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40周年記念フォーラム&交流会 開催レポート!

2022年12月9日(金)夜、オンラインで40周年記念フォーラム&交流会を開催しました。約100名が参加したイベントの様子を第1部の司会を担当した石川一喜さんがレポートします!

はじめに 40年という歳月

皆さんは40年という歳月をどのように感じるでしょうか。
そもそもこのレポートに目を通してくれている方の中には40年も生きてなどおらず、その時間の長さを体感すらできていない方もいることでしょう。

そう思うと、1982年12月9日、開発教育協議会(現開発教育協会)が立ち上がったことは、もはや「歴史」であると刻まれていいのかもしれません。決してそれは大仰な物言いではなく、ホテルニュージャパンの火災があった翌日には日航機羽田沖墜落事故が起こり、そして東北・上越新幹線が開通し、テレホンカードが発売開始となった激動の年の終わり、日本の開発教育が黎明期を迎えたことは、せめてもDEAR会員や開発教育実践者、あるいは開発教育に興味関心を抱き、このレポートを読んでくれている人たちには、是非とも心に留めておいてほしいと思うのです。

その想いが届くかのように、そのちょうど40年後の2022年12月9日、「未来につなぐ開発教育 40周年記念フォーラム&交流会」は開催されました。DEAR40歳の“誕生日”を祝うべく、100人にも届こうかとする人たちが集ってくれたのです。

30周年記念イベントは、作家の池澤夏樹氏による講演あり、会員有志によるミュージカルありで盛大にお祝いしたものの、コロナ禍での40周年はあえなくオンライン開催。ただ、「今」を反映するカタチで開催されたことは、その時代時代に真摯に向き合ってきたDEARを象徴するようでもありました。

アイスブレイクからスタート

冒頭もまずはDEARらしくアイスブレイクから!
参加してくださった皆さんで40周年の祝う気持ちを表そうと画面上で数字の「4」を。かたどってもらったそれは、左右逆になるものあり、ウルトラマンの決めポーズみたいになっちゃったものあり、はたまた試行錯誤を重ね、定まらないままのものあり…その多様性を面白がり、許容するあたりが開発教育そのもの。

それぞれの方法で「4」を表しました

開会あいさつもDEARらしく!?

続いて、湯本代表理事、近藤副代表理事、中村事務局長による開会あいさつ。3人が声をそろえて言うはずの始めと締めの「ご参加ありがとうございます」は、なんと2度ともバラバラ感満載(笑)。 

事前に入念にリハーサルした上でのこの始末にDEARの前途を案じたくなったものの、事後のアンケートには「冒頭のあいさつの3人のばらばら具合が無理に合わせない多様性って感じでよかったです」との声も。こうした会員の温かい眼差しに支えられてきてDEARが今ここにこうしてあるわけです。

そろわない感じが好評でした

40年をふりかえる エピソード・トーク

40年をスライドで振り返るパートでは、まず大まかな流れを足早に5分間でフォローし、その上で30周年からの10年をフィーチャー。
ポイントは次の5つ!

  1. 毎日2.5冊ずつ売れている計算の『ワークショップ版・世界がもし100人の村人だったら』に代表される教材の開発・販売とそうした取り組みに対する外部の評価(多数の受賞歴、映画でのコラボなど)

  2. 開発教育全国研究集会が「全研」から「d-lab」へ(伝説!?と名高い北海道と沖縄での開催)

  3. ODA、ESD、SDGs、成人教育に対する政策提言

  4. 聖心女子大学BE*hiveの開設とそこでの展示協力・ワークショップ開催(アートの視点)

  5. のべ1,000人以上のボランティアによる下支え(要約筆記の進化)

ここで、これらに深く関わられた方々に登場してもらい、そのまつわるエピソードを紹介。

では、『100人村』の教材開発に中心的に関わった上條直美さん(DEAR理事)から、様々なバリエーションにあわせた人数配分の比率を出すのに徹夜で計算した苦労話を。

八木亜紀子さん(DEARスタッフ・事業主任)からはピーターさん(『地球の食卓』カメラマン)やムクウェゲさん(ノーベル平和賞受賞者)に実際にお会いし、「伝えること、一緒に考える人を増やすことは本当に私たちがやってほしかったことだ」と開発教育実践者たちに対するエールを送られた話を。

