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257stones

旅立ちの時、荷物はできるだけ軽い方が良い。
それでも必要な物は手抜かりなく揃えていかなければならない。

戻るのが難しい時は特に。
 
まずはダガーと手斧。
そしてロープ。
ダガーは護身のためだけでなく、生活の中であれこれ役に立つ機会が多い。
手に馴染んだものを念入りに研ぎ上げ持っていくことにする。
 
手斧は片手でも扱える軽いものを革の鞘に入れ腰に帯びる。
ロープは少し嵩張るが岩や木に登る時や荷を括ったり固定したりと用途が広い。
これも一巻きは持っておきたい。
 
バックパックに詰める道具袋には包帯を100枚。
今回は特別に清めた物を準備した。
回復薬と解毒薬は10ずつ。
秘薬を各々30。
魔法は不得手だが、なにかの助けになるかもしれない。
自分だけでなく、仲間の術師の援けにもなることを考えれば予備の秘薬を持っておくのは良いことだ。
 
食料袋にはりんご、日持ちするよう焼しめたパン、チーズ、焼いた羊の脚肉。
見込みより幾日も掛かって、糧秣が足りなくなるようなら道中、獣を狩れば良いだろう。

あとは水。
これだけは絶対切らさないよう気を付けなくてはならない。
予備のための革袋も入れておくことにしよう。
 
それから、矢羽根のための水鳥の羽根を300枚と弓矢の道具を袋に入れた。
矢羽根は準備に手間がかかるが、矢のシャフトは行く先の土地にある木から作れば良い。
 
その暇があるならば。
 
路銀は少しで事足りるだろう。
金など全く必要ないかもしれないが。
 
わからない。
 
道具の準備を終えた彼はいつものように布のシャツとパンツと革のブーツ、矢を射やすいように拵えた革の手袋を身に着けた。
そしてこの度は山鳥の尾羽根を挿した帽子ではなく、錠前付きのチェストにしまい込んでいたチェインフードを頭に被り、いつもの草色のチュニックの下にはチェインメイルを着込んだ。
 
ふ と小さく息を吐いた彼の目の中ににほんの僅かに緊張が宿る。
 
持ち物がいつもより重く感じるのは、手慣れた狩りの支度の時より多い物量のせいだけではないのかも知れない。
 
彼は窓近くの木の作業台に向かい、新たに矢羽根を付けて完成させた矢を纏めると、壁に掛けておいた矢筒に入れ背に負い、革のベルトを締めた。
そして、戸口近くに立て掛けておいた弓を取ると弦を張り、張りを確かめるようにやや強く弦をはじく。

パン と鋭く乾いた音が静かな小屋の中に響いた。
 
彼は小屋から出ると、木の扉に簡素な錠を掛け、伝えておきたいことを書付けた紙に鍵を包み、薄暗い森の中を歩きだした。
彼の目は暗闇を見通し、慣れた森の道をザラザラと僅かにチェインメイルの音をさせながら危なげなく進む。
 
森の道を抜けた先に、生垣をめぐらせた小さな民家があり、彼はそこで足を止めた。
 
彼は少しの間、迷っているような仕草をしたが、チュニックの隠しに入れていた鍵の入った紙包みを小さなポストに入れると生垣越しに家に向かってサッと手を上げて無言の挨拶をし、その場をあとにした。
 
しばらく進むと森が途切れ、彼は小川に掛かる橋のたもとに騎馬の者や徒歩の者などが集っている姿を見ることができた。
重装備ほどではないが、彼と同様に武装をした仲間達だった。

彼らの方へと向かう彼がふと足を止め、今来た方へ振り向いた。
 
「彼女は、怒るかな」
 
と呟いた彼の、弓を握る手から少しだけ力が抜けたように見えた。
 
しかし、それはほんの一瞬のこと。
彼は、同じく夜目の効く仲間が低く吹く合図の口笛に手を上げて応えると、今度は振り向かず真っ直ぐに仲間達の方へと駆けていった。
 
***
 
西の国境で大きな争いが起きた時、数多の人やエルフ、動物達が巻き込まれ、多くの生命や物が喪われたと後の物語では伝えられている。
あの時争いがあった国境も今はなく、森は切り開かれ、人々が行き来する大きな街に姿を変えている。
 
弓を手に国境へ向かって行った彼と仲間達の行く末を語る物語は何一つ残っていない。
 
だが、街の傍に残る森の中にはエルフの古い一族が今も住み続けているという。
 


 

***

お読みいただきありがとうございます。
本作はウルティマオンライン内で行われた文学賞に出品した作品をほんのちょっぴり改訂したものです。

解説を少し。

本作はブリタニアで旅に出る時に必要な持ち物は何で、それを揃えて持った時どのくらいの重さになるんだろう?という素朴な疑問から生まれた作品です。
ブリタニアでは様々な物が存在している世界ですので実際に文中の分量を揃え持ってみたところ257stonesあり、それをタイトルにしました。

stoneはブリタニアでの重量の単位で、地球ではイギリスで使用されているそうです。
1stoneはおよそ6.35kgなので、257stonesだと・・・1.632㎏!?
人が持てる重量の上限はもっと上なので、なんと人ひとりで軽トラの積載量よりも荷物を持てるということになります。

地球とは重力の塩梅が違うと考えた方が良いのかも・・・。

ちなみに人の体重も裸で基本13~15stonesで大体90㎏!
実はブリタニアはとんでもないムキムキワールドなのかもしれません。

変な推論が出たところで、では、またお会いしましょう~。



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