マガジンのカバー画像

連載小説 友と呼ばれた冬

23
タクシードライバーとして日々都内を流す主人公の真山。ある日、同期の大野が失踪する。元探偵の真山が真相解明に向けて動き出す。孤独を愛し、人付き合いを敬遠する主人公の心の動きをリアル… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

友と呼ばれた冬~第23話 

友と呼ばれた冬~第23話 

 突然失踪した大野の顔をこうしてモニターで見ても感傷的になることはなかった。服装の乱れた大野と客に謝る姿、男たちの怒号が大野の失踪にますます不穏な影を落としただけだった。
 このクレームの決着がどうついたのか気になったが、梅島からはまだ連絡はなかった。梅島に電話を入れようかと考えたが時間を見て思い直した。梅島は乗務員ではない。もう寝ている時間だ。

 次のファイル ”n20150801”を再生する

もっとみる
友と呼ばれた冬~第22話

友と呼ばれた冬~第22話

 その映像は歌舞伎町の一方通行を走る大野の車の前にホスト風の若い男が飛び出してくる直前から始まっていた。

 歌舞伎町のホスト達が住むエリアは面白いほどに明確に分かれている。稼ぐものと稼げないもの。数名で乗ってくる場合が多く、車内の会話も両者でははっきりと違っている。

 稼いだ金をどう生かすかについて議論する”稼ぐホスト”と、貢がせた金だけで暮らすことを自慢する”稼げないホスト”。彼らの会話は成

もっとみる
友と呼ばれた冬~第21話

友と呼ばれた冬~第21話

第三章 パズルのピース

 部屋に戻り大野のノートパソコンの電源をもう一度入れてみたがやはり電源は入らなかった。
 大野のアパートのインターフォンは壊れていたのではなかった。故意に中のコードが切断されていて鳴らなかったのだ。大野に似つかわしくないその細工が気にかかっていた。インターフォンと同じように壊れて機能しないノートパソコン。

 俺はノートパソコンを裏返してみた。思った通り充電池が入っている

もっとみる
友と呼ばれた冬~第20話

友と呼ばれた冬~第20話

「悪いが新宿まで戻ってくれ」
「わかりました」

 ドライバーは諦めたように返事をして青梅街道を上り始めた。車窓に雨がまとわりつき何もかもが歪んで見えた。ひどい気分だった。負の感情を締め出す必要があった。あの男の顔に傷をつけてやったと思うと少し気分が良くなってきた。

「西口に着いたら声をかけてほしい」

 ドライバーにそう告げて目を閉じてみたが興奮した頭は冴え、眠りを拒否した。あの時、千尋は交番

もっとみる
友と呼ばれた冬~第19話

友と呼ばれた冬~第19話

 自分が尾行されていたと分かったら大人でも恐怖を感じるものだ。今になって怖くなったのか千尋の足の震えは止まらなかった。あの時、千尋はすぐに俺の所へ戻ってくれた。いつだってこの子は自分の事よりも他人を思いやっている。

 俺はどうだ?
 
 タクシーの窓に反射した醜く歪む男の顔が憐れむようにこちらを見ていた。

 ”まるで尋問のようじゃないか”

 そう言われているような気がした。

 ”優しさをは

もっとみる
友と呼ばれた冬~第18話

友と呼ばれた冬~第18話

中野坂上の手前から渋滞が始まった。

「左車線に入ってくれ」

 交差点に左折の車がいると直進車が詰まるのはわかっていた。直前で右に戻れと指示する客も居る。そうすると中野坂上の交番の目の前で進路変更禁止の黄色い車線を跨がなければならない。タクシードライバーに取っては迷惑な指示だ。

「詰まったらそのままで構わない」

 俺の言葉を聞いて運転手は左車線に入った。後ろを振り返って確認したが不審な動きを

もっとみる
友と呼ばれた冬~第17話

友と呼ばれた冬~第17話

 税務署通りから小滝橋通りに出てタクシーを拾った。千尋との待ち合わせ場所の東口までは歩いていけない距離ではなかったが待ち合わせ時間が迫っていた。
 大ガードの手前から渋滞が始まり信号が2回変わっても動かなかった。待ち合わせの時間を少し過ぎている。タクシーを降りて歩いて東口へ向かいながら千尋に電話をかけた。

