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シンセサイザー入門日誌 その0:アコースティック楽器奏者がシンセサイザーを学ぶ

 今回からSubesequent37をいじる連載をスタートする。ピアノやベースなどの楽器経験はあれどシンセは初学者である筆者が、アナログシンセをいじって理解を深めていくプロセスを書き連ねていく予定だ。

 軽音楽部や吹奏楽部に所属したり、ピアノ教室に通った経験がある人は、身体を使って何らかの楽器を演奏した経験があるだろう。ただし、シンセという楽器は他の楽器とは一味違う。ツマミがやたら多いし、仕様が分からなければ音すら鳴らない場合もある。私は学生時代吹奏楽やジャズをやっていたので楽譜も読めるし鍵盤も弾けるが、シンセのあのツマミは何が何だかわからない。

 それでも、どぉしても気になるのである。ライブ会場に数台の鍵盤が要塞のように並ぶ中でキーボーディストは何をどう演奏しているのか。腕や指や喉の筋肉で音色を変える管楽器や弦楽器とは異なって、あの大量のツマミを回して音色を作る感触とはいかなるものなのか。中田ヤスタカの音はどのシングルを聴いてもなぜその人の作だとわかるのか。坂本龍一や平沢進は正直よくわからないけどなんとなくかっこいいと思うのはなぜなのか。やはりシンセそのものを知ることが、これらの謎を解く王道なはずだ。

 シンセ入門の記事など星の数ほどある中で、本連載は以下の点を強調して他の記事とは違うものにしていきたいと思っている。

・何かしらの楽器(主に鍵盤楽器)はできるがシンセサイザーはわからないという人に役立つような書き方をする
・原理原則の難しいところは省き、初学者が少しずつ未知を知っていくプロセスを書き残すことで、似たような境遇の初学者が歩きやすいようにする。

 ということで、これから私の相棒となってくれる(はず)の楽器を紹介しよう。Subesequent37である。

 Subesequent37 とは moog(モーグ)社のポリフォニックシンセである。
 シンセ業界でその名を知らぬ者などいないというほど有名なこのメーカーは、シンセサイザーの創始者の一人であるRobert Moog博士が作った会社だ。歴史の古いメーカーではあるが、現代でもさまざまなレコーディングや演奏でmoogのシンセは引っ張りだこである。

 では、初学者である私はなぜSubesequent37を購入したのか。いくつか理由がある。

理由1:憧れのアーティストが使っているから

 しょーもないかもしれないが、これが一番シンセを学び弾きこなす原動力になってくれる理由だ。私の推しオルガニストの一人、Corry Henry の演奏を見てもらいたい。

 ソロやべぇ。。。
 ファンクとゴスペルをルーツに持つCorry Henryは、ハモンド・オルガンの演奏を得意とし、ジャズやフュージョンまでカバーできるアーティストだ。動画ではSubesequent37をリード楽器のように弾きこなしている。実際、Subesequent37の公式演奏動画を担当しているのもCorry Henryなのだ。

Subesequent37単体での魅力が伝わってくる。

理由2:シンセサイザーを学びつつ、打ち込み音源としても演奏楽器としても使いたいから

 応用範囲が広いのもSubesequent37の魅力である。Corry Henryがいい例だが、このシンセはmoog社の立派なシンセでありながら、打ち込み音楽やDJ音楽をする人々のためだけのシンセではない。楽器奏者にも力を与えてくれる。
 シンセにはいろんな種類があり、モジュラーシンセという形態もあるのだが、これは鍵盤がついておらず、音色記録機能もないので自力で一から音を作る必要があり、初学者には扱いが難しい。(そもそも配線を間違えると音すら出ない)一方、Subesequent37には音色記録機能があり、プロが作った音色がすぐ使える。しかもネットに音色があればダウンロードもできる。

