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ドラマ10『大奥』家定役・愛希れいかが乗馬シーンで体感した“奇跡”

徳川幕府13代将軍、徳川家定役の愛希れいかです。

ふだんは舞台でお芝居をすることが多いなか、この「大奥」という作品に挑戦することになり、映像ならではの制作現場で日々試行錯誤をしています。

なかでも、「大奥」幕末編の重要シーンのひとつでもある乗馬シーンを撮影したときのことは忘れられません。

父からは虐待を受け、母には毒を盛られ…、と壮絶な人生を送ってきた家定と、支え続けてきた家臣・阿部正弘。このシーンでは、生涯の伴侶を得て身も心も健やかさを取り戻した家定が、志道半ばに重い病を患ってしまった正弘を元気づけようと、馬に乗った姿を見せます。

森下佳子さんの脚本と、よしながふみさんの原作を両方読み、このシーンの重要さに気持ちが引き締まりました。

場面写真。馬上で笑う家定と、馬を持ちほほえむ胤篤。それを見る正弘の背中。
(「大奥」Season2 第17回より)

今まで一度も乗馬をしたことがない私が、自分で馬に指示を出し、この大事なシーンを演じることになったのです。

その挑戦や、撮影当日に私が感じた“奇跡”の瞬間について、ぜひ皆さんにお話ししてみたいと思います。

愛希れいか
2018年まで宝塚歌劇団に在籍し、トップ娘役を務めた。退団後はミュージカル「エリザベート」「マリー・キュリー」で主役を演じるなど、舞台を中心に活躍をしている。NHKでは「青天を衝け」「アイドル」などのドラマ作品に出演してきた。


本当に撮影に間に合う?乗馬初日は大焦り

乗馬シーン撮影の日まで約1か月半。

私は乗馬の練習のために初めて山梨県の馬場に行きました。
実はここ、大河ドラマや映画の出演者が乗る「役馬やくうま」が多くいる乗馬クラブ。そして、俳優の練習や撮影の安全を守る、馬術指導の方たちがいる場所なんです。

厩舎のなかにいる馬2頭

そんな心強い環境のなか、今回私が目指すゴールは「馬に合図を出して勢いよく駆け抜ける」こと

私が演じる家定は、乗馬初心者なので完璧に乗りこなす必要はないものの、正弘の前で馬で走って見せるシーンを成功させるために、ここに通うことになったのです。

不慣れな様子であぶみに足をかける愛希さん
ぎこちなさたっぷりの初日

練習初日から実際に馬に乗り、前進や停止、方向転換、そして小走りする練習を、休憩をはさみながら合計2時間ほど行いました。その日の私の率直な感想は…

「え、これ、本当に撮影までいけるかな」 

とにかく、ひどかったんです。

緊張で力んでしまい、馬とリズムが合わず体がピョンピョン跳ねてしまうし、お尻がぶつかり続けて帰りの車中は座れないくらい痛いし…。全身が筋肉痛にもなってしまいました。

歩いている馬に乗っている愛希さん

何より難しかったのは、馬に指示を出すこと
手綱を引っ張りすぎても弱すぎても、馬に指示が伝わりにくいんです。
おそるおそる乗っていたので、不安も伝わってしまいました。

改めて、馬という“生きもの”に乗せてもらうのだと実感しました。

馬術指導スタッフが馬で走るのを遠くから見る愛希さん
本番ではこんな速さで走るのか…

馬との意思疎通を大切に、少しずつ上達

早速心がくじけそうになった私ですが、多くの俳優たちを見てきた馬術指導の方にとっては、きっと想定内だったのでしょう。
焦っている私に、こんなふうに教えてくれました。
 
「馬がかわいそうだと思いながら指示をすると伝わりにくいから、指示を的確に出してあげよう
 
たしかに、指示を出すには足でお腹を押したり手綱を引いたりするので、少しかわいそうな気がしていました。ですが、馬に的確に意思が伝わらなければ馬にとってもやりにくいのだとハッとして、馬を大事にしながらも怖がりすぎずに指示を出すよう心がけました。

馬に乗っている愛希さん後ろ姿
少し速く進む練習

「馬は野生では食べられる側だから、怖いと逃げる。怖がらせないようにしよう」というアドバイスも、とても役に立ちました。
 
そのアドバイスを聞いてからは、乗っているときや触れ合っているときに、私自身がなるべく怖がらないようにしました。そうやって馬の気持ちを大事にするうち、少しずつ気持ちが分かるようになってきたんです。

馬に乗って馬に話しかけながら小首をかしげる愛希さん
「いやだった?」と声をかけているところ

いつも練習で乗っていた馬も、私のことを認識してくれるようになったのか、馬場に行くと頭をスリスリしてくれるようになりました。

とてもかわいらしく、信頼関係を築けたようでうれしかったのと同時に、馬術指導の皆さんと馬たちはさらに深く信頼し合っているから撮影が成功するのだと思うと、とても尊敬しました

