のアートブックの制作を手伝っていると聞き、まだ蝉の声が響きわたる夏の週末、NCスタジオを覗いてみた。鮮やかな写真とテキストが印刷された折丁が、ちょうど糸で綴じられるところだった。

「列帖装(れっちょうそう)という、平安時代から万葉集でも用いられてきた古典的な和綴じの手法です。あらかじめ開けておいた下穴に糸を通していきます」

「この本に関しては普通の裁縫用の手縫い糸を使っています。気軽に手に入りやすいものでつくろうと思って」
どの工程も省けないし少しでもズレれば全体に影響する。集中力がないと感じると作業を止めるという。

ルリユールを学べる学校は国内にはほとんどない。しかし中川さんは、都内のカルチャースクールで特別に製本のプロを養成するコースの存在を知る。数年の入学待ち期間を経て、2年間毎日みっちり学んだ。

では、ルリユールとはどんな製本なのか?中川さん曰く、聖書やハリーポッターの世界に登場するような、革の重厚な雰囲気の本をイメージするとわかりやすいそうだ。また、日本ではこのような製本を“工芸製本”と呼ぶこともあるとか。

彼女自身はこうした“工芸製本”が好きだったのだろうか。
「学生時代から独学で短歌集などを製本をしてましたが、ライトな造りの本が好きだった」と話す。フランスでもルリユールによる本といえば、「伝統的で重厚な本が作られている一方、現代的な軽やかな造りのものもあり、価格も安価なものから手に入らないほど高級なものまである」そうだ。

ディティールを追求したWASHI BOX

そんな彼女の手により生まれたのがNC和紙を施した「WASHI BOX」。かすかな毛羽立ちの柔らかな風合いとは裏腹に、整然とした角のフォルムが美しい。

そもそも製本と箱づくりはどう結びつくのだろうか?
「本を収める箱、蓋のないスリップケースみたいなものは、ルリユールではよく作るんです。基本的な技術なんですが、それを応用してつくりました」

「どこにも継ぎ目や段差を感じさせない」細部へのこだわりを追求した。

一つひとつ手作業の工程は多く、想像以上に丹念につくられている。開けるとスリットが見える「インロー箱」の蓋は、ピタッと気持ちよく収まる。

「あまりこのタイプの箱を見かけないのは、箱を2つつくらないといけないので、手間もかかり採算が取れないからだと思います(笑)。厚紙を貼り合わせ箱をつくり、さらにいろんな紙で補強し、やすりで削って形を整えて、最後に和紙を貼ります」

和紙は裏打ちをし、厚みを持たせてから箱に貼り合わせるのが通常だが、今回はあえてその方法を選ばなかった。「完全に綺麗な真っ白な箱を完成させてから、薄い和紙を糊で薄くぺたっと貼り付けています。なので、継ぎ目が見えないんです」

知られざる製本の世界

知人経由で製本を依頼されることの多い中川さんの最近の課題は、依頼主に対し、製本の前提知識をきちんと伝えること。「製本、特に手製本となると、ものすごいたくさんの方法があるんですね。その無限とも言える可能性を伝えたいなって思うんですけど、伝えるのがいつも難しい」

機械製本とは異なり、手製本は融通が利くことが強み。だからこそ、布地や紙質も本物を一緒に見て触って、会話しながら制作したいと思っているのだとか。

左は中川さんが制作した「束見本」。これから自身の本をつくるときの見本帳のようなもの。

そんな経緯もあって、今まで取り組んできた製本作業を振り返り、疑問に思って調べたことを書き留めるnote記事を執筆している。
「自由研究みたいに気楽にやろうと思って」と話す中川さんは、それが一般的にあまり知られていない手製本の世界の布教活動になると信じている。ゆくゆくは、このnoteをベースにした本の出版も視野に入れながら。

もし自分が小さな本をつくるとしたら、どんな紙でどんな装丁がいいだろうか——そんな妄想を巡らせてみるが、それよりもまずは中川さんの“自由研究の成果発表"と、出版を楽しみに待とう。それがきっと、本をつくってみたい人にとっての貴重な手がかりになるはずだから。

最初に作業していた列帖装の手製本が完成した。限られた人に贈られる特別な本。

Text: Rina Ishizuka

完全にインディペンデントとして存在し、オルタナティブな出版の形を模索し続けます。