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おはようございますで同期する。

思うに、挨拶はペアリングである。

その人と会う度ペアリングをすることで、僕を個体として認識してくれる。

逆に、挨拶をするだけでも人と人の間に繋がりが生まれるともいえる。

だから誰とも会わない日はそのペアリングがない。

本音を言えば、少し、寂しい。

社会の中で自分がどこにいるか GPS を起動するように挨拶で確かめる。

小さな頃、挨拶をするようにとしつけられたが、あながち間違っていないのかもしれない。

社会の中で、それぞれの個体を結び付けておくための挨拶というシステム。

挨拶のない言語を僕は知らない。

それほどまでに人間には欠かせないものなのだ。


そこでふと思った。

「僕の記事には決まった挨拶がない。」

もちろん、小説や詩のように挨拶がいらない記事もある。

でも、少しでも気軽に読んでもらうために、
何かあったほうがいいのではないかとも思う。

noteという街の、一軒の家として、いらっしゃいと言いたい。

何にしようか。

・・・・・・・

ド直球に「いらっしゃい」と言えば、クロサキナオさんなど、他の人とかぶってしまう。

でも、おはようやこんにちは、こんばんはなどのような日々の挨拶では、
慌ただしい世間話のようだ。

いらっしゃいは自宅に招いているようで、温かみがある。

ああ、いいことを思いついた。

待ち合わせというのはどうだろう。

試しにやってみよう。


いらっしゃいませ
本日のおすすめは、焼きたてアップルパイでございます
それでは、ごゆっくりどうぞ

焼きたてアップルパイ:¥450+税

やあ、元気にしてた?

コーヒーを片手に待っていたよ。

さて、今日は何を話そうか・・・


おお、いいかも。

最後は、また今度。といって別れればきれいに終われる。

レパートリーもある程度作れそうだし、
話の導入にもってこい。

次からこれでいこうかな。

じゃあ、また今度会う時には楽しみにしててよ。

それじゃあ、またね。

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