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バイト中のクレームから学んだこと

 私が幼かった頃、保育園でよくS君と遊んでいた。三輪車がお気に入りでふたりで競争していたのを覚えている。当時のことを母に聞くとS君のお母さんから「仲良くしてくれてありがとう」とすごく感謝されたと話す。私としては何も感謝されるような覚えはないのだが、褒めてもらえるのはうれしいものだ。S君がダウン症という「障がい」を持った子であると認識したのはしばらく経ってからである。S君のお母さんは不安だったのかもしれないが、子どもにしてみれば 一緒に遊んで楽しければそれでいいという感覚なのだろう。先入観のない幼い私にとってS君が周りと少し違うことなんて少しも気にしていなかった。

 私は大学生になってから家電量販店でアルバイトを始めた。そこでCDやDVD、TVゲームの売り場に配属された。郊外にあるその店舗はファミリー客が多くいたのを覚えている。接客を伴うアルバイトは初めてだった。緊張しながらも慣れない仕事を見よう見まねで覚えていく。ひと月ほど経ち仕事に慣れ始めた頃のこと。

 私の担当しているレジに小学校3・4年生くらいの女の子がやって来た。商品をレジに通しながら決まりの文句を言う。
「ポイントカードはお持ちですか?」
女の子は黙ってポイントカードを差し出してきた。
「ポイントはいかがいたしますか?」
答えない。子どもなので照れているのかもしれない。こちらの質問に無言を貫く客はたまにいる。接客あるあるだと思う。
「ポイントお貯めしておきます」
こういう場合の一番無難な提案をする。特にリアクションはない。
「XXX円になります」
女の子は代金をなかなか出さない。どうやら足りないらしい。私はこういう場合どうしたらいいかわからず「えーっと・・・」と考えていると、その子が走って行ってしまった。焦って目で追いかけるとその子は少し離れたところにいる別の女の子の下へ駆け寄って行った。レジに来た子より一つか二つ年上に見えるので、どうやらお姉ちゃんらしい。「だから言ったじゃん」とお姉ちゃんが少し怒りながらレジにやって来た。無事にお姉ちゃんが会計を済ませ二人は帰っていった。

 20〜30分経った頃、先ほどの姉妹が高齢の男性と一緒に店に入ってくるのが見えた。おそらく二人のおじいちゃんだろう。一日の内に家電量販店へ何度も来る客は珍しい。私はレジを打ちながら、忘れ物か買い忘れかなと思っていた。するとあの子がこちらを指差し、三人でひそひそと話しているのが見えた。嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。でも何かクレームになるような事をした覚えはない。体が熱くなるのが分かる。指を差され、ひそひそ話をされるとこんなにも不快なのか。疑心暗鬼になりながら、他の客のレジを打つ。視界の外から近づいてくるのが見える。姉妹を連れたおじいちゃんは私のいるレジに近づき言い放った。
「うちの子に障がいがあるからってバカにしやがって!」
何を言っているんだ?
「ポイントカード使えないってウソ言っただろ!」
激高していてこちらの話に耳を傾けてくれそうにない。罵倒は止まらない。こんなにも敵意を向けられたのは初めてだった。だけど全く身に覚えがない。騒ぎを聞きつけた周りの先輩や社員が慌てて私とおじいちゃんの間に入る。
 女の子が黙っていたのは、コミュニケーションがうまくとれない障がいを持っているからのようだ。どうやら彼女はポイントカードのポイントを使って買い物をしたかったらしい。しかし、私がポイントカードは使えないと拒否したというのだ。それを孫から聞いてクレームをつけに来たというわけだ。私が障がいを持つ子をバカにしてそういう態度をとったのだろうと。

 どうしたらよかったのか。勝手に貯まっているポイントを使って会計を済ませるべきだったのか。なによりも、私が障がいを持つ人をバカにするような人間だと思われたことが悲しかった。

 彼の勝手な思い込みで私のこころは捻じ曲げられていく。一人熱くなるおじいちゃんの後ろに隠れる女の子を私は黙って見つめることしか出来なかった。そうか。ウソはつけるのか。
 もしかしたら彼らは不当な差別や偏見に苦しめられていたのかもしれない。だからといって怒りに任せて言葉の暴力をぶつけて良い理由にはならない。おじいちゃんはそうやって孫を守っているつもりなのだろう。なぜ女の子はウソをついたのか。買い物をうまく出来なかった自分におじいちゃんの怒りの刃が向けられると恐れての事ではないだろうか。

 翌日店長にアルバイトを辞めることを伝えた。

 S君、元気かなぁ。



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