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「大奥」あのシーンの裏側って?ドラマ一筋20年の音声担当が解説

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吉宗の悲願・赤面疱瘡あかづらほうそうの克服は人痘接種じんとうせっしゅによってかなったものの、その一番の功労者・青沼の最後は残酷でした…

大奥を追放された青沼の世話役・黒木は、大雨の中、女たちへの怒り、そして青沼の無念を天に向かって叫びます。
いつも冷静沈着な彼が初めて感情をあらわにする、印象的なシーンです。

【劇中写真】大雨の中、大橋の前で一人たたずむ黒木(玉置玲央さん)

この見せ場ともいえるシーン、実は音声担当者にとっては大きな難題でした。
現場には大雨の音、そして雨を降らす機械の音…そんな中でも、役者のセリフを「忠実に」、「いい声」で収録したい。
そのために私たち音声がしたことをお伝えします。


こんにちは。
「大奥」の音声チーフを担当している本間法義です。
連続テレビ小説「ふたりっ子」(1996年)で初めてドラマの音声を担当し、そこから20年以上、大河ドラマ「利家とまつ」、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」など多くの作品に携わってきました。

「大奥」シーズン2の幕末編と、時代が重なる大河ドラマ「篤姫」(2008年)も担当。制作終わりには、家定や天璋院てんしょういん篤姫の墓前に特別にお墓参りをさせていただきました。
そんなご縁もあり、今回の大奥の家定(愛希れいかさん)と天璋院胤篤たねあつ(福士蒼汰さん)のシーンは特に思い入れをもって収録に参加しました。

朝ドラでのピンチを教訓に

さて、本題です。
黒木(玉置玲央さん)が、大雨の中で叫ぶシーンをどう収録したのか。

大雨のシーンのメイキング写真


写真をご覧ください。もうめちゃくちゃ雨、降っています(スタッフみな、「これまで担当した中で一番の雨量」と口をそろえるほど)。
特効さん(特殊効果)4人以上で、さまざまなポジションから雨を降らせているんです。

通常の雨のシーンでは、さまざまなカットを収録するので、テストと本番を繰り返します。そのため、役者さんや衣装が必要以上にれないように配慮するのですが、黒木を演じる玉置さんはずぶ濡れです…。

さぁ、どうやって収録しましょう。使うのは2種類のマイクです。

ブームマイクを持つ筆者

1つは、「音声と言えば」のモフモフのやつ。(モフモフの正体は、風防。風のせいで「ぼぼっ!」というノイズが入らないようにするためのものです。)
ブームと呼ばれる、長い棒についているのは高性能マイク。ブームオペレーターと呼ばれる音声が、カメラに映り込まないよう配慮しながら収録します。このブームが、セリフを「忠実に」クリアな音で収録するために非常に大事で、音声の生命線です。

「大奥」収録にも使ったピンマイク
ピンマイク(通称「ワイヤレスマイク」)

2つ目は、ピンマイク(通称、「ワイヤレスマイク」と呼ばれています)。役者の衣装の裏側に両面テープ等で貼り付けて、ワイヤレス送信機を役者の腰回りに装着して収録します。
音的には、衣装の裏側に付けるので、布越しの「こもった音」になります。
しかも場合によっては衣装のこすれ音を拾ってしまうなど、デメリットもあるのですが、誰よりも役者に近い距離で音を収録することができます。
 
ドラマでは、役者の口元にブームマイクを近づけられず、遠い音になってしまった場合など、クリアに収録できていない時に、ブームマイクの音にピンマイクの音を足してより良いセリフに仕上げています。
 
今回の大雨のシーンではまず、ブームマイクのケーブル&コネクター周りをラップでぐるぐる巻きに。機材が故障して収録できない、なんてことがないように配慮しました。

防水対策でラップを巻かれたブームマイク
ブームマイクをラップで巻く防水対策

続いて、ブームマイクのポジション確保。

① 2台のカメラの画角(構図)が決まってから、
照明がすてきなライティングをし、
特効が効果的な雨降らしのポジションを決め、
音声がポジションを決定。

音声のポジション確保は一番最後です。
映像にマイクが入らない場所で、役者になるべく近い場所を探しました。

本番の収録は画角を変えて3回。
1回目、玉置さんの後ろから収録します。広い画角のため玉置さんには近づけませんが、ここでも音声はしっかりります。
2回目、玉置さんの近くで、一番「いい音」を収録。ここで気を付けたいのはブームマイクが寄りすぎて、雨で濡れたモフモフからしたたる水が映らないようにすることです。
3回目はふかんで収録。こちらも1回目同様マイクは寄れませんが、ベストは尽くします。

 1回目と3回目、どちらも役者からは距離があるのに、ちゃんと音を収録しています。広い画角だから、後ろ姿だからよく見えないからいいよね、と単純に2回目のいい音を貼り付けるのではないのです。セリフを発するタイミングや肩の動きを把握して2回目のいい音を調整できるようにどんなに小さいセリフでも収録しています。

 数回の本番に向けて、2台のカメラポジション、照明のポジション、特効さんのポジションを把握し、カッパを着たベテランブームマンが「いい声」を狙うのです。

遠くからブームマイクを差し込んで「いい音」を狙うブームマン

そして、玉置さんに着けるピンマイクには、特殊な「防水マイク」を使用することにしました。

特殊な「防水マイク」

衣装がずぶ濡れになり、両面テープで貼り付けるだけではすぐにはがれてしまうため、マイクが脱落しないよう、衣装さんに縫ってもらいました。
 
送信機はというと、通常の雨のシーンでは、ジップ付きのビニール袋に入れるのですが、今回は特効さんが降らせる雨の量が非常に多かったので、ラップでぐるぐる巻きにしました。それだけでは破れる可能性もあるので、養生テープで完全な防水対策をし、送信機本体を絶対浸水させないよう配慮しました。

