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「サンドウィッチマンスペシャル」“そのまま”を描くという難題に挑んだ先輩の話

ツカミ “裏表が無い”という禁じ手


「興奮してきたな」

サンドウィッチマンの漫才の多くは、開口一番、2人があるテーマに興奮することから始まる。大の大人2人が、「宅配ピザ」や「街頭インタビュー」になぜか興奮し始める…というだけで、もう面白い。これがサンドウィッチマンの2人が、スターへの登竜門『M-1グランプリ』で優勝するために開発した最短の“ツカミ”。

漫才は、いち早く客を引き付けるこの“ツカミ”が大事だと聞いたことがある。それは我々が制作する番組も同様で、冒頭の入りがカギを握る。

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『プロフェッショナル』では通常、冒頭でいかにその主人公がスゴいのかを詰め込んでいくというのが常套手段だ。どんな賞を受賞してきたのか、どんな超絶技巧の持ち主なのか、どれだけ周囲が評価しているのか。

だが、今年3月24日に放送された「サンドウィッチマンSP」では、冒頭から大きな肩透かしを食らった。映し出されたのは、ロケ弁のカレーを巡る他愛のない2人のいざこざ。そして、続く関係者インタビュー。

坂上忍「『なんで人気があるんですか?』っていわれるとわからないですね」
小籔千豊「プロフェッショナル史上一番おもんない回になるんちゃいます?それくらい裏表ないというか」

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かくいう私も、学生時代から週2日は劇場に足を運ぶ根っからお笑い好きで、2019年に「新喜劇座長・小籔千豊」回を制作。取材当時も、周囲の芸人さんからサンドウィッチマンさんの良い評判はずっと聞かされていた。

担当した奥ディレクターは、きっとこれらの関係者インタビュー後に苦虫を噛み潰したような表情をしたことは容易に想像できる。
『プロフェッショナル』という番組は、これまで誰にも見せてこなかった裏の顔を捉えられてこそ、と考えるからだ。しかし、誰に聞いても「裏表が無い」と言われてしまえば、それは番組的にゲームセットを宣告されたのにも等しい。

私が当事者だったら、すぐに音を上げるだろう。だが、奥ディレクターは「裏表が無い」という彼らの人間性をそのまま映し出すという、ある種壮大な開き直りに打って出たのだ。

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天丼 強烈な「繰り返し」が生むメッセージ

漫才用語に「天丼」という技がある。同じボケを繰り返すことで、笑いをとる手法だ。もはや、芸人のみならず世間にも広く知られている言葉だろう。

「サンドウィッチマンSP」では、この天丼が幾度となく登場する。一見、どうでもいいような伊達さんの髭剃りや美味しそうに食べ物を頬張るシーン、富澤さんのメイクシーンなど。繰り返されることで匂い立ってくるのが、2人が醸し出す空気感。好きな芸人ランキングで1位を獲り続けているのは、この2人が作り出す「温かさ」だということに次第に気づかされていく。

さらに番組中盤、2人の壮絶な下積みの過去に迫っていく。けれど、2人のシンデレラストーリーは2007年の『M-1グランプリ』優勝後、幾度となく他番組で目にしてきた。また、番組後半の被災地にかける思いも同様だ。今さら繰り返されても何か発見があるのか、他人事ながら連日ロケに出る奥ディレクターを心配していた。

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しかし、それは杞憂だった。人の懐に巧みに入り込み、これまで数々の名シーンを撮ってきた「イチャメンタリー」(イチャついているの?と思わせるほど取材対象者との距離が近いことから命名)の名手・奥ディレクターは、超多忙な2人を相手に計4回、8時間の超ロングインタビューを敢行。富澤さんの「死」までをも予見した伊達さんの過去、被災地への知られざる葛藤・苦悩を引き出した。

これまで「天丼」のように、イチ視聴者として繰り返し見てきた彼らの過去や被災地への思い。奥ディレクターは、あえて他のディレクターが通ってきたど真ん中で勝負した。その挑戦は「過去に繰り返された内容でも、その真髄に到達できれば、強烈な感動を生みだす」ということを私に教えてくれた。

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ボケとツッコミ 奥翔太郎という存在が意味するもの

話は少し横道に逸れるが、この番組を手掛けた奥翔太郎という男についても是非触れたい。
奥ディレクターは、これまで「歌舞伎俳優・市川海老蔵」、「納棺師・木村光希」、「石川佳純スペシャル」など、数々の労作を手掛けてきた現在入局12年目。私の3年先輩にあたる。