馬から降り、馬の首のあたりをなでる愛希さん
なでなで

『撮影を熟知した馬術指導者と役馬やくうま
時代劇では馬がよく登場しますが、本来怖がりな習性の馬をロケ地に連れていき、無事に撮影を終えるには馬術指導者たちは欠かせない存在です。馬の体重は400kgあまりもあり、一歩間違えれば俳優も馬も大けがをしてしまうので、ロケ地を確認したり俳優の乗馬技術と演技が適切かを見定めたりと、徹底的に安全を考えてくれます。

また、撮影現場では機材やスタッフに囲まれ、戦のシーンでは俳優が甲冑 かっちゅうを着て大声を出し、激しい動作をするなど馬にとって緊張する状況です。そんななかでも馬術指導者への絶対的な信頼感によって平常心を保つ「役馬」として育てられていることで、私たちの撮影が成り立ちます。

「大奥」も、長年大河ドラマを中心にNHKドラマを支えてくださっている田中光法さんが中心となり、シーズン1から馬とのシーンを支えてくれています。
(プロデューサー 舩田遼介 談)

そうやって意思疎通を意識しながら練習の回数を重ねると、私の指示が馬に伝わるようになり、体が跳ねてしまう乗り方も直っていきました。

「馬ってすごいな、偉いな」

そんな尊敬の気持ちが芽生えながら、1か月半の間は天候が許す限り馬場に通いました。

1日で撮り終えたい!

ついにやってきた撮影の日は、初めてのことばかりでした。

場所はいつもの馬場ではなく、初めて訪れるロケ地。(少し起伏がある!)

衣裳いしょうを着て乗ることも、馬上でお芝居をすることも、この日が初めて

衣裳を着た愛希さんが、赤い衣裳を着た馬にまたがりこちらに向かってくるとなりで、見守りながら歩いてくる馬術スタッフ
馬術指導の皆さんがいつも近くにいてくれます

人生初の乗馬シーンの撮影には、予備日も含め2日間が割り振られていましたが、私は「1日で撮り終える!」という強い気持ちで臨みました

とても重要なシーンのお芝居を2日に分けたくなかったことと、馬や馬術指導の皆さん、そして制作チームの大変さを軽減できればという思いもありました。

驚いたのは、「馬慣らし」という時間がスケジュールに組み込まれていたことです。馬術指導の方が私の代わりに本番と同じルートを走ると、馬は学習能力が高いので記憶してくれるのです。

愛希さんが馬で走るルートを、馬術スタッフが実際に走っているところ

そしていよいよ、私が乗ってリハーサルをする番になりました。

家定が「正弘、見ておれ!」と言い、「はっ!」と走り出す場面です。

ルートの起点に立ち、「はっ!」と言って馬のお腹に合図を出したのですが…、うまく走ってくれない!

本番のルートを走ったあと、うまくいかずに首をかしげる愛希さん

馬に的確に指示を伝えるには手綱の持ち方も大事なのですが、この日は片手で手綱を持つスタイルで乗ることになり、事前に少し練習はしていたものの、コツがつかめずにいました。

内心大焦りの私に、馬術指導の方が手綱を持つ位置を1cm単位で細かく調整してくれて、指示が伝わりやすい方法を一生懸命考えてくれました。

馬上で真剣に馬術スタッフの話を聞く愛希さん

この日共演していた家定の正室、胤篤たねあつ天璋院てんしょういん)役の福士蒼汰さんも乗馬に詳しく、いろいろなアドバイスをいただけてとても心強かったです。

福士蒼汰さんが馬上での動きを愛希さんに教えている様子

本番では、なんと一発OK!

皆さんから教わったことを何とか頭に入れながら、ついに本番を撮るときがやってきました。
 
私自身がこのシーンを成功させることへの緊張感と、正弘の体の状態が良くないと聞いて気持ちが張りつめている家定の心境を、うまくリンクさせようと思いました。
 
馬は暑さに弱いので気温の高さが心配になり、馬に「がんばろうね、がんばろうね」と何度も声をかけ、そのときを待ちました。

馬の鼻のあたりをなで、話しかけている愛希さん

そして、カメラがまわりました。

私が「正弘、見ておれ!」と言って「はっ!」と合図を出した瞬間、なんと1回でしっかりと走ってくれたんです!
1発OKでした!

場面写真。走る馬の背中で嬉しそうな家定。
(「大奥」Season2 第17回より)

とてもうれしくて感極まり、思わずその場でガッツポーズ。

馬上でガッツポーズをする愛希さんの背中と、それを嬉しそうに見るスタッフや役者

演出の大原拓さんともハイタッチをしました。
(片手で手綱を持つのは大原さんのアイディアだったので、きっと内心ドキドキしていたと思います)

大原さんと、馬上の愛希さんがにこにこしながらハイタッチ

馬によってはリハーサルと本番の違いが分かるらしく、私の人生初の乗馬シーンで本番だと分かって全力を出してくれたのだと思うと、その頑張りが本当に本当に、うれしかったです。 

馬に触れながら嬉しそうに話しかける愛希さん
ありがとう~!!

