連載小説 介護ごっこ(5)

 次のフラダンスのレッスン日に、容子は朝から義母に付き添うことにした。その日も義母は、黄色いハイビスカスのムームー姿だった。目をつむりたくなるようなまぶしさの中に、花々のすき間からのぞいた葉の色が、影のように優しかった。
「ほれ、遠慮せんと、あたしの腕につかまり」
 義母は腕を突き出した。拒んでばかりもよくないと思い、容子は腕に手をかけたけれど、体重をかけないように気をつけるのは、一人で歩くよりも骨が折れた。
 バス停まで来て、容子はバッグからハンカチを出した。百メートルほど歩くだけで、汗をかいている。少しも汗をかいていない厚化粧の義母を横目に、容子は、ハンカチの角で汗の玉を止めてから、市から支給されている〝障〟と書かれたバスカードを出した。
「お母さん、バスカードを出しといてくださいね」
 七十歳になると、市民はフリーパスのバスカードがもらえる。通勤や通学が一段落すると、バスの乗客は、ほぼ高齢者になる。特に終点に近いこのバス停に着くころにはかなり込み合う。それがバスに乗りたくない一番の理由だった。座れないからではなく、年配の乗客に席を譲られるのが辛いのだ。
 先に乗った義母は、「あら、あら、お久しぶり」と、二人の客にあいさつした。六十年以上この町に住んでいる義母は、知り合いが多い。
「まあ、どうもすんません」と席を譲ってくれた女性に礼を言い、
「ほら、ようちゃん、あんた座らせてもらい」と容子を振り返る。
「あたしは、いいですから。お母さん、どうぞ」と小さな声で言ったのだが、隣の男性まで席を立とうとする。
「いやいや、座っといて」義母は男性に言う。「あたしは足は丈夫やからね。来年、米寿ですねん」
 米寿までには、まだ四年あるから、逆サバだ。
 結局、義母と容子は、譲ってもらった席に、並んで座ることになった。バスが信号待ちで止まると、窓から外を眺めていた義母が口を開いた。
「この辺も変わったなあ」義母の太い声は静かな車内に、ぶしつけなほど大きかった。「あたしがここ来たときには、ここらは全部イチジク畑やったんよ」
 何度も聞いた話だ。だが、大きな独り言にしてしまうのも、ちょっとかわいそうなので、容子は「そうでしたか」と低い声で応えた。
「そこの筋、抜けたとこに雀荘があったんよ。今もまだあるんやろか」
「さあ」
「徹の父親が入りびたりやったんよ。賭けマージャンとパチンコと酒で、もうちょっとですっからかんになるとこやったんよ。あたしがおらんかったら、家もアパートも今ごろ人手に渡ってしもてるわ。あんな遊び人に、我慢できる人はあたしぐらいやよ」

