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アロマが脳波と瞑想にもたらす効果

これまではアロマセラピーについての抗不安効果が世界的権威のある学術誌で取り挙げられ (*1)、抗ストレス効果やリラクゼーション効果もエビデンスが示されていることを紹介しました(*2)。

今回もアロマに関する研究ですが、アロマオイル/エッセンシャルオイルが脳波にどのような影響をもたらすか、という点について科学的な知見を解説していきます。

最初の研究は「The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity(ラベンダーオイルの吸入が感情状態、自律神経系、脳の電気活動に及ぼす影響、*3)」というタイトルで、タイ・バンコクの大学から発表されたものです。

研究の対象としては、標準的な体型(BMI: body mass indexが20前後、一般的に18.5〜25が普通体重)の人、嗅覚異常や重病歴の無い人、年齢が18歳〜35歳(平均23.3歳)、男女10人ずつ計20人が選ばれました。

用いたアロマ(エッセンシャル)オイルはラベンダーオイル(Lavendula angustifolia: 真正ラベンダーとも呼ばれる*4)で、希釈用のオイルとしてはスイートアーモンドオイルが使用されました。スイートアーモンドオイルとは、良い香りがしそうな名前ですが、無臭でありエッセンシャルオイルを希釈するためのキャリアオイルとして一般に使用されるものです(*5)。ですので、ラベンダーオイルの効果と比較するための無臭のオイル(対照/コントロール)として使用されたものと考えてください。

アロマの投与方法は、参加者に酸素マスクのようなマスクを着用してもらい、そのマスクに酸素の代わりに10%希釈したラベンダーオイル1mlの気化した空気を流して吸入してもらいました。

自律神経系(ANS: autonomic nervous system)の評価として、血圧、心拍数、皮膚温度、呼吸数が記録されました。

気分(emotion) の評価としてはGEOS (Geneva Emotion and Odor Scale, *6)という“匂いと気分”に関する国際的評価基準が用いられました。

気分の評価方法は、前回も紹介したVAS (visual analogue scale: 下図)スケールという10cmのバーの任意の場所(0:Min〜10:Max)に印をつけてスコア化する手法が用いられました。気分の種類は、快い感情(気分が良い feel good)、不快な感情(気分が悪いfeel bad)、不快な uncomfortable、嫌悪感 disgusted、イライラ frustrated、ストレスを感じる stress、官能性(ロマンチックなromantic)、 リラクゼーション(リラックス relax、穏やか calm、眠いdrowsy)とリフレッシュ(リフレッシュfresh、元気active)という各項目がスコア化され解析されました。

脳波測定(EEG: electroencephalography)については国際的な10-20システムという標準化された方法に基づいて計測されました(Figure 3, *7)。電極の分布は前頭葉(F: frontal)、側頭葉(T: temporal)、後頭葉(O: occipital)、頭頂葉(P: parietal)、中央部(C: central)が全体的に網羅されています。

最初の自律神経状態(ANS)と気分の評価の実験セッションは3つのパートで構成されました。
I-1)安静時(rest)測定(10分間):10分間何もせずにリラックスし、その間の自律神経状態(ANS)の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。
I-2)スイートアーモンドオイル(SO)吸入実験(20分間):無臭のキャリアオイルであるスイートアーモンドオイルのみを吸入してもらい、その間の自律神経状態の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。
I-3)ラベンダーオイル(LO)吸入実験(20分間):ラベンダーオイルを無臭のSOで10%濃度で希釈したオイルを吸入してもらい、その間の自律神経状態の計測、終了時の気分状態の評価(参加者の自己評価)を計測。

続いて脳波測定(EEG)実験は初回実験から7日後に4つのパートに分けて行われました。
II-1)開眼時の脳波測定(7分間)
II-2)閉眼時の脳波測定(7分間)
II-3)スイートアーモンドオイル(SO 100%)のみ吸入して脳波測定(7分間)
II-4)ラベンダーオイル(LO: 10%濃度、90% SO)を吸入して脳波測定(7分間)

