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With AI時代、発信者のAI活用とリスクとは 小説家、戦場カメラマン、医療ジャーナリストの視点から

3月29日、新しい気づきや行動につながる情報を発信したエキスパートを称える「ベスト エキスパート 2024」授賞式を開催し、「Yahoo!ニュース エキスパート」に参加する専門家やジャーナリスト、クリエイターを前に「With AI時代 発信者はAIにどう向き合うか」というテーマでパネルディスカッションを実施しました。小説家、医療ジャーナリスト、戦場カメラマンは、生成AIをどう活用し、リスクを捉えているのか。ディスカッションの様子をレポートします。(構成・文:笹川かおり、写真:高橋宗正)

【出演】(敬称略)
・九段理江(くだんりえ):小説家、執筆の過程で一部生成 AI を活用した『東京都同情塔』で第170回芥川賞受賞
渡部陽一(わたなべよういち):戦場カメラマン、Yahoo!ニュース エキスパート コメンテーター
市川衛(いちかわまもる):医療ジャーナリスト、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー

【モデレーター】
・宮澤弦(みやざわげん):LINEヤフー株式会社 上級執行役員 生成AI統括本部長

生成AIの回答に感じた違和感、小説のアイデアに

宮澤:九段さんは、執筆の過程で一部生成 AIを活用したという芥川賞授賞式での発言が話題になりました。周囲の反応も含めて、いまはどう感じていますか?

九段:純文学ってマニアックな狭い世界なので、発言がここまで話題になったこと自体が驚きでした。芥川賞は、日本語における言語芸術の最先端を競うような賞なんですが、私自身もいろいろな言語の可能性を考える中で、当たり前に新しい技術を使った感覚があって、本当に、ナチュラルに、「5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と言いました。炎上目的では全然なかったので反響には驚きましたね。

九段理江さん

宮澤:ChatGPTがリリースされた直後から、スマートフォンでGoogleやYahoo! JAPANのアプリを使うのと同じような感覚で使われたそうですね。

九段:いつも現代的なものをモチーフにして小説を書いてきて、そのとき一番新しい技術が生成AIだったんです。主人公は、近未来に生きる建築家の女性。彼女はいつも生成AIに質問を投げかけていて、それが生活や自分の思考の中に入り込んでいる設定にしたので、必然的にAIから返ってきた文章をそのまま使った部分もあります。

スライドは、小説を考えるうえで、最初にChatGPTにした質問です。「刑務所という名称を現代的な価値観に基づいてリニューアルしたいです。どのような案が考えられますか?」と。返ってきたのがこちらです。即時に返ってくるんですね。

九段:よく見ると、「リハビリテーションセンター」「ポジティブリカバリーセンター」とほぼ全部カタカナで返ってきたんです。現代的な価値観では日本語を使わなくなっているんだなと。その違和感がアイデアの根本でもあります。主人公が“カタカナ嫌い”という設定も組み込みました。小説にはChatGPTではなくて、オリジナルで考えた「AI-built」というキャラクターも登場します。

Yahoo!ニュース エキスパートの発信で、生成AIを「編集者」として活用

宮澤:市川さんの事例も教えてもらえますか。

市川:3月に掲載した「新型コロナ薬『有用性なし』の衝撃 1600億円以上を売り上げた「新薬」は無駄だったのか」という記事は、Yahoo!ニュース トピックスには取り上げられなかったんですけど、非常に多くの方に読まれました。

市川衛さん

市川:これを書いたときに、生成AIのClaude 3(クロード3)を使ってみたんです。僕はまだ記事を書くときにはうまく使えなかったんですが、使い方を変えて、編集者としてAIに活躍してもらえないかなと。まずClaude 3に記事を読んでもらって、「どんな感じだった?」と聞いたらワーッと感想が返ってきたんですよ。「もっと補足したり、削ったりした方がいいところはある?」と聞いたら、もう編集者のメールみたいなものが返ってきてすごいなと。

市川:衝撃を受けたのは、「決算資料に関する脚注は、本文の流れを阻害しているように感じます。必要であれば本文中に簡潔に盛り込む」とあったんですけど、まさに決算の話が面白かったから、記事に無理やり入れて、大丈夫かな……と不安に思っていたところだったんですよ。本文ではなく文末の脚注まで落としてみたら、読みやすくなりました。これまで編集者にやっていただいていたことは、実用に資するレベルに来ている。とくにClaude 3ではそう感じますね。

戦場取材、危機管理にAIを活用する可能性

宮澤:渡部さん、今日の議論次第で生成AIを使ってみるか決めるとおっしゃっていましたが、いまのところいかがですか?

