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架空家苞記「殉いの山」

MEMO
場所/〇〇島へ向かう船着き場
案内/猟師の女性
備考/目的地に向かう途中、出航延期のため船着き場で足止めされる。ちょうどレコーダーの電池を交換した直後の動作確認中、女性に話しかけられたので会話を録音することができた。本来の目的とは異なるが、興味深い情報と収集物が得られたため記録を残す。


……。

どうも、こんにちは。

あなたも船に?そうですか……ほら、この貼り紙見てください。機器故障のため出航延期ですって。私もさっき到着してねえ、乗り込もうとしたらこれですよ。あっちの島へはこの小さな客船でしか行けないし……まあ、待つしかないですかね。あっはっは。

これからどうします?……ああ、それなら一緒に待ちましょうよ。ほら、このベンチが日陰で涼しいですよ。端に、この荷物を置かせてくださいね……どっこいしょ。ところで、あの島へ何をしに?……へえ、色々な土地を訪ねて回ってる?いいですねえ。私も同じようなものです。

私は……そうそう、この荷物。島に住んでる人にね、届けに来たというか。いえいえ、配達人じゃなくて猟師なんですよ、こう見えても。若い頃は男連中に交じって、銃を担いで何日も山を歩いてねえ。歳とってからは主に罠猟をやってます。イノシシとかシカとか……まあ、色々獲ります。あっはっは。

ああ、家業とかではなくて、先代の人から継ぎました。素人の私を山に連れて、猟師の仕事を全部叩き込んでくれてね。先代も、前の人から仕事を引き継いだんですよ。昔からそうなんです。歴代の猟師には家族持ちの人もいたでしょうけど、仕事を継ぐなら血の繋がりがない方がいいとか言ってね。

……あの、よかったら私の運んでいる物を見ませんか?……え?あっはっは!シカの角だとかクマの手だとか、そういうのじゃなくてね。もしかしたらあなたにも必要な物かもしれないって、そう思ったんです。うーん、口で説明するのは少し難しいというか……見てもらった方が早いですねえ。

ええ、届け物ですけど、“これ”を人に渡す時は、いつもたくさん持って来て好きなものを選んでもらいますから。先客の事は気にしなくていいですよ。私も一人でも多くの人に“これ”を渡したいですし。もちろん誰にでもって訳じゃなくて、「この人に必要かもしれない」って直感が働くことがあるんです。

さあて、それじゃ大きさは……小さめがいいですかねえ。あなたも旅の道中ですから。じゃあ、この木箱のやつがちょうどいいかもしれないですね。ちょっと……膝の上に失礼しますよ。大丈夫、見た目よりも軽いですから……さあ、どうですか?どれでも手に取って見てください。色々あるでしょ?

“これ”が何ていうものかって?うーん、私は“これ”としか呼ばないので……先代からずっと。名前をつけたり呼んだりする物じゃないんですよ。はっきりした事が言えなくて申し訳ないですけど、まあ、そういうものなんです。それで特に不都合はないですからね。

“これ”はねえ、山の獣の胃袋から稀に出てくるんですよ。ドロドロに消化された毛や骨や臓物が絡まり合って、こんな塊になる事が稀にあって。獲物を血抜きして捌く時に見つけ……え、何ですか?あっはっは!説明を聞いてから鼻をくっつける人は初めて見ました。しっかり洗浄してるから、血や獣の臭いはしないでしょ?

どうでしょ、気になった物はありました?様々な獣の胃袋から出てきたから、同じ物は二つとありませんよ。よかったらひとつ差し上げます。……いえいえ、いいんですよ。“これ”は必要としている人に譲るために持って来たんですから。狩猟は仕事だけど、“これ”は仕事じゃないですしね。どうぞ遠慮なさらずに。

もうちょっと詳しく?うーん……あなた自身には“これ”が必要だと思いますか?……そうですか、私もそう思ってました。だったら簡単な事情くらいは知っていてもいいでしょうね。私の言える範囲でなら教えてあげられますよ。でもここだけの話にしてくださいね。あまり広まっても良くないですから。

さっきも言ったけど、“これ”は獣の胃袋から出てくるんです。要するに獣が喰らった生物が“これ”になってるんですよね。山に棲む肉食や雑食の獣が捕食するといえば、まあ他の小動物や獣の死骸ですけど、それじゃあ“これ”は出来ないんですよ。“これ”はねえ、山に入った人間が獣に喰われた時にだけこうなるんです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうそう、普通なら獣害事件ですよね。“これ”を見つけた時は胃袋から髪の毛や人骨の欠片も出てきますから、もちろんすぐ警察に届けますよ。通報するとね、鑑識の人が大きな袋やクーラーボックスを持って回収しに来るんですよ。それから私達の仕事場やら狩猟道具やらを隅々まで調査されるので、その間は仕事になりません。

面倒なことにねえ、年に数回は“これ”が見つかるんです。その度警察に届けるものだから、何度か事情聴取も受けました。そうそう、先代や私が連続殺人犯の集団で、被害者を山の獣に喰わせてるんじゃないかって疑われて。あっはっは、それなら通報しませんよ。

だって、変な話ですけど、今まで何十件も……先代より前の歴代の猟師達の時代を考えると何百件になりますかね。これだけ獣に喰われた人間の残骸がたくさん見つかってるのに、誰一人身元が判明してないんですよ。DNAやら何やら、鑑識でも色々調査されたみたいですけど、誰一人。