まず自律神経状態(ANS)の結果はどうだったかというと、Figure 4に示すような結果となりました。各条件(rest, SO, LO)の計測値が記されていますが、右から2列目を見ると安静時とSO吸入時の比較(rest vs. SO)が示されていて、p-valueが小さいほど統計学的に差があると言えます。

こうして見るとSO吸入時でも心拍数(Heart rate)と呼吸数(Respitatory rate)で明らかに低下していることが示されています(下線部)。

また、Figure 4の一番右側の列にはSOのみ吸入した状態とラベンダーオイルを吸入した状態の比較(SO vs. LO)が示されています。これを見ると、SOの時よりもさらに収縮期血圧(SBP, p<0.001)、拡張期血圧(DBP, p<0.001)、心拍数(HR, p<0.001)、皮膚温(ST, p=0.001)において統計学的に明らかな変化が起こっていることが分かります(下線部)。自律神経の反応からも、ラベンダーオイルによって血圧低下や心拍数の減少といったリラクゼーション反応がもたらされていることが数値に表れています。

次に気分の変化の解析結果ですが、Figure 5のような結果となりました。こちらも解説していきますが、右から2列目が安静時とスイートアーモンドオイル(SO)吸入時の比較(rest vs. SO)です。下線部が統計学的に有意差がある項目ですが、青色の下線部分は「気分が悪い方へ変化している」ことを示しています。SO単独吸入によってGood(気分が良い):低下、Bad(気分が悪い):上昇、Drowsy(眠気):上昇、Fresh(リフレッシュ):低下、という変化でした。これはスイートアーモンドオイルが不快な匂いがするわけではないと思いますが、言ってみれば、「ただのぬるい味のない水を飲んだ時」を想像してもらえると、あまり心地良くない気分が理解しやすいのではないかと思います。

これに対してFigure 5一番右側の列、SOのみ吸入時とラベンダーオイル吸入時の比較(SO vs. LO)に着目すると、"Good"、"Active(活動的)"、"Drowsy(眠気)"、"Fresh"、"Relax(リラックス)"の6項目において明らかに差が出ており、いずれも良い方向に変化していることが示されています(赤下線部)。

そして脳波の解析をFigure 6に示します。Figure 6左側を見るとシータ波(Theta)アルファ波(alpha 1, alpha 2)、ベータ波(beta)といった脳波ごとのパワーが部位別に並べられています。右から2列目のSO単独吸入時ではほとんど変化なし、あるいは低下した(青下線部)、1箇所のみ上昇した部分(赤下線部)が見られましたが、一貫した傾向は特に見られません

これに対してFigure 6一番右側の列を見ると、ラベンダーオイル吸入時にシータ波、アルファ1波、アルファ2波、において脳全領域でパワーが増強していることが分かります(赤下線部)。これは非常に分かりやすい変化で、誰がどう見てもラベンダーオイル吸入によって脳波に明らかな変化がもたらされていることが分かるデータとなっています。

この研究論文で公表されている脳波画像ではFigure 7(アルファ波解析結果)のようになりますが、これを見ても通常の閉眼時、SO吸入時、ラベンダーオイル吸入時の違いは一目瞭然です。ちなみにSO条件でもLO条件でもベータ波には明らかな変化は見られませんでした。

この研究結果から、「ラベンダーオイルは吸入するだけで、気分の落ち着き・リラクゼーション効果が得られ、その効果は自律神経の調節にも良いリラックス作用をもたらし、脳波では脳全体のアルファ波、シータ波の増強・活性化を促す」ということが言えるようです。



続いて最近の脳波とアロマに関する研究をもう一つ紹介します。タイトルは「Effects of inhaling essential oils of Citrus limonum L., Santalum album, and Cinnamomum camphora on human brain activity.(レモン、サンダルウッド、クスノキのエッセンシャルオイル吸入がヒトの脳活動に及ぼす影響, *8)」という研究で2023年、つい最近日本から報告された新しい研究です。

端的に実験概要を説明すると、24名の健康的な男性被験者(平均年齢21.8歳)に一定のデスクワーク(パソコン作業)を行わせ、その作業ストレス付加時にアロマオイルを吸入し、作業効率や脳波にどのような影響が現れるか、というものです。

