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FDM/FFF3Dプリントと、明日に向けて

3Dプリントが好きだ。
様々な物理が絡まって、樹脂がきれいに押し出され、形になる様を眺めるのが大好きだ。
まるでストライクの狂乱続くボウリングだ。

というわけで、こんなことをツイッターに書いていた。
意思表明として、もうすこし長い文章にしておこうと思う。

何かを作る事が好きだ。
というか何かを成す事自体が、何かを作る事自体が、人生の目的なのかもしれない。
ものを作り、明日を良くし、人生を前転させるという事について3Dプリンターは非常に相性が良いと思う。
何かを作り出せるという事は人生の武器だが、あらゆる人がこの武器を持つべきだ。

近代あらゆる職や技能が分業され続けてきた。
その分業の中で個々人の「ものを作る力」は減退し続けているのではないか?
人類の、あるいは日本人の大部分はこの手のひらに乗る物程の大きさの物すら、自分ひとりで作ることができなくなっているのではないか?

はっきり言って、私は恐ろしい。
人類は年月を追うごとに無能になってはいないか?人類は年月を追うごとに力を失い、愚かになってはいないか?科学の力は人類に安寧を与えるためではなく、活気を与えるためにあるのではなかったのか?
科学と工業の力を失った多数の人達の、数の暴力で人間は滅んでしまうのではないか?
原子爆弾の打ち合いの末にではなく。拳と棍棒と投石とで人類は滅ぶのではないか?

私達はものを作る力を個々人それぞれの手に取り戻さねばならないと同時に、個々人それぞれが物理法則を理解し、それを実際の問題に対して用いる力を持たねばならない。

分業の末の知のオーケストラではなく、知のソロライブをしよう!
手拍子をして、足を踏み鳴らし、ギターを持って、歌を歌おう!
私は!貴方は!気ままに歌っても良いはずだ!
気ままにものを作って良いはずだ!


残念な事に9年間の義務教育と3年間+4年間の高等教育を受けてさえ、基本的な物理法則をその体感と共に持っている人があまりにも少ないと感じる。
普段の生活の中で浴しているテクノロジーへの関心と理解があまりにも足りない。
これでは手のひらにのるような簡単なものさえ作れず、エセ科学に騙されて高価で無能な健康食品や利きもしない金運グッズや、宝くじを買う羽目になる。いや、実際なっている。
我々に必要なのは宝くじではない。エセ科学を跳ね除け、実際に機能する物や仕組みを作り、実際に動くものによって活動と金銭とを引き寄せ生活を豊かにする、そんな知識と知性と行動だ。

電子レンジに何を入れてはいけないか分からない人、マイナスイオンをありがたがる人、半田付けの出来ないプログラマー、ネジを適切に締められない工学部出身者、そういうのをたくさん見てきた。

私はそういう人達の中にいるのはすこし怖い。
真剣に、そういう人達に直接あるいは何某かの遠因で死ぬ可能性はあると思っている。
だから、せめて私の周りの人達には科学を学び、技術を学び、そしてものを作る力を手に入れてほしい。

我々は物理法則に逆らう事はできないが、味方につけて実際の問題を解決する事はできる。
そして「様々なほとんどの問題は解決可能である」ということを知る事ができる。それを知っていれば、怖い事はあまり無い。どうにもならない少しの事に気をつけていれば大丈夫だ。
物理的な解決方法をとる場合、3Dプリントは非常に強力な道具になる。
特にFDM方式は万人のための3Dプリンタとして最も優れていると思う。

2020年現在、様々な3Dプリントの方式があるが最もクリーンなのはFDM/FFF方式だろう。
FDMは基本的には明らかに有害な有機溶剤を使用せず、粉塵もほとんど発生なく使える3Dプリント方式だ。
また危険なレーザー光や取り扱いに注意が必要で高価な不活ガスを使用する必要もない。
これは家庭やオフィスといった通常の住環境に近いところで使用する上で絶対条件だ。

私はどうも3Dプリント自体の技術的な面白さにハマってしまったようだ。
こんな面白いものはないと思っている。
熱と物質の相互作用、ノズルやベッドのキネマティクスやモーションコントロール、誘導方式の非接触センサーでのベッドレベリング、ファーウェアのプログラミングにスライサーによるパス生成!
様々な物理的現象が目の前で楽しめる!



誰からの要望でもなく、自分ひとりの為に自分でものを作ろう。
そして時には、誰かの為にバンドを組んでものを作ろう。もしかしたらその方が欲しい物が手に入るかもしれない。

記事をサポートしていただくと、一層のやる気と遊び心を発揮して新しい記事をすぐに書いたり、3Dプリントを購入してレビューしたりしちゃうかもしれません。