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蓮の宿に光源氏を放置したひと…原文で楽しむ源氏物語

夏。上野公園へ蓮の花を見に行きたくなります。
蓮が出てくる古文を読んで楽しんでいます。

『源氏物語』
光源氏の晩年が描かれる〈鈴虫〉(巻之三十八)

40歳の時、14歳の女三の宮を妻に迎えた光源氏〈若菜上〉。
自分の娘くらいの若い女性と結婚するイケオジ俳優……という感じですね。

朱雀院(光源氏の異母兄)の第三皇女である女三の宮は、藤壺の姪。
藤壺は光源氏の永遠の思い人です。
その姪ということは、紫の上と同じ。
18歳の時、10歳の紫の上に心を奪われた光源氏。
「夢よ、もう一度」ということですね。

紫の上からすれば、32歳の時に、8つ年上の夫が、
自分より18歳も若い女と結婚する!
しかも自分より格上の!!(院の娘ですから)

その後、紫の上は病気に……。
ま、むべなるかな。

藤壺の姪であっても、紫の上と違って性格の幼かった女三の宮に光源氏は失望。そんな彼女に柏木(源氏のライバル頭中将の長男)が横恋慕。

密通→女三の宮懐妊→源氏に露見→女三の宮不義の子(薫)出産

となるわけですね。

これ、源氏も十代の頃、同じことをしでかしていますが、自分がするのは良くても、されるのは許せない彼は、柏木をネチネチ苛めます。

柏木、「良心の呵責に堪えかねて悶死」

広辞苑にそう書いてあるんですが、悶死ってすごいな。

女三の宮の方は出家したいと申し出ます。〈柏木〉
源氏は宮にもつらくあたりますからね。

で、剃髪。

そんなこんなで〈鈴虫〉の冒頭に至ります。

夏ごろ、はちすの花の盛に、入道の姫宮の御持仏ども、あらはし給へる、供養ぜさせ給ふ。

訳:夏の頃、蓮の花の盛りに、仏道に入られた姫宮(女三の宮)の御持仏(その人が朝夕に拝する仏)の数々を開眼(かいげん)なさり、供養をあそばす。

50歳になった光源氏。
それまで大切にしてこなかったのに、出家した宮に未練たっぷりです。

おましを譲り給へる仏の御しつらひ見やり給ふも、さまざまに、「かかる方の御いとなみをも、もろともに、いそがむものとは思ひ寄らざりし事なり。よし後の世にだに、かの花の中のやどりに、へだてなくとを思ほせ」とて、うち泣き給ひぬ。

意訳:御座所を譲りなさった仏様の飾りつけに目を向けなさると、さまざまなことに思いが巡り、源氏は「このような方面のお仕事まで一緒に準備することになろうとは思いもしなかったことだ。まあ、せめて来世では、あの蓮の花の中の宿に、離れることなく一緒にいたいと思ってください」

  蓮葉(はちすば)を同じ台(うたて)と契りおきて
    露のわかるるけふぞ悲しき

と御硯にさしぬらして、香染なる御扇に書きつけ給へり。宮、

  へだてなく蓮の宿を契りても君が心やすまじとすらむ

と書き給へれば、「いふかひなくも思ほしくたすかな」と、うち笑ひながら、なほあはれと物を思ほしたる御気色なり。

意訳:
(源氏)来世はともに同じ蓮の葉を台にしようと約束しておいて、葉に置かれる露のように別々になっている今日が悲しいことだ

と、硯で筆を濡らして香染めの扇に書きつけなさった。宮は、

蓮の宿で仲良く住もうと約束しても、あなたの私への思いは澄むことがなく、住むこともないのではないでしょうか?

と書きなさったので、源氏は「どうしようもなくけなしてくださることだなあ」と笑いながらも、やはりしみじみと胸が一杯になっているご様子である。

光源氏はこの後、ほどなくこの世を去ります。

26歳年下の女三の宮は、当然のことながら生き続け、宇治十帖にも出てきます。
蓮の宿、どうなったんでしょうかね?
蓮根のごとく穴があきまくっていたのかも……


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