与えられたタスク(パソコン作業)は“2-back作業記憶タスク(*9)”というもので、“文字が1文字ずつ表示され、○個前と同じ文字が現れたら一定の操作を行う”という“単純な認知と判断を繰り返す作業”です。

アロマオイルはアゴに固定されたコットンに各エッセンシャルオイル [レモン、サンダルウッド、クスノキ、シャム (後述) ] を塗布して吸入されました。シャム(sham)とは“見せかけのもの”といった意味でここでは“アロマオイルを含まない溶媒だけの液体”を指します。具体的にはジプロピレングリコール(DPG, *10)という化粧品等によく使われる溶媒で、先の実験のスイートアーモンドオイルのような役割と言えます。

実験の流れは以下の通りです。
1. 安静(1分間):  参加者は目を開けたままリラックス。
2. 吸入前タスク(2分間):  文字 2-back 作業記憶タスクを実行。
3. アロマ吸入(2分間): 仕事休止、エッセンシャルオイル吸入。
4. 吸入後タスク(2分間):  再度文字 2-back 作業記憶タスクを実行。

各期間で脳波が計測され、この研究でも国際的な10-20システム(*7)に基づいて計測されました。

結果の方ですが、まず被験者らのアロマに対する好みはFigure 8左のようになりました。レモン/サンダルウッド/クスノキの中ではレモンが一番好まれる結果となりました。20歳頃の男性からすると最も馴染みがあって人気なのは予想通りかもしれません。

次に2-back作業記憶タスクの効率を示したのがFigure 8右に示されています。“d'スコア”というのは高いほど仕事の正確性や正答率が高く、3種のアロマ+対照の中では「レモンオイル吸入後が有意にd'スコアが高かった」という結果になりました。

脳波の解析結果はFigure 9のようになりました。この図は脳波信号[デルタδ波 (0.5 ~ 4 Hz)、シータθ波 (4.5 ~ 7.5 Hz)、アルファα波 (8 ~ 12.5 Hz)、ベータβ波 (13 ~ 30 Hz)、ガンマγ波 (30.5 ~ 40 Hz)]を解析し、有意に強くなった部位を赤で示し、その部位を平均的な脳MRI画像に投影したものです。

この結果(Figure 9左側)を見ると、シャム(溶媒のみ)でもアルファ波、シータ波、デルタ派において前頭葉の一部に活性化が見られるようです。過去の紹介記事(*2)でもあったように「ただ大きく深呼吸するだけでも一定のリラックス効果が得られる」ということかもしれません。

Figure 9中央はレモンのエッセンシャルオイル吸入後0-30秒、30-60秒の脳波を解析したものです。レモンの場合は開始後30秒以内に前頭葉の広い範囲でアルファ波、シータ波、デルタ波の活性化が見られることが分かります。ここでは省略していますが、120秒後までアルファ波の増加が見られたことが確認されています。

Figure 9右側はサンダルウッド吸入後の脳波の変化です。サンダルウッドの場合は吸入後60-90秒後に前頭部でベータ波とガンマ波の増加が見られました。クスノキのエッセンシャルオイルはこの実験では脳波における有意な変化は見られなかったとのことです。


今回紹介した2つの研究の要点は以下のようになります。
・ラベンダーオイルは気分を落ち着かせ、ポジティブに変化させる
・ラベンダーオイルは自律神経も安定させ、整える効果がある
・ラベンダーオイルは脳全域でシータ波、アルファ波を増強させる
・レモンオイルは記憶作業タスクのパフォーマンスを向上させる
・レモンオイルは吸入後速やかに前頭葉中心にアルファ波/シータ波/デルタ派を増強させる
・レモンオイルはアルファ波の増強を長く持続させる
・サンダルウッドは前頭葉でベータ波/ガンマ派の増強が見られた

ここで脳波の種類について簡潔に説明します(Figure 10, *11)。周波数は先の研究(*8)に従っていますが、細かい範囲は文献により異なりますが大きくは違わないので気にしないでください。