養生テープなどで、完全な防水対策を施した送信機

この完全な防水対策で臨んだ理由は過去の苦い経験から…。
連続テレビ小説「半分、青い。」(2018年)で、涼次(間宮祥太朗さん)が「雨に唄えば」をオマージュして、雨の中で鈴愛(永野芽郁さん)にプロポーズするシーン収録中のこと。
 
無事リハーサルを終え、いざ本番!順調に収録が進んでいると思ったら、ピンマイクが途中で無音に…。音が途切れてしまったんです。
そのワケは、防水対策はしていたものの、ピンマイクの音波が通る1mmほどの穴に水滴がたまってしまったこと。
私は現場の音声に、ピンマイクがダメになったことを伝え、代わりにブームマイクを役者に近づけるよう指示を出して何とかしのぎました。
この経験から、防水対策を徹底するようになり、今回の収録ではトラブルなし!でした。

ここで、余談ですが…
「大奥」は、衣装が立派ですよね!ところが、きらびやかな打ち掛けを役者が羽織るとピンマイクの受信状況が悪くなることが多々ありました。
特に衣装が派手な仲間由紀恵さん演じる一橋治済ひとつばしはるさだのシーンです。

金糸を織り込んだ豪華な衣装の一橋治済(仲間由紀恵さん)

「金糸」が多い衣装だったためと推測しています。
実は、金属メッシュ越しの電波は受信が悪くなるんです。
ピンマイクの受信状況が悪い時は、その都度、フロアにいる音声が機器を調整して乗り切りました。

目指すのは、どんな状況でも役者のセリフを「忠実に」「いい声で」ること

少し脱線してしまいましたが、大雨の中で試行錯誤しながら収録している様子が伝わったでしょうか?

それもこれも、音声が目指していることを実現するため。

役者が収録現場でその刹那せつなに演じ、発するセリフには、魂がこめられています。だからこそ、わたしたち音声担当者は、後からスタジオでアフレコすることなく、100%収録現場の音で番組が成立するよう臨んでいます。

セリフを忠実に、いい声で。そのときベストな音が収録できるように。

もちろん、現場では、飛行機や救急車、強風、浜辺では波音などが入ることがあります。また、カメラ担当者からすると、夕暮れのシーンなどその瞬間にしか切り取ることのできない映像があります。

その都度、監督、カメラ担当、音声担当など皆で「この映像と音でOKなのか」「後からの仕上げ作業で処理できるものか」、その場その場で判断し、番組を作り上げていくのです。

ちょっとディープな音声の世界へ

とはいえ、今回の大雨のシーンでは、雨の量が非常に多く、どんなに頑張ってもセリフが雨の音で聴きづらい…。

これを解決するのも音声の仕事。収録後、NHKのスタジオで行う仕上げ(ポストプロダクション)の作業です。

今回は、現場で収録した雨音を取り除く必要がありました。
ここで、「あれ? 雨が降っているシーンなのに、雨の音消しちゃうの?」と思った方もいるかもしれません。
実は、雨の音は「効果音」として後から入れるんです。

では、雨の音をどう取り除いたのか可視化してみます。

ノイズを消去する前の音声データ画面
音声編集ソフトDAWによる作業前

こちらは、作業前の音の波形です。画像真ん中、青く横に走っているのが雨の音を表す波形。そこから時折上下に振れているのが、黒木役の玉置玲央さんのセリフです。ここから、雨の音を取り除くと…

ノイズを消去した後の音声データ画面
音声編集ソフトDAWによる作業後

真ん中の横に走る青い線が少し細くなっていること、わかりますでしょうか。微妙な違いに見えるかもしれませんが、聞くと大きく違います。

そしてそこに、音楽を加え、雨音や雷などの効果音を加え、印象的なシーンとして仕上げていきます。シーンを作るすべての音のバランスを整え、一つにすること。それも音声の大切な仕事なのです。

ドラマでは、山場において、役者が感情を爆発させます。セリフも大きくなります。役者の感情の起伏、そして自然界の大から小まで広い広い音のダイナミックレンジを放送の枠に収め、視聴者のみなさんに自然に聞こえるように仕上げる必要があります。

例えば、役者さんが小さい声で話している場面では、収録したままのセリフをオンエアすると聞こえづらい可能性があります。
「小さい声」でありながらも視聴者にちゃんと聞こえるように調整するのです。大きい声の場合も同様です。

一方、やり過ぎると聞きづらい放送になってしまうため、音声担当はそのバランスに神経を注いでいるんです。

ちなみに、「大奥」の音楽と効果音のお仕事については、こちらの記事で詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。

「大奥」の音はどうやって作られた?

最後に

現在、「大奥」の収録は終わり、仕上げ(ポストプロダクション)の作業を残すのみとなりました。
「大奥」には、今後もくせの強い、魅力的な役者が登場し、さまざまな物語を展開していきます。
役者の吐息から怒号どごうまで丁寧につむいで、ドラマチックなエンターテインメント性のある作品に仕上げていきたいと思っています。
「大奥」シーズン2、無血開城までの人間模様をお楽しみください。

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