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創作小説「DEvice in summer time」1/2

全国の学校の部活動のなかで、夏休み期間でも週に一回以上活動するのは全体の何割を占めるのだろうか。
冷蔵庫の中の食品が腐るような暑さでも活動をする学生は少ないに違いない。
われらがデバ研もその類にもれず夏休みには一度も活動を行わない。
そもそも依頼者が学校に来ないためである。
遠方からこの学校に入学した学生は基本的に地元に帰ることが多い。
何もしないのに太陽がじりじりと照り付ける道を歩いて通学させるのも酷だろう。
しかも先日の騒動によりクラブ活動はやりにくい状況である。
夏季休業前集会で生徒会長がこれからの方針を明確に示し、夏休み期間の活動の明確化を図ってくれたらしく、おかげで落ち着き始めてはいる。
ちなみに僕は寝ていたので聞いていない。
裏で各部活動の代表が集まって生徒会に直訴したおかげだろう。
それでも好き好んで部室にやってくるものもいる。
イライザ、ライ、ミナミの計三人である。
そのうち僕とライはデバイスの作成のための機械を求めてやってくる。
ミナミがなぜ来るのかはわからない。
聞けばきっと、来てはだめなんですかと言い返されるだろう。
でもこの三人の中でミナミしか使えないデバイスもあるので来てくれる分にはありがたい。
僕たちのいるこの部屋は機械から出る熱で外よりも熱い。
本当は窓を開けたいところなのだがホコリなどは機械の故障の原因となるのでそれもできないので換気扇でどうにかしている。
とめどなく吹き出る汗を拭きつつ、クーラー代わりになる冷却デバイスを作っている。
いわゆるマッチポンプである。
こんな暑苦しい部屋で一人本を読んでいるミナミが一つしかない扇風機を独占してしまっていることは許せないが、近くのコンセントは全て機械に繫がっているので仕方がない。
空になったペットボトルを手にしてようやく、先ほど飲み切ったことを思い出す。
ライからもらおうと思ったが、蓋の開いた空のペットボトルがライの後ろに転がっているのを見て断念する。
脱水症状で倒れてしまう前に飲み物を買おうと財布に手を伸ばす。
残金23円。デバイスの部品を買ったために金欠なのだ。それすら忘れていた。
ライは僕よりも持っていないだろうし、メインで作業しているので集中が途切れるようなことは避けたい。
水道水で我慢するしかない。ライに一言告げ二人分のペットボトルを持ち、ふらふらと立ち上がる。
世界が歪んで見える。視界がぼやけてピントが合わない。
部屋から出ると不思議と涼しく感じた。
おぼつかない意識で生ぬるい水道水を入れる。
活動部屋にもシンクがあったのにどうして僕はわざわざ外に出たのか。
そう考えていると、知らぬ間に満タンになったペットボトルから水が噴き出る。
あわてて二つの濡れたペットボトルをしっかりと締め活動部屋へ歩き出す。
暑さのせいなのか脱水症状なのかは不明だが今の僕は頭が回っていない。
いつもならあり得ない自分の行動に困惑しかない。
そう考えているうちに落ちていた何かを踏んでしまった。
踏ん張りがきかなくなる。水で手が濡れていたためペットボトルもつかみ損ねた。
倒れると認識するよりも早くに反射で目をつぶる。
しかし予想に反して強い衝撃が来ない。ゆっくりと目を開けると僕は魔法で作られた障壁にもたれかかっていた。
滑り降りるようにして床に座る。
「大丈夫ですか?」
後ろから女性の声が聞こえる。ミナミに似ている。
「あの、これ冷やしたので飲んでください。」
そうして手渡されたのは先ほど入れた水で、日本ともいつの間にか冷やされていた。
冷えた水は偉大である。一心不乱に水を飲むにつれ次第に世界が輪郭を取り戻していく。
目の前には白いハンカチが落ちている。おそらくあれを踏んだのだろう。
男子一人がもたれかかっても破れない障壁に500mlを瞬時に冷やす魔法を使えるとはその能力の高さは相変わらずだ。
きっと部屋を出ていった僕を心配してくれたのだろう。
「おかげで助かったよ。ありがとう。」
そういって振り返るとそこにいたのは全くの別人であった。
「え、あ、すすすすみません!!!間違えました。」
やってしまった。助けていただいた方に敬語も使わず、あろうことか別人と勘違いしてしまったのだ。
制服ではなくシルエットのゆったりとしたかわいらしい服を着ているということは外部のお客さんだろうか。そうであれば更なる失礼に値する。
「いえいえ、大丈夫ですよ。もともとはわたしが落としたハンカチが原因ですし、それに感謝されるためにしたわけではないですから。こちらこそすみません。」
なんという慈悲深きお言葉。感激で涙が出そうだ。
立ち上がりハンカチを拾って手渡す。
「暑さにやられてしまって。通りすがりの僕を助けていただき、本当にありがとうございました。」
その人はハンカチを受け取ると丁寧にお辞儀をしてからこう付け加えた。
「生徒が倒れそうになっているのを見過ごすなど生徒会長としてあるまじき行動です。」
・・・・ん?いまなんと言った?生徒会長!?
