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【雑記】薄ぼんやりとした不安

こんばんは。
最近本が読めないし、日記も短文しか書けないし、、、なんか気分は落ち込むし。

スペイン渡航まであと1ヶ月を切ったんだけど、準備が終わっているような終わっていない。パートナー氏は休職前の最後の追い込み&送迎会祭りで疲れている。

ああ、暇なんだ。暇だから私一人で悲しいし寂しいし不安なんだな〜〜〜〜と思う。
外に出よう。朝散歩しよう、と思う。でも、夜も寝れなくて結局3時前に就寝。9時前にガバッと起きてダラダラ仕事、、、みたいなことが続いている。最終出勤日まであと4日。

本当に鬱な時は、何にもできない。でも今は、スーパーにも行けるし散歩にも行ける。晩御飯だって作れる。でも薄ぼんやりと不安。体は元気。何かしなきゃ、でも何すればいいんだっけ、の間で堂々巡りをしている。現実を見たくないな。ああ本当に私はスペインに行くのか。でも今がまだ日常すぎて、全然実感が湧かない。びっくりだ。そうか私は、いよいよ実感が湧いてきて不安なのか。

不安な時、私はよく本を読む。ぱぱっと読めるエッセイとか、自伝とか。ただ、最近は10分もすると集中力がきれ、スマホをダラダラ見てしまう。この日記も、思考が途切れ途切れになっているのがよくわかる。思い浮かんだ言葉をズバババっと書いている。

原因はわかっていて、画面の見過ぎ。不安→暴飲暴食したくなる→そうならないためにティアキン(Nintendo Switchのゲーム)をする→疲れる→風呂入る with 携帯→飽きるまで携帯をみる→寝落ち。この繰り返し。

この流れを断ち切るために、今日はお風呂に携帯を持って行かなかった。えらい。その代わりに違国日記を読んだ。大人になりきれない、17歳の朝ちゃん。私もこんな時代もあったかも、と思う。でも高校時代に戻りたいとは思わない。いつの時代も、その時々の辛さがあったなと思う。30歳目前にしてようやく、いろんなことに悲しんだり傷ついたりしなくなってきた、というか力まなくなってきたのかな、、、。私はまだまだ人間生活が下手だなあ。

そんなぐるぐるした思考を持て余していた今日、このnoteを書いたのは、エッセイストのさえりさんのツイートを思い出したから。

もう7年前!のツイートだけど、なぜかとても印象に残っている。体は動くのに心が動かない、動きたくない時は、何かを作り出す時。ただ、”生産”というと「何か意味のあることをしなければ」という意識が働くかもしれないので、だからどちらかというと、私のこのnoteは排泄に近いかもしれない。あるいは命の洗濯?

脳をほぐしてほぐして。自分の輪郭を撫でて。たまに全然脳みそが働かないんだよな〜〜。それすなわち運動不足と自律神経の問題!とはわかってはいるものの。なかなかだめだ、ダメだめだ〜という時もある。そういう時は、人と環境に頼ろう。

明日はオフィスでの会議があるので、出社。日中は37度にもなるそうだけど、水を飲みつつ、仕事仲間との談笑を楽しみつつ、ゆるゆるやってこ。とりあえず生きているだけでえらい。今日は晩御飯を作ったのでとてもえらい。あと、ビールを1杯で我慢したのでとてもえらい!!!!あと調子悪いのは全て生理のせいにしよう、うん。

出国前は、毎日朝図書館に行って、カフェで1日1記事を目標にブログを書くぞ、、、、。自分で自分の時間割を作るんだ。

でも、このぐるぐる思考を無理に止めなくてもいいのかもしれない。悲しい時には悲しい時にしか聞こえない音がある、と言ったのは蜷川さんだっけ。寂しい時には寂しい時にしか聞こえない音がある、はず。

最近、料理人の方が書いた本を2冊読んだ(1冊はまだ途中)。どちらの方も今では日本料理界の王御所。若くして単身で外国にわたり、身一つで料理の技術を学んだ人たちだ。彼らの手記を読んでいると、習慣がいかに人を作るかがわかるし、ストイックな習慣を続けざるを得ない環境に身を投じるのがいかに大切かが身に染みる。ただ、「厳しさ」を求めるだけだとポッキリ心が折れてしまうから、やっぱり野望とかワクワク、生きるエンジンみたいなものをガツンと積んでおくことが大事。あ〜〜〜カウンセラーさんに会いたい。不安になってきたよ〜〜〜〜。

でも書いているうちにちょっとずつ元気になってきた。素晴らしい。脳からポロポロ言葉がこぼれ落ちている感じ。ちょっとずつ脳の方に言葉が戻ってきた、かも。明日この記事を見たら、「私やばくね?」って思うんだろうな。あまりにも散文だ。。。。ちょっとした散文、引き続き書いていこう、、、!

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