獣の腹から怪しい物を取り出してる猟師より、身元不明の人達が山で獣に何人も喰われ続けてるかもしれないという状況の方がおかしいじゃないですか?まあ、今は警察も「またおたくですか?」って面倒そうな感じですよ。また身元不明の未解決事件が増えるって鬱陶しがられて、詮索される事もなくなりましたね。あっはっは。

それでね、通報して調査された後なんですけど。警察の人達が必要なのは元人間だったパーツ・・・・・・・・・だけですから。それらしい物をかき集めた後、獣の死骸は返却されるけど、“これ”は大抵残されてるんです。

それから固まった血や毛皮の塊をほぐして、“これ”を拾い上げて、川の水で洗浄して、山の風に晒して乾燥させて、ひとつずつ瓶に詰めるんですよ。面倒ですよ、本当は警察にいちいち通報する時間も惜しいくらいです。時間が経つと腐敗が進みますからね。髪や服に酷い臭いがついて……あっはっは。

ええ、“これ”の扱い方はずっと昔から伝えられた方法を引き継いでます。山の中で見つけて、洗浄して、封をして、それを様々な人に渡しに行く。それが一連の流れです。先代が長旅に行けなくなるまで、二人で色々な場所に行きました。同じ地域に留まらず、とにかく様々な場所で、様々な人に渡すんですよ。

先代いわく、“これ”は人間の魂が獣に近いものに変質した結果、生まれるとか何とか……人間でもないし獣でもない不安定な存在なんですよ。そういうものはねえ、近くにいる人の影響を強く受けるんです。だから“これ”は人が持たないといけないんだって。いえ、宗教とかではないと思います。私自身も特にそういうものは信じてないですし。

どういう人に渡すのか……は、さっきも言いましたけど、何となく直感でわかるんですよ。“これ”が必要な方というのは……あ、気を悪くしないでくださいね。端的に言えば「死」が身近な方です。肉親や親友など身近な方を亡くした、死者の出た事件や事故に巻き込まれた人が該当しますね。後は……死期が近い人、人の命を奪ったことがある人、とか。

ごめんなさいねえ。別にあなたが暗い顔や悪い顔をしてたとか、死相が出てたって訳じゃないですよ。長年やってると、わかるようになるんです。あなたの事情や過去を探るつもりもありません。不思議とねえ、“これ”を持ってると渡すべき相手がわかるし、相手側も自分が受け取る物だって素直に受け入れてくれるんですよ。あなたがそうだったようにね。

“これ”を受け取った後?いえいえ、別に何もする必要はないです。ただ持っていてください。アクセサリーみたいに肌身離さずって訳じゃなくて、ただ所有しているだけでいいんです。そうですね、できれば……亡くなるまで。所有者が亡くなると、“これ”の不安定な状態が解消されて、人の魂の形に戻ります。それで終わりです。

まあ……私はそう聞いてるだけで、それを見た事はありませんが。あっはっは。先代もその前の猟師達も、見た人はいないと思います。渡した相手とは基本的にそれきりですし、自分が亡くなった後に“これ”がどうなったか報告してくる人もいません。でも、いいんですよ。魂の形なんて、きっと目に見えないでしょうから、ふと消え去るんじゃないかなって私は思ってます。

そうですねえ……こんな事、誰が最初に始めたんでしょうかね。可能なら、私の代で“これ”を終えられればいいんですけど。仕事を教えてる若い猟師もいるけど、こんな事引き継ぐのは気が引けますよ。……こうしてる間にも山で誰かが獣に喰われて、新しい“これ”が生まれてる。うんざりしますよ。

哀れな“これ”を人の魂の形に戻してやるためにやっている、というのはわかるんですよ。でもね、最初にお話した条件はもう少し詳しく言うと、山に入った人間が自分で望んで獣に喰われた時にだけこうなる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んですよね。

わざわざ山に入って獣に喰われた人の魂を元に戻してやる意味って何だろう、なんて考えちゃいますけど……ま、そんなの理解できないし、私達はとにかく続けるしかないんです。獣に喰われ続けるのも、“これ”を配り続けるのも、みんな罰みたいなものじゃないですか。そう思いません?

“それ”はもうあなたの物ですから。どうぞ大切にお持ちくださいね。温度や湿気で多少見た目に変化があるかもしれませんが、まあ机の引き出しにでもしまっておけばいいですよ。あ、ペットを飼われているなら注意してください。もし“これ”を飲み込んだら、私が胃袋を捌かなきゃいけないから。あっはっは。

……あ、ほら、見てください!船員さんが貼り紙を剥がしてますよ。故障が直ったみたいです。よかった!さあて、荷物をまとめないと……あらあら、手伝ってもらって申し訳ないですねえ。ありがとうございます。どっこいしょ……やれやれ、やっと船に乗れますよ。楽しみですねえ。

あちこち旅するのは疲れるけど、私、海が好きなんです。ふだん山の中で暮らしてますから。もし喰われるにしても、獣より魚の方がいいわ……なんてね。あっはっは。


MEMO
概要/ガラスの小瓶に入った物体。情報提供者の話から人体組織が変質したものと思われるが、詳細は不明。
保存/小瓶を緩衝材で包み、遮光性の高い容器に収蔵済。
余談/情報提供者とは、〇〇島に到着するまで他愛のない世間話をした。下船後はお互い用事があるため、解散。復路の船便でまた会える事を期待して船着き場で半日待ったが、最終便の出発時刻まで女性は現れず。連絡先等不明。

2023年 11月17日 小説家になろうにて公開

https://ncode.syosetu.com/n8760im/

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