「もしもし?」
「すまない、少し遅れた。大ガードの信号を渡ったからもうすぐだ」
「真山さん

もっとみる
友と呼ばれた冬~第16話

友と呼ばれた冬~第16話

 梅島と話すこともなく新宿営業所を出たのは15時少し前だった。明治通りは相変わらず渋滞しているが待ち合わせ時間にはまだ時間があった。

 大野のアパートをもう一度調べる時間はある。諏訪通りでタクシーを拾い、そのまま小滝橋まで出て小滝橋通りから北新宿へ向かった。明治通りと違って渋滞はほとんどなかったが、消防署から救急車が出動するタイミングに当たってしまい少し足止めを食らった。新宿は昼でも夜でもサイレ

もっとみる
友と呼ばれた冬~第15話

友と呼ばれた冬~第15話

 カーテンを開けると外は薄暗かった。目覚ましで起きたはずなのに一瞬今が何時なのか分からなかった。タバコを吸い熱い珈琲を腹の中へ流しこむとようやく体と頭が機能し始めた。

 一晩中充電をしておいたノートパソコンの電源は今朝になっても入らなかった。新品で購入したコードが原因だとは考えにくく、かといってパソコンを修理できるほどのスキルは持ち合わせていなかった。
 そもそも何故このパソコンに電源コードが繋

もっとみる
友と呼ばれた冬~第14話

友と呼ばれた冬~第14話

 梅島との電話を終えタバコに火をつけて肺深く吸い込むと、寝不足からなのか眩暈を感じ、ソファーに横たわった。

 このまま眠ってしまいたかった。余計なことに首を突っ込んだ自分を罵りたい気分だった。
 ふと千尋の顔が思い浮かび俺は偽善者なのか?と声を出して尋ねてみた。千尋が答える代わりに、何もないモノクロームのアパートに母親と千尋の写真だけが色彩を帯びて浮かび上がった。
 吐き出した煙が霧散した思考と

もっとみる
友と呼ばれた冬~第13話

友と呼ばれた冬~第13話

 もし故意にSDカードの記録が消されていたのなら、大野の失踪時の記録を消したかった以外の理由は無いように思えた。

「走行記録は残っていましたか?」
「そっちはあった。簡単に書き換えられるものでもないからな」

 確かに、走行記録を消すとなるとSDカードの抜き差しのようにはいかない。

「実はな、大野の走行記録を見てみたんだがどうもおかしいんだ」

 梅島の声のトーンが落ちた。

「大野は芝浦ふ頭

もっとみる
友と呼ばれた冬~第12話

友と呼ばれた冬~第12話

 電話は梅島からだった。今日はアルコールに縁がない。

「もしもし」
「真山か?梅島だ。面倒なことになったぞ」

 梅島の言葉に背中が強ばる。

「なにがあったんですか?」
「大野の車の記録なんだが。無いんだ、何も」
「無いって……。どういうことですか?」

 梅島の言うことが理解できず、思わず声が荒くなる。

「車内カメラにSDカードは入っていたんだが記録が全て消えているんだよ。俺にもどういうこ

もっとみる
友と呼ばれた冬~第11話

友と呼ばれた冬~第11話

「西口まで」

 俺と同じ年くらいの運転手は返事もしなかったが、文句を言う気力もなかった。新宿駅西口の家電量販店に行き、大野のノートパソコンに合う電源コードを買った俺は朝から何も食べていないことに気づいた。普段持ち歩くことの無いノートパソコンの重さがきつくなってきた。

 甲州街道沿いのハンバーガーショップに入ると、店内では新宿らしい雑多な言語が飛び交っていた。カウンターに座り薄い珈琲で味気ないハ

もっとみる
友と呼ばれた冬~第10話

友と呼ばれた冬~第10話

「梅島さん、大野は芝浦辺りでも営業していたんですか?」

 俺は大野の車が芝浦ふ頭に放置されていたことが気になっていた。

「いや。あいつはいくら注意しても新宿で仕事をしていた。銀座まで客を乗せて行ってもまっすぐ新宿に戻ってきていた。誰かさんみたいにな」

 最後の一言は余計だったが、俺は軽く流した。

「大野は芝浦ふ頭で何をしていたんでしょう?」
「それは、あれだ。芝浦ふ頭まで客を乗せたのかもし

もっとみる