奥ディレクターとの出会いは、私の初任地・福岡局時代にまで遡る。私が番組制作部に配属されると、そこには今と全く変わらぬ「ゆるフワ」な雰囲気と「できる男」感を醸し出し、『代官山に住みてぇ』が口癖のナウでヤングな奥ディレクターがいた。

若手でありながら『ドキュメント72時間』や『ファミリーヒストリー』といった全国放送の番組企画をバンバン通しオシャレ服に身を包み、ド派手な真っ黄色な車(実際乗ってみると、内装が剥げた中古車) を乗りまわす、それは後輩にとってまさに憧れの存在だった。ただ、取材になると、あまりに街中で目立つからと、オシャレ服はファストファッションになり、愛車は取材先の100m以上手前に駐車して徒歩で向かっていることを知り、そのカッコよさは奥ディレクターの自己ブランディングによる虚像だったことに後に気づかされる。

そして、私が入局して間もない頃、奥ディレクターが制作していたのが『プロフェッショナル 医師・国際NGO代表・川原尚行』(2013年9月)だった。ロケの大半が、決して安全とは言えぬアフリカ・スーダンだというから若手たちは皆驚いた。さすが若手のエース、奥翔太郎と感嘆させられたものだ。

だが、帰国した奥ディレクターは、ゲッソリしていた。数年後に聞いたが、スーダンでロケ中に高熱を出し寝込んでいたらしい。そして、東京での編集で絞られ、福岡に戻るとさらにゲッソリ。けれど、奥ディレクターは、平静を装い「楽しかったわぁ」とスカしていた。いや、どう見てもやつれていた。

スーダンパソコン(ロゴあり)

(スーダンで下痢に苦しみながら山本出デスクに取材報告をする奥D)

それから詳細は割愛させて頂くが、なんやかんやあって奥ディレクターと私は今、同じプロフェッショナル班にいる。実に数奇な運命だと勝手に感じている。

以上が私と奥ディレクターとの出会い、そして紹介である。ご覧の通り、私は奥ディレクターを「イジっている」。そう、奥ディレクターに出会うと、その愛くるしさに、誰しもイジり、ツッコミたくなるのだ。それは、奥翔太郎という存在自体が天性の“ボケ”なんだということに最近気付された。奥ディレクターが作り出す「イチャメンタリー」は、そのツッコミ力ならぬ“ツッコまれ力”の賜物なんだと。そういった観点で、『サンドウィッチマンSP』を是非もう一度見直して頂きたい。72分という、超長尺の「天性のボケ」と「プロのツッコミ」の協奏を。

オチ 本当のラストは…

高視聴率を記録した「サンドウィッチマンSP」。72分という大作だったが、実はこれで終わりではなかった。6月22日「サンドウィッチマン未公開スペシャル」が放送される。(放送後 6月29日まで下記リンクから見逃し配信中)

このnoteを書くことが決まり、一足先に番組を観たが、私個人としては既放送の「サンドウィッチマンSP」よりも面白い、というのが本音だった。
なぜなら、前回の放送が「人間」 ・サンドウィッチマンに迫ったとすれば、今回の未公開スペシャルは「芸人」・サンドウィッチマンを描いているからだ。

ただただ笑えて、最後にホロッと泣ける、それはまさに良い落語を観たような読後感に近い。さらに、中川家、小籔千豊、ナイツ、坂上忍、立川志の輔(敬称略)という、話芸のスペシャリストたちが語るエピソードトークは、お笑いファンも必見の内容になっている。

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半年間の密着で、これだけ丸裸になってくださったお二人。

芸人として、ほんとうの素を見られることは避けたかったのではないだろうか。

きっと、放送を見終えたあと、伊達さんは奥ディレクターに向かって言うに違いない。

もういいぜ。


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制作者:奥翔太郎ディレクター
2010年入局。初任地は福岡。「生花店主・東信」「歌舞伎俳優・市川海老蔵」「納棺師・木村光希」、「プロのおうちごはん」などを制作。2020年8月に「石川佳純スペシャル」、2021年3月に「サンドウィッチマン スペシャル」を放送。

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執筆者:和田侑平ディレクター
2013年入局。初任の福岡局を経て、宮崎局時代に制作した「鮮魚店店主」でプロフェッショナル・デビュー。2017年の異動でプロフェッショナル班に加入。「美容師・高木琢也」「新喜劇座長・小籔千豊」「料理人・米田肇」などを立て続けに制作し、先輩ディレクターを脅かす存在となる。最新作は高視聴率を記録した「宅配ドライバー」。現在は、あのビッグネームに長期密着中。放送は…お楽しみに。