Morley Robertsonによるモジュラーシンセのパフォーマンス
二つの板に大量のコード(パッチ)が刺さっているのがモジュラーシンセである。
一見してこれが楽器であるとはなかなかわからない。

 ただ、モジュラーシンセではないけれど、Subesequent37の中身は本物のアナログ・シンセである。音を生成する部分(=オシレーター)にはmoog社の伝統を受け継いだ物理アナログ回路が走っており、音色はシンセサイザーらしい重厚さを持っている。そしてつまみのパネルもわかりやすい配置順になっているので、初学者にはとっつきやすい。

 さらにPCと接続するすることもできるので、打ち込みでの音楽作成にも組み込むことができる。このように、デジタルとアナログのいいところどりをした汎用性の高さもSubesequent37を選んだ理由である。(※近年はこのように実機の物理シンセを開発する際、制御部分だけをデジタルにすることで音色のかっこよさを失わずにPCと接続したりピッチを安定させたりするデジタルアナログいいとこ取りな実機シンセブームが続いていて、各社ステキな製品を続々とリリースしている)

 ちなみにこの楽器の兄弟としてSubesequent25というものもあるのだが、こちらは数字の通り鍵盤数が37よりも少ない。レコーディングのみならず、メロディラインをリアルタイムに演奏することを考慮すると鍵盤数が多い方が使い勝手がよかろうと考え私は37を選択した。

Subsequent25
37と比べると左に電子パネルがなく、下にシーケンスボタンもない。

理由3:物理楽器だから

 シンセを学ぶために安くない物理シンセを買うのは、ともすると時代に逆行した考え方なのかもしれない。現代ではソフトウェア音源として往年の名作シンセの再現版が実機の何倍もの安さで販売されているからだ。さらにはソフトウェアでしか存在しないシンセもあったりして、こちらは物理シンセでは取り扱えないほど多様なパラメータを調整したりすることもできる。

 しかし私は物理楽器にこだわる。ソフト音源のシンセだけで学ぼうとしてきたことで、今までシンセの学習に何度も挫折してきたからだ。確かにソフトシンセは安いし場所も取らない。気軽に試せる。しかし、音をいじっている実感がないのだ。
 楽器経験者であれば、身体のこまかい扱い方が楽器の演奏に直結することをよく知っているはずだ。少し肩に力が入っただけでピアノのフレーズは崩れ、少し肺が力んだだけで管楽器のメロディは裏返る。しかし練習を重ねていくうちに自分の体の一部として感じることができるようになり、上達すれば一つの音楽の流れに楽器と自分の身体が混ざっていく感覚を得ることができる。これぞアコースティックな楽器をやる醍醐味であるが、ソフトシンセではこの感覚が得られないのだ。

 物理シンセであれば、アコースティック楽器と同じような体験ができる。物理鍵盤を弾きながら、物理つまみで音を変えていく。つまみをいじる感覚と音色の変化との対応関係を身体に刻みこむことができる。アンサンブルの中でも使える物理シンセなら、セッションを通してその楽器を自分の身体の一部にしていくこともできるだろう。

 それから、ソフトシンセはできることが無限大に近いほどある。キラキラ系サウンドも、ぶっといベース音も、ドラムのような音も、伸びのいいリード音も全部出せるソフトシンセは多数ある。一方Subsequent37はポリフォニックだけど2音しか同時に出すことはできない。フィルタの数もソフトシンセに比べて少ない。しかしこの制限こそが、初学者にとって大きなメリットになる。目の前に一覧になっている有限個の物理ツマミをいじることで全ての音を作らなければならないという状況は、初学者にとってはわかりやすい。それに工夫次第ではできることが制限されているアナログシンセにだって多様なサウンドが作れるはずだ。過去の偉大なシンセサイザー使いたちだってそうやってきたのだから。

 この連載の最後に、Subsequent37だけで一曲作曲できるくらいになれたら理想である。今度こそ挫折しないシンセの学習を頑張りたい。

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