舞台上で全校生徒の注目を一身に受けるあの生徒会長と同一人物とは到底思えなかった。
頭脳明晰、才色兼備。総合成績では他の追随を許さないといわれるあの生徒会長である。
「どうかされましたか?」
生徒会長は僕が驚愕しているのを不思議そうに見つめてくる。
見れば見るほど生徒会長とはミスマッチな服装である。
確証はないもののこの学校には休日であっても制服で登校する校則があったはずである。
それにしても可愛すぎる。こういう格好に慣れているからだろう。
「いえ、服装が違ったので一瞬誰かわからなくて。なぜ制服を着ていないんですか?」
「なるほど。確かにわからなくても仕方がないですね。実は今から人と外出する予定だったのでこのような恰好をしているんです。」
外出と聞いて納得がいった。僕たちも外を制服で出歩くようなことはあまりしない。
世の中には制服デートというものもあるが学生であっても登下校時を除けば制服はコスプレ衣装になってしまうと思う。
ごく一般的な感覚として、誰とどこに何をしに行くのかがとても気になったものの、紳士たるものそのような無礼な振る舞いは許されない。
別に恋愛対象として好みのタイプであるからそう考えたのではない。
もう一度言うが、邪な気持ちはない。好みのタイプであるのは否定しないが。
「引き留めてしまいましたね。それでは僕はここらで失礼します。」
「ええ、私も失礼します。」
われながら完璧な対応だ。
そういって二人は歩き出す。
ミナミのようなハイレベルな魔法を使えるのも生徒会長ならば納得がいく。
あの生徒会長の私服があれほどゆったりとしたかわいらしいものであるとは想像もつかなかった。
階下に行く生徒会長と別れを告げ、あの地獄の部屋へ向かう。
もう涼しく感じなくなってしまった外気を惜しがりながらも覚悟を決め、活動部屋へと目を向けると人影が見えた。
ミナミと誰かが言い争っているようだ。そのわきにはもう一人生徒の姿が見える。
何やってんだ、ミナミは。
呆れつつもそっと近づくと、わきにいた生徒がこちらに気づき近づいてきた。
その顔には見覚えがあった。
シンディ・ミラー。俗に言うメガネ女子である。たしか元クラスメイトであったはずである。
はずとつけるのも納得できるほどクラスでは影が薄い。成績は上位の部類だが、実技面ではそこまで突出していない。
あまり人と話しているところを見ない
失礼ながら、いや、だいぶ失礼だが、デバイスの調整を頼まれた際に話すことはできるのだと驚いた記憶がある。
「カートゥーン君、久しぶり。」
「こちらこそ。はは、その言い方されるの久しぶりだなぁ。今日はどうしたんだ?僕たちになんか用?」
「委員会。私、今年から風紀委員に入って、その活動の一環で来てるの。」
「活動って、僕たち風紀委員に注意されるようなことした?」
「いや、注意しに来たわけじゃなくて、今回は不定期の見回り。」
「そうなんだ。それで具体的には何するんだ?」
「所有しているデバイスの回収調査と管理かな。返却までは一週間くらいかかる見込みだって。あんなことがあったばかりだから生徒会長直々にお達しが出たの。でも、この同好会の持ってるデバイスの量だと私たちだけだと厳しくて。だから協力してもらえる?」
「うーん、デバイスの回収は僕たちには結構苦しいな。でも、事が事だし仕方がないし、それでデバイスに何かあるほうが怖いから協力するよ。」
「ありがとう、助かる。本当にあの二人が喧嘩し始めちゃって困ってたの。」
奥に目を向けると、まだ二人は言い争っていた。性懲りもない。
足音を立てないよう静かに近づく。
「あんたねぇ。このくらい協力しなさいよ。それとも何かばれたらまずいことでもあるの?」
「これってあなたたち風紀委員の仕事だよね。私たちが協力する理由が見つからない。この言い争いをしている時間に作業できたのに、もう少しはタイムマネジメントを勉強してきたら。もう手遅れかもしれないけど。」
「あんなにあるデバイスを回収するこっちの身にもなってよ!どうせ一人ぼっちで本読んでただけでしょ。こんな暑苦しい部屋で扇風機の前でだらぁーっとして。もしかして暑さで頭がおかしくなってるんじゃない?」
その元気を少し分けてほしいくらいだがもう見ていられない。
先ほど冷やしてもらったペットボトルを取り出すと汗ばんだミナミの首元にそれを押し付ける。
こう、グイッと。
するとミナミはヒッという情けない声を発しながら軽く飛び跳ね、振り返ってこちらをにらみつけてきた。
「落ち着けっての、みっともない。それに、キタさんもね。」
無表情に低めのトーンで少し威圧するように二人に言う。
「・・・すみません。あと先輩、さっきふらふらしてましたけど大丈夫ですか。」
余計な心配をかけないように生徒会長とのことは伏せて、うん、大丈夫と返した。
「ミラーさん、めちゃくちゃ熱いですけど入ってください。案内しますんで。」
そう告げると、活動部屋の扉を開ける。
熱波が扉から吹き出し、全員の口から思わずうめき声が漏れる。
それに構わずライのいる奥に向かった。
「ライ!生きてるか!水もって来たぞ。」
機材の奥から手が出てきたため、ひとまず安心し、その手にペットボトルを手渡す。
こちらまで聞こえるようなゴクゴクという音。
ライもかなりしんどかったのだろう、一度で飲み切ると倒れこむように横になった。
タオルがずれ、目元が隠れているが、それすら直す気力がないのだろう。
「あとはチューニングだけだ、やっとここまで来た。あー、疲れた。」
そういってA4サイズの半透明のデバイスを僕に渡してくる。
最後は僕に託したといいたいのだろう。
「了解。大急ぎでするよ。それと風紀委員さんが見回りに来てるから。」
事のあらましを簡潔に説明すると、ライは立ち上がって他のみんながいるほうへ向かった。
僕は奥の機械の前に座り、デバイスを接続する。
そして、ミナミが使えるようにチューニングを始めた。

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