では、DEARの企画イベント史上、最も豪勢と言われる交流会を実現させた当時の雰囲気を彷彿とさせるかの如く、池田誠さん(北海道国際交流センター)が函館の繁華街(ラッキーピエロ前)から登場。なんとそうした大盛り上がりの裏側には2年前からの着々とした準備による賜物だったのだと話。

沖縄の奥山有希さん(沖縄NGOセンター)からは、そもそも運営に関わるスタッフの「開発教育とはなんぞや?」というところからのスタートで、沖縄県内の横のつながりを作りつつの準備だったと。その人たちとの関係性の中で改めて開発について考えさせられたいい契機だったとも。

では、三宅隆史さん(DEAR理事、教育協力NGOネットワーク)からこれまでの政策提言の実績について説明をしてもらっている間、Zoomの投票機能を使い、参加者の皆さんには忖度なしを絶対条件として「DEARの政策提言は効果があったか?」との問いを。幸いにも「ほとんどない」と回答した人はほとんどおらずゼロで、スタッフ一同ホッと胸を撫で下ろす次第。

では、知り合いのアーティストたちを総動員して準備に携わってくれた福澤郁文さん(DEARロゴ制作者)が登場。利益抜きでやり甲斐のある仕事だったと言い、「DEARあってこそのコンセプチュアルな空間ができた」と充足感に満ちた面持ちで話してくれました。また、開発教育とアートとの融合を今後の期待として言い添えてもくれました。

に関しては、要約筆記を何度も経験してきた西平久美子さん(DEAR理事)から。反省を繰り返し、試行錯誤しながら進化・上達してきた過程があったと話され、結果、ボランティアだけでなく、参加者やスピーカーにもその認知を広げられたことは大きな成果だったと。

DEARからの重大発表!

ミッション、ビジョン、バリュー、5つの目標を見直し

こうした足跡をたどり、次なる10年、あるいは更なる未来に向けてのDEARからの「重大発表」があり、第1部を閉じていきました。そこでは、ミッション、ビジョン、バリューを共有し、時勢に合わせての細かい文言の変更があった「開発教育の5つの目標」が改めて掲げられました。ただ、DEARがめざす社会は「共に生きることのできる公正で持続可能な地球社会の実現をめざします」ということに変わりはなく、40年前の思いも今の思いも熱量同じく、これからへと引き継がれていくのです。

「四十にして惑わず」と孔子は述べましたが、その言葉はどうも40歳を迎えたDEARには当てはまらないようで、まだまだ必死に迷い続けていくはずです。DEARは「惑う」ことを決して恐れず、否定せず、多様な者たちが集う場であり続け、より良き開発のあり方について対話を継続していくことでしょう。

この後の第2部で、夢物語をバカ真面目に語る大人たちの姿を見れば満更でもなく、未来がほのかに明るく見え始めはしないでしょうか?
これからのDEARにも是非期待していてください!

参加者による「DEARと聞いて思い浮かぶ言葉は?」に対する回答

参加者の声 そしてこれから

参考までに参加者からの感想の抜粋を掲載します。

  • とても雰囲気が良く、楽しく参加できました。懐かしい方達と久しぶりにお話しできて、嬉しいひとときでした。

  • こういう場面を作ることがみんなの幸せや満足度につながることはわかっていてもなかなかやるのは大変ですよね。でもほんと、すごいですね。まずは40周年まで活動してくださり感謝です。

  • DEARらしい参加型で、温かい雰囲気だったので、時間が経つにつれて安心感が増しました。歴史を振り返ることができたことと、今後の方向性を知ることができて、新しいスタートの気持ちとなったからです。

  • 会員になってよかったと思うそんな素敵な時間でした。ありがとうございます。

DEARサイト内に「40周年特設サイト」が開設されています(ぜひアクセスを!)。そこには前述したDEARの沿革や受賞歴の詳細が掲載されていますし、「40周年記念フォーラム&交流会」(第1部のみ)の様子もYouTube上で観られるようになっています。(挨拶のバラバラ具合もチェックできますよ!(笑))

また、上記サイト内にリンク先が掲載されていますが、フォーラム内でも呼びかけのあった「DEARの教材や講座を未来にプレゼントする寄付プロジェクト」や「実践共有キャラバン」にも是非ご協力ください!!
(報告:石川一喜)

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