渡部:最初に生成AIに問いかけて、フワッと出てきた言葉を目にしたとき、人とお話をしているような愛着を感じたんですね。ロボットというよりも、友人や家族のような、温かいアドバイスをくれる。日常の中で親しみを感じながら慣れていけそうな感覚を持ちました。

渡部陽一さん

渡部:戦場報道という仕事のうち、実は約80%は危機管理。情報をくり返し確認します。現地の情報を収集して包括的に検討し、万が一何か起こったときに複数の避難経路を確保していく。危機管理に、労力や時間やお金を注いでいくんですけれども、生成AIとの対話によって、取材の段取りを組む中で、日本にいながら複数の選択肢を把握できるかもしれないなと。戦場カメラマンとして必ず現場に入る。それが土台にあるんですけど、自分で危機管理を考えるうえで選択肢が広がる可能性があるかもしれないと思いました。

宮澤:AIにはまだまだ課題もあります。例えば、戦争について学習したコンテンツは大量にありますが、そこにリアリティはない。戦場取材はなくならない一方で、取材のサポートとしてのAI活用はこれから進化していく領域かもしれません。

生成AIが得意なこと、期待できないこと

宮澤:生成AIをこう使うといいんじゃないか、こんなところをポジティブに感じる、といった感想があればお聞かせください。

市川:明確に届けたいターゲットがあるケース、例えば、月経の記事を若い人に届けたい場合、AIに「あなたは18歳の日本の高校に通う女性です」「この記事を読んだときに誰かに拡散したいと思いますか? どうしたら拡散したいと思うようになるでしょうか?」みたいに使うのは、めちゃくちゃ可能性があると思います。

宮澤:新しい商品について20代の女性の意見を聞きたいときに、AIがなりきって答えを出してくれるようなマーケティング調査の事例もあります。九段さんは、次の作品ではこう使ってみたいとかお考えはありますか。

九段:次の作品では、あまり考えていないですね。AIを批判するつもりは全くないんですけど、取材感覚でAIと壁打ちして、自分の考えを整理するために質問と回答をくり返す中で、パターン化されていくというか、何を返してくるか予想できちゃうところがあって。(前作を)書き終わったら使わなくなってしまったところは正直あります。

宮澤:AIは、オーソドックスな平均点のような答案は書けるけど、人の心に残るものは得意ではない。

市川:生成AIは、「究極のいい子ちゃん」になるように仕上げられている。どう聞いても、同じような価値観、同じようなテンションで返してきます。九段さんは作家として、強烈な個性や乱暴な言葉を、あえて使ってみることを意図的にやるわけですけど、そういう個性はまだ生成AIでは求められない感じがします。

九段:本当にそうですね。例えば、「私のことをめちゃくちゃに傷つけてください」とお願いしても、返してくれないんですね。能力はあるはずなのに絶対に言ってくれない。OpenAIという会社が、ユーザーを不愉快にせず使い続けられるようにしていることなので、そういうメタ的な視点も持ちながら、有効活用できるところはあると思います。

AI搭載の軍事兵器、大きく変わる戦争

宮澤:渡部さんが、最近行かれた戦場はどちらですか?