感情が行き交う“奇跡”を体感

このシーンでの大切な相手、阿部正弘役の瀧内公美さんは、「このシーンを台本で読むだけで、泣いてしまってセリフが覚えられない」と何度も言っていました。
私も同じ気持ちで、心してこのシーンに臨んだことを覚えています。

場面写真。中腰の正弘と、それを支える瀧山。
(「大奥」Season2 第17回より)

そして瀧内さんはこの日、リハーサルからずっと、正弘の感情そのままに涙を流し、大奥総取締・瀧山役の古川雄大さんも、その思いを受けて泣いていました

「家定」としては正弘に対して気丈にふるまう場面なので涙をこらえなくてはと思うのですが、耐えきれなくなってしまい、ヘアメイクの方に何度も優しく「うんうん、しょうがないよね、これは」と涙を拭いてもらいました。

涙をこらえている表情の愛希さん
リハーサル中、瀧内公美さん演じる阿部正弘を目の前に

実はこの日まで瀧内さんと私はまだ数回しか会ったことがありませんでした。

それなのにこんなにお芝居で感情が行き交ったのは、舞台よりもナチュラルにその人物がそこに実在するかのような、映像の世界だからこそ生まれる奇跡のように感じました。
 
私はふだん、舞台でお芝居することが多く、何度も稽古を重ねたうえで「感情が通じ合った!」という瞬間を経験することがあります。
でも、ドラマではそういった長い稽古期間は無く、しかも今回はほとんど言葉を交わしたことが無いのに感情が通じ合い、とても感動しました

場面写真。家定の手を握り、涙ながらに家定を見上げる正弘。
(「大奥」Season2 第17回より)

私がこのシーンで感じていたのは、家定と正弘の「愛」でした。

家定を実父の虐待から守り、信頼関係で結ばれた2人。
正弘は家定の過去をあの世へ運ぶために、家定の身代わりとして病になったのだと、死を覚悟します。そして家定は、そこまで思ってくれる正弘の身代わりとなって政務に関わり、時代を切り開いていく覚悟をします。
 
このように「大奥」では、どの将軍でも性別を超えた深い繋がりについて描かれていて、そういったジェンダーの垣根無しに人を愛するというメッセージが、「大奥」が現代で受け入れられている理由のひとつではないかと感じています。
 
それを象徴する重要なシーンで、こうして強い感情が行き交う奇跡を起こしてくれた瀧内さんに、とても感謝をしています。

大勢のプロが背中を押してくれる撮影現場

映像作品で初めてこんなに大きな役をいただき不安もあるなか、私がこうして「家定」に向き合ってこられたのは、「大奥」のスタッフ一人ひとりのおかげだと強く感じています。

スタジオのなかで大勢のスタッフに囲まれている愛希さん

カメラワークや演出のこだわりはもちろんのこと、安全を徹底した馬術指導、そして美術セットや消えもの(食べ物)、ヘアメイクや衣裳のように、画面上で見えるか分からないところまで、全てにこだわる「大奥」に驚きました
 
例えば家定の髪の毛も、ヘアメイクさんが「すみません、この1本を直したいです」と言って調整してくれて、「確かに、この1本でもその人物の性格や心境が現れるんだ」と、ハッとしました。
 
また、俳優にカツラや衣裳をこんなに丁寧に付けてもらえることにも驚きました。

舞台では自分でカツラを扱うこともあるので余計にそう感じるのかもしれませんが、「大奥」ではカツラを付けていても、とてもお芝居がしやすいんです。衣裳もきれいに着付けをしてもらえるので、襟もきれいに立っていて気持ちがシャキッと引き締まります。

本番前、カツラを調整してもらっている様子

一人ひとりが担当していることを全て大切にするなかで「家定」のことも大切にしてもらい、いつも皆さんにお芝居のスイッチを入れてもらっている感覚です。

皆さんのかっこいいプロフェッショナルな姿勢に、「私もプロフェッショナルでいなければ」と背筋が伸びる思いです。

終わりに

「大奥」では、どの将軍もとても悲しい宿命を背負っています。

でも、皆とにかく「生きる」。

家定も、人生を諦めかけていても、いつ死んでもかまわないと思っていても、とにかく生き抜きます。
 
そのはかな さと強さに、私は心を揺さぶられています。
 
「大奥」ファンの方々がこの作品に心打たれるのは、視聴者の皆さんもそんなふうに現代を生きているからなのではないかと感じながら、家定を演じています。
 
今回の正弘とのシーンもそうですが、そんな原作のエッセンスを大切にするために台本と照らし合わせて解釈を深め、映像作品としての「大奥」や私が演じるなりの良さも出せるよう、撮影現場での瞬間も大事にしてきました。

並んでいる台本にはどれも付箋がはさまっている
原作と台本を照らし合わせられるよう、付箋をたくさん貼りました。

そんな私なりの「家定」が、皆さんの目に一体どんなふうに映ったのか、とても気になっています。特に原作ファンの皆さん、メッセージを寄せてもらえたらとてもうれしいです
(まだ原作を読んでいない方は、ぜひドラマと併せて楽しんでください!)

乗馬のシーンを撮り終えた1日の最後に

(取材/NHK広報局note編集部)

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