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極夜行~読書感想

日向に居るだけでポカポカと身体が暖まる。

あたたかい

外階段の踊り場にある喫煙場所で、
刻々と変わる日向に合わせて私も場所を変え一服する。

あぁ・・あたたかい

あたたかい、とは思うけど、

太陽の熱ってスゴイ!
ありがとう、SUN!

と感謝をすることは普段はない。


私が太陽のありがたみを普段感じるのは、洗濯物を干すときくらいかもしれない。

もちろん、公園の木々から漏れる真っ白な朝日も、
川面と引っ切り無しに左右する電車の向こうを真っ赤に染める夕陽も、

キレイだなぁと思うけど、それは空気と同じくらいに当たり前の存在で、
あらためて太陽を太陽として意識することはまずない。


「白夜」と言う言葉は聞いたことがある方は多いと思う。

以前も記事に登場した、水曜どうでしょうの「ユーコン川160キロ~地獄の6日間~」


カナダからユーコン川をカヌーで160km下る旅が、白夜だった。

夜中の12時位に夕暮れほどの明るさになり、
3時間位経ったら、夕暮れのまま朝になる

カヌー旅の1日目が終了し、皆がテントでシュラフにくるまっている。
深夜12時だと言うのに外はまったく明るい。

「おやすみ」
「お疲れ」

とシュラフに潜り込むが・・・

チュンチュンチュン♪

「鳥がさわやかな声で鳴いてるけど朝じゃねぇよなぁ?」
「明けたんじゃねぇだろうなぁ夜が・・・」

カメラがテントの外を映すと朝焼けのような明るさ。

それほどまでに「白夜」なのである。


白夜と真逆の現象もある。

それが本書のタイトルでもある極夜きょくや

恥ずかしながら私はこの言葉も、こういう自然現象も知らなかった。

考えてみれば「白夜」があるのだからその逆もあるだろうことは想像に難くない。

真逆、ということは真っ暗な日々が続くということだ。
北極点と南極点では白夜と極夜がそれぞれ半年間続くそうだ。

へぇ~そうなんだ。すごいねぇ。

とさして想像もせず(実際できないし笑)、世知辛い現実世界に想いを引き起こす者がほとんどだと思う。

「極夜の果てに昇る最初の太陽を見たとき、人は何を思うのか・・・・」

そんな思いに憑りつかれ、狂気とも言える過酷な探検をやってのけた男が居る。

本書は、角幡唯介という早稲田大学探検部OBの作家・探検家が書いたノンフィクションだ。

ジュビローザさんのこちらの投稿を拝見して書評にやられてしまい、居ても立ってもいられなくなり、翌日購入して読了した。

極地の探検記は、植村直己さんの「北極圏1万2000キロ」や星野道夫さんの「長い旅の途上」などが今でもうちの本棚に収まっている。

ついでに言うと、キャンプの経験がある私は暴風雨を身体で体験している。

有名なふもとっぱらで「テントの墓場」と言われる所以の暴風に見舞われたことがある。

夜中にそれは始まった。

ヒューヒューと風の音が聞こえだしたと思ったらあっという間にテントが波打ち始めた。

最初は単なる「強風」だったのが、程なくして「暴風」に変わり、テントが風で大きくひしゃげ、原型をとどめない程に押しつぶされた。

風が弱まった隙に外に出て、緩んだペグを打ち直しガイロープを締め直す。
周りでは小さな悲鳴が飛び交い、風で飛ばされたテントが転がり、
車内に避難するキャンパーも多かった。

「シャレにならんな、これは」

そう毒づきながら、ポールと薪ストーブの煙突(すっかり冷え切ってしまった)を両手で支え続けて乗り切った。

冗談抜きで、台風の比どころじゃない、狂ったような風だった。

暴風雨でキャンプ場の方も帰ってしまった半島の岬で一人で一晩明かしたこともある。

風はふもとっぱらほど荒れ狂ってなかったが、頼みの綱のガソリンストーブが不具合で点火せず、
テントから庇を張り出して、焚き火に”焚き火缶”という鍋をそのままぶちこんで、肉うどんを作り暖を取った。

夜中じゅう風雨が激しく、キャンプ場には私一人しか居ない。
そこは砲台跡や発電所跡など、戦時の遺跡が残る場所。

軍靴を履いた亡者たちの足音が不気味な風の音に混ざって聞こえてくるような恐怖を感じていた。

朝起きたら、テントの周りは軍靴の足跡で囲まれていた…。


なぁんて恐怖体験はなかった。
穴熊の足跡がクーラーボックスの上までついていたけどね。

本書に出てくる「行動不能な暴風」の数々を、レベルが違うのは重々承知で書くが、少なからず身を持って体験した私だからこそ、現実感を伴ってその凄まじさに震えた。

しかし、それは同時にこれまで読んだ極地探検記にも出てくる「暴風」の域を超えていたにせよ、まだ現実味があるものだった。


本書の探検での決定的な特徴は極夜、夜が明けないことだ。

朝が来ないのだ。

希望があるからこそ人は生きられる。
絶望の中で、自分の心の中に希望を持てるから生きられる。

私がささやかながら体験した岬で一人過ごした暴風雨の夜も、

当たり前のように必ず夜が明け、
雨だろうが曇りだろうが、太陽が昇り、

やがて当然の日常としてキャンプ場の人が「出勤」し、

「大変だったでしょう?」
「いやぁ余裕っすよ」

なんてやり取りがある、と想像できたからこそ踏ん張れた。


暗闇は確かに恐怖だ。
だが永遠の暗闇なんてそれこそ死後の世界くらいしか思いつかない。

暗闇が怖いのではない。
希望がないことが怖いのだ。

時間さえ経てば、後数時間もすれば、

太陽があがってくれる
世界に光と熱を届けてくれる。

だから頑張ろう、後少し頑張れば。

時間さえ経てば・・・が数カ月先だったらそこに希望を見いだせるのか。

暗黒の中を犬一匹と二人きりで、
白熊や狼の襲撃、クレパスへの落下
行動不能な暴風による足止めで心細くなっていく燃料や食料。

そして明けない夜。暗黒。
尽きることのない暗闇。

とても笑っていられない絶望と、いかれる寸前の精神状態の中で
次々と襲い掛かる「不運」。

なんて、ついてない旅なんだ・・・・。

著者の絶望感に浸食されながら読み続けると、突然、地方のホステスの話がぶっこまれる。

あとがきで著者自身が書いているが、ともすれば崇高な旅記録になりがちなことを嫌い、あえてところどころに俗っぽい文章や内容を盛り込んだようだ。

それがまた妙に現実世界を意識させて面白く親近感がぐぐっと沸く。


要所要所でやけっぱちな行動や、運任せの思いっきりにヒヤヒヤするが、
土壇場を「身体感覚」で乗り越えていけたその裏には

この狂気の探検に先だつ入念な準備期間があってのことだ。

緻密な計画と準備のあとで最期に必要なのは、
エイヤッ!って思いっきりなのかもしれない。


どうしてこんな狂気の沙汰を思いつくんだろう。
どうしてここまで、命を賭すことができるのだろう。

けど、そのワクワクを実現させることで停滞しがちな人生のレールを強引に変える。

そんな生き方に憧れを持つのは危険・・・でも魅せられてしまった。

どうなる私の今後の人生(笑)



極夜行
2021年10月10日 第1刷

著者:角幡唯介かくはたゆうすけ
発行所:文藝春秋

文庫:398ページ

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