・デルタδ波 (0.5 ~ 4 Hz):徐波睡眠、ノンレム睡眠(*12)、深い眠り、深い瞑想
・シータθ波 (4.5 ~ 7.5 Hz):半覚醒、想像、瞑想、記憶形成
・アルファα波 (8 ~ 12.5 Hz):知覚鋭敏、集中、高効率、学習、冷静
・ベータβ波 (13 ~ 30 Hz):覚醒、精神活動、葛藤、問題解決、判断
・ガンマγ波 (30.5 ~ 40 Hz):神経同期、並行情報処理、感覚結合

まだ未知の部分もありますが、大まかに説明して上のように覚えてもらって良いと思います。この中で一般的に瞑想時の脳波としてはシータ波やアルファ波が多いとされています。より深い深層意識を使う時はデルタ波などとも言われています。対して、日常の意識はベータ波が優位とされており、特に瞑想など日頃意識してない人はほぼベータ波が支配的と考えて良いでしょう。

こうして今回紹介した研究を振り返ってみると、ラベンダーオイルやレモンオイルは吸入して短時間のうちに脳波に変化をもたらし特にシータ波やアルファ波を増強させることができます。それはつまり、「吸入して短時間で瞑想に適した脳波状態へと誘導してくれる」効果があると言えます。

アロマオイル、特に質の良いエッセンシャルオイル(精油)は不安症状や抑うつを改善するだけではなく、気分をポジティブな方向に変化させリラクゼーションや活力を与えてくれます。それは精神的な気分だけではなく、血圧/心拍数/体温といった自律神経の緊張状態も解きほぐしてくれます

さらに今回の2つの研究で示されたように「アロマオイルはその香りを嗅ぐだけで即座に脳波を切り替える」ことができます。「気分を良くさせ、自律神経を介して身体のリラックスをもたらし、アルファ波やシータ波を高める」これは瞑想をする上では使わない手はありません。職場で集中して作業効率を上げたい時はレモンオイル、ゆったりした気分で部屋で深い瞑想を行う時はラベンダーオイルなどと使い分けてみるのも良いですね。もちろん他にも数多くのエッセンシャルオイルが入手可能ですし、香りは個人によって感受性(好き嫌い/合う合わない)も様々なので、いろいろと試してみるのが良いと思います。ちゃんと科学的根拠も示されたので、瞑想の効果を高めるために是非使ってみてください。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨  医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用:
*1. アロマセラピー/アロマヒーリングって科学的根拠あるの?https://note.com/newlifemagazine/n/na9b1dcba056e 
*2. アロマセラピー/アロマヒーリングの疲労回復・リラックス・抗ストレス効果に対するエビデンスhttps://note.com/newlifemagazine/n/n4e5d3b7df1b8 
*3. Sayorwan W, et al. The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity. J Med Assoc Thai 2012; 95 (4): 598-606, 2012
*4. 真正ラベンダー Lavandula angustifolia-エルバエルヴェティカ日本総代理店HP. https://www.esters.co.jp/plants/エッセンシャルオイル-d-l/lavandula-angustifolia-真正ラベンダー/ 
*5. キャリアオイル−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/キャリアオイル 
*6. Chrea C, et al. Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors. Chem Senses 2009; 34: 49-62.
*7. 10–20 system (EEG)- Wikipedia. https://en.m.wikipedia.org/wiki/10–20_system_(EEG) 
*8. Ueda K, et al. Effects of inhaling essential oils of Citrus limonum L., Santalum album, and Cinnamomum camphora on human brain activity. Brain and Behavior 13.2 (2023): e2889. doi: 10.1002/brb3.2889
*9. Nバック課題−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/Nバック課題 
*10. ジプロピレングリコール(DPG)−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ジプロピレングリコール 
*11. Sowndhararajan K, et al. Influence of Fragrances on Human Psychophysiological Activity: With Special Reference to Human Electroencephalographic Response Sci. Pharm. 2016, 84, 724–751; doi:10.3390/scipharm84040724
*12. レム睡眠/ノンレム睡眠−Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/レム睡眠#ノンレム睡眠 

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