 バスを降りて歩き始めると、すぐに容子は義母から遅れをとった。数メートル先で立ち止まり、容子を待つ義母に、「ありがとう」と言えず、
「どうぞ、お先に」と声に出している。見通しがいいので、義母が先に行っても、姿は目で追える。だが、義母は容子を置いて行こうとしない。
「ほんまに……、ようちゃん……、大丈夫かいな」
 しめっぽい声音に、むしゃくしゃして、つい
「待たなくていいって言ってるじゃないですか」と言うと、鼻息が混じる。その直後だった。
「お早うございます」
 振り向くとメガネをかけた年配の男性だ。次にポロシャツの胸のロゴが目に入った。よく見る有名ブランドのロゴだ。中折れ帽はかぶっていない。おそらく恵美が見た人ではないだろう。恵美から聞いたマンションと、その人が来た方角が全く違う。義母は、
「まあ、おはようございます」と尻を突き出し、深く上体を折り曲げ、男性を見上げている。その顔が満面の笑顔なのである。恐ろしいものを見た気がした。さばさばした普段の義母とは別人のようだった。眼鏡の奥の目を細めて、男性は、「じゃ、お先に」と軽く会釈して容子たちを追い越した。
「さあ、ようちゃん、いくで」と義母が言った。さっきの男性はやはり、道向こうのカルチャーセンターのビルに入っていった。
「さっきの方、どなたさん?」と聞くと、
「さあ、知らん。あはははは」と口の中を見せて笑う。義母は、本当に認知症なのか? 自分は茶化されているだけじゃないかと疑りたくなる。
 横断歩道で青信号を待つ間に、容子はもう一度かみ砕くように言った。
「お母さん、レッスンが終わったら、建物の中で待っててくださいね。私は耳鼻科で薬をもらって、もどってきますから」
「はいはい、外には出ないよ。あんたこそ大丈夫やの? あわててこけなさんなや」
 慣れているはずなのに、最近また義母の命令口調が鼻につく。
「大丈夫です。私のほうが早いと思いますけど。このメモを見て、約束を思い出してくださいね」
 容子は義母のバッグの持ち手に結んである紙をつまんだ。ほどいて開けば〝エレベーター前で待つ 容子〟と書いてある。
「もう、何回も言いなさんな」
 信号機がピヨピヨ鳴り始めると、義母は一人で横断歩道を渡り、向かいの建物に入っていった。
 容子は杖を握りなおして歩き始めた。義母にかまわれながら歩くのは面倒なのに、いざ、いなくなると、心もとない。向かい側から人が歩いてくると、目をそらし、後ろから自転車にベルを鳴らされると、びくりとなって立ち止まる。そんなときは、杖を真横に差し出して、通せんぼしたい衝動にかられた。実に底意地が悪いと思う。仕方がない。何もかもこの足のせいだと、すべての原因をそこに結びつけてしまう。そんな体も自分のものだとあきらめ、いや受け入れるのに、あと何年かかるのだろう。
 耳鼻科はひどく混んでいた。処方箋をもらうのに30分待ち、薬をもらうのに、20分待った。あれだけ義母にしつこく言っておきながら、容子のほうが遅刻しそうだった。
 容子は急いだ。文化センターの入り口を入ると、エレベーターの前で習い事を終えた三人の婦人が立ち話をしていた。そのうちの一人が容子に気づき、他の二人を促して、エレベーターの前から脇へずれた。
「乗られますか?」 
 薄紫の髪の婦人が聞いた。
「いえ、あの、待ち合わせで……」息が切れていた。「黄色の花柄のワンピースの……年よりで」
「あ、あのおばあちゃん」ジーンズ姿のすらりとした婦人が言った。「さっき一緒のエレベーターで下りてきて、もう、帰られたんじゃないかな」
「帰った?」
「ええ、たぶん」とジーンズの婦人が言った。
「そうですか。ありがとうございます」
 歩道へ出て、バスターミナルを見渡したが、義母はいない。すれ違うお年寄りはみんな、静かな色をしていた。杖をついたりシルバーカーを押したりしていても、きちんと目的地に向かって一歩一歩歩みを進めている人ばかりだった。
 義母は家にももどっていなかった。乗るバスを間違えたのだろうか。中折れ帽の男性と一緒なのだろうか。夕食の残りで昼食を済ませ、マッサージチェアでうとうとしているうちに、眠りこけてしまった。目を覚ますと、もう四時を回っていた。義母はまだ帰っていない。帰宅時間はまちまちでも、義母は必ずこの時間にはもどっていた。だが、考えてみれば、義母の外での行動について、容子は何も知らなかった。帰ってくると「お帰り」と迎えるだけだった。ひょっとすると道に迷って、歩き回った末、やっと家にたどり着いた日もあったのかもしれない。持って3分ほどの記憶では、自分がどこへ向かっているのか分からなくなってもおかしくない。これまでちゃんと帰ってこられていたのが、奇跡なのかもしれない。でも町を歩けば、すれ違う人の半分は顔見知りだと自負している義母だから、迷子になっていたら、送り届けてくれる親切な人もいたかもしれない。だが、今日はどうしたことだろうか。ひょっとして郷里のとよちゃんに会いに行こうと、電車に乗ったのではあるまいか。とよちゃんが亡くなったという話は、入れても入れても記憶からこぼれ落ちるのに、一緒に海にもぐっていたとよちゃんは、今でも義母の中に生きているのだから。
 容子はいてもたってもいられなくなり、腰を上げた。朝から歩き回ったせいで、腰に疲労が巻きついていた。足はむくんでいて、安定が悪い。腰から下が頭からの命令を聞かない。玄関まで来て靴を見下ろすと、ため息がもれた。スマートホンの万歩計を見た。3372。容子にしては大きな数だ。最近、時計でもカレンダーでも、数字を見ると、置いてきぼりを食らったような気分になるのはなぜだろう。
 思い切って中折れ帽の男性を訪ねてみようと思った。マンションの部屋番号を聞こうと思い、恵美にLINEすると、すぐに電話がかかってきた。

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