渡部:先月から今月にかけて、中東パレスチナ自治区へ行きました。イスラエルのガザ地区侵攻を取材するためです。ウクライナ戦争とともに、前線では、各国がAIを使った軍事兵器を実験感覚で使っています。メディアによる報道が、AIの進化のスピード、正確性に追いついていない状況になっていると感じました。

渡部:兵士が戦場に入るのではなく、AIに管理された無人ドローンが常に飛び回っていて、ターゲットを攻撃していく。極端に短期間で、極端に多くの犠牲者が出ています。犠牲者が、武装勢力なのか一般人なのか医療関係者なのか。そういった判断を通り越して爆撃されている。AIで戦争が大きく変わりました。AIを人がどのように管理し、道筋を選ばせ、止めるのか。結果に対してどこまで人が責任を持つのか。新しい戦争の形態になってきています。

宮澤:戦場に行った方じゃないと述べられないお話です。AIが人を殺傷する能力を手にした場合に、そのコントロールや倫理感は、世界共通ではない。独裁を目的とした人が使うこともある。これからの人類の大きなテーマになりますね。

AIのリスク、人間や情報空間はどう向き合うのか

宮澤:AIのリスクや懸念で、いま感じていることは?

九段:文章を書く人間が、AIに置き換わってしまうといった懸念については、AIが提案してくるものを受動的に受け入れてしまうと危険だなと思います。人間のサポートとしては有用だと思っていて、AIに置き換わっても構わないようなタスクを委ねて、浮いた時間や労力を、自分のクリエイティビティにつなげていく、生産性を高めるために使っていくなら、いい付き合い方ができると思います。

市川:動画までガンガン作れるようになって、これからは有名人が言っていない差別的な発言をしている動画や記事(※編集部註:ディープフェイク、フェイクニュース)が、情報空間上にあふれると思うんです。もうひとつ、めちゃくちゃコタツ記事が書きやすくなると思います。テレビ番組を自動的にAIが見て、面白そうなことを言ったらコタツ記事を作るような、取材をしていないけど人の気を引く記事が、大量に生産される世の中も想像できます。

Yahoo!ニュースはニュースのプラットフォームという立場ですけれど、フェイクニュースを作為的に作ることが容易になった世界で、情報空間をどうやって守っていこうとしているのか。「人間対AI」だけじゃなくて、「With AI時代」だから、こういう記事を出していこう、コタツ記事を大量に出すのはよくないといった、ガイドラインとまではいかなくても行動規範となるものが作られたらいいなと思います。

宮澤:信頼されるメディア空間をどう作っていくか。コンテンツパートナーとの関係性をどう進化させていくべきか。時代に合わせてアップデートしていくことが、プラットフォーマーとして大切だと思います。

「人間の集合知」、AI活用の可能性と課題

宮澤:最後に一言ずつ、九段さんからお願いします。

九段:私はいまでもAIやテクノロジーに対してはポジティブな態度でいます。人間が動物と違うのは、集合知をうまく活用しながら発展してきたところじゃないかなと。いま人間の集合知が最も洗練された形がテクノロジーやAIだと思うので、うまく活用することで人間の可能性を広げることになりうると感じています。

渡部:僕、生成AIにすごく引き込まれました。最初に出てくる文字で温かい感情になったことなど、自分の知らない自分自身に気づける感覚がありました。戦場カメラマンとして、まずはAIを使ってみる。これが今日、僕の決断です。ありがとうございます。

宮澤:渡部さんの抑揚やリズム感、AIには絶対に真似できない魅力ですね。市川さん、最後にお願いします。

市川:クリエイターや発信する側にとっては、いろいろなことが問題になっていくと思います。クリエイター側だけじゃなくて、プラットフォーマー、国レベルで一緒に考えていかなくてはいけないことだと思います。そのためにも、まずはクリエイター側が、生成AIという新しい技術に触れるのが大事なのではないかなと思いました。

編集後記

With AI時代、めまぐるしく変化していく情報環境とどう向き合っていくのか。プラットフォームとして、信頼されるメディア空間をどう作っていくのか。Yahoo!ニュースでは、これからも発信者や有識者のみなさんと一緒に議論や対話を続け考えていきます。

「news HACK」は、Yahoo!ニュースのオウンドメディアです。サービスの裏側や戦略、データを現場から発信します。メディア業界のキーマンや注目事例も取材。編集とテクノロジーの融合など、ニュースの新しい届け方を考えます。