じゅん

じゅん(女)です。中途視覚障害者です。エッセーや小説や現代詩を気ままに書いています。現…

じゅん

じゅん(女)です。中途視覚障害者です。エッセーや小説や現代詩を気ままに書いています。現在、絵を描く方法を模索中です。

最近の記事

詩 箸さがしのうた

炎天下を歩き通して コッテージに着いた五人 逆光の枝葉を日よけにして 丸くなって座る のどが渇いた源次郎 水をがぶがぶ飲んでいると 友たちは弁当を食べ始めた 遅れをとった源次郎 あわてて弁当の包みを開けると 箸がない 「箸がねえや」と大声出すと 返ってきたのは はあ、へえ、ふうん、あっそ むしゃむしゃむしゃとうまそうに 食べる友に背を向けて 箸を捜しに行こうと決めた 川沿いを上流へ歩いていくと あちらもこちらも箸だらけ キャンパーたちがバーべきゅー 野菜をのせる 肉を返す 口

    • 詩 眠れない真夜中に

      眠れない真夜中に 見つけた 空っぽの物干しざお 水たまりの中の満月 自販機の明かり 光るプルトップ 雀のなきがら 埋めてあげたいけれど ごめんねとつぶやいて 寝返りをうつと 掛けぶとんのきぬずれが 私を 嫌というほど尊大にする 身動きを止めて 息をひそめると あるのは 自分の体の形の穴だけ 深い深い穴の底から 聞こえてくる 赤いビーズを連ねたような 救急車のサイレン ずんずん近づいてくる 熱い 窒息しそうになるほど 赤々と燃えながら 私を飛び越して 水平線の向こうへ回りこんだ

      • エッセー 絵を描いてみたくて 一視覚障碍者の夢

         トマス·マンの小説『魔の山』の中に、顧問官の医師が、目をつむって子豚の絵を上手に描いて見せる場面がある。まだレントゲン技術が十分でないころの結核療養所で、たくさんの患者を診てきた医師の透視眼のなせる業だと思う。  私には透視眼などないけれど、ちょっと真似してみたくなった。メモ帳に鉛筆で子豚を横から見た図を想像しながら、鉛筆を走らせた。まず丸を描いて、短いしっぽをぴょこんと一本、足はあとからちょんちょん、ちょんちょんと添える。いつも〝やってやれないことばかり〟なので、幼児の落

        • 現代詩 おばあちゃんの寝床

          点滴のチューブが おばあちゃんの体を おなかのあたりで二つに分けている 枕の上の茶髪の頭は 絶え間なく生まれる時間に かわるがわる抱えられて どこかへ運び去られてしまった でもはだしの足は 昔へ昔へと伸びて いつかのステージの ハワイアンに絡みつく 気ままに舞う 十枚の爪 光の尾を引いて 細かいふるいを編み上げる 風に舞う 氷点下の粉 炎天下の砂 そこに太陽は 命をあまた寝かせて去った しゃれこうべと足跡模様の 夜空の色のシーツ ざわんざわんと 波のように引きずって 太陽が

        詩 箸さがしのうた

          短歌 網膜の (駆け出し歌人二作目)

          網膜の 色紙ににじむ 青葉山 絵筆は遠き 鳥のさえずり

          短歌 網膜の (駆け出し歌人二作目)

          超短編小説 湯気の箱詰め

          は熱さとの勝負だった。だが誰にも礼も文句も言われないから気楽ではあった。そもそも彼らには、直也の姿が見えてさえいないようだった。  ところが閉店まで残り10分を切ったとき、一団の中の一人が立ち止まって直也の顔をじっと見上げた。それは、一年前に85歳で死んだ祖母ではないか。 「おばあやないか……」  感極まった直也に、祖母は丸い頬を光らせてうなずいた。もともと小さかった祖母は、さらに小さくなっていた。むにゃむにゃと動かす唇が、「しっかりやりや」と動いた気がした。 「おばあ、どこ

          超短編小説 湯気の箱詰め

          詩 陽はまた沈む

          だいじょうぶ 陽はまた昇るよと 夕べ友が 私の肩をたたいた いつものメロディーで 目を覚ますと 友の言ったとおり 陽は昇った カーテンのすき間から さしこむ光の矢印が 洗面所を指している 顔を洗い化粧をし フレークを食べて服を着る 陽は昇った 陽はまた昇った 陽はまた昇ってしまった だから私は駅に来た 夕べの友に代わって 私は言う 陽はまた沈む 陽はまた沈むよと 乗りこんだ快速電車 満員なのにしんとしている 朝日だけが快活に 窓から窓へ通りぬける 駅が一つ後ろへ飛んだ もう一

          詩 陽はまた沈む

          短歌に初挑戦 一視覚障碍者の無駄口

          障害も 長年過ごすと 夫と同じ 仕方がないから 連れ添っている

          短歌に初挑戦 一視覚障碍者の無駄口

          睡蓮の葉のように

          睡蓮の花が咲いていると 友が言った 葉っぱはどんなかと 私は聞いた 友は黙って私の手を取り それに触れさせた せり上がるようにして 手のひらにくっつく 葉の形の水面 私たちは 二枚並んだ 睡蓮の葉のよう 同じ空を半分ずつして 友の一枚が光を集め 私の一枚に像を映す 「雲よ切れろ」と 友は高いところへ念じ 「おお! 見えてきた!」と 山頂の出現を喜ぶ 私はうつむき 友の目に映る像を聞いている 水面より高く 伸びようとしない すべらかな睡蓮の葉に 手のひらを重ねて

          睡蓮の葉のように

          壁(現代詩に初挑戦)

          私の前にある 高くて大きな壁は すきとおっているけれど 打ち寄せる人々の波の 防波堤だ こちらは壁の外 そしてあちらも壁の外 壁にははしごがかかっている 触れるとそれは向こう側 どうかみなさん そんなものには足をかけないで 自分のことばかり 考えていてくださいと 祈る こっちにおいでと もしもだれかの手が 壁を通りぬけて 私の手を引っ張ったら ごつんとおでこを壁にぶつけて 眼球を裏返しにして 暗い頭の中を照らし 好きな言葉を集めよう それらを連ねながら 壁に沿って歩いていれば

          壁(現代詩に初挑戦)

          おばあ ばばあ

           パソコンを使うとき、私はスクリーンリーダーを用いている。これがないと文字を打ち込むのも、読書もネットも、全盲の私にはお手上げだ。  例えば〝ki〟と打って変換キーを押すと、「キアツの気」「ヨウキの器、うつわ」「オウゴンの黄」というふうに読み上げる。打った文字にカーソルを合わせても、同じように解説読みする。文章は、上下矢印キーで、一行読みするように設定してあり、この場合は、普通に音読するように、なめらかに読み上げてくれる。音声には、男性音、女性音、さらにその中にも、いくつか種

          おばあ ばばあ

          恍惚のモナリザ

           インターホンを押しても返事がない。私は妙な胸騒ぎを覚えた。先週ヘルパー仲間の福本さんが担当していたおじいちゃんの孤独死の第一発見者になったばかりだったのだ。  急いで預かっていた鍵でドアを開けて、玄関を上がった。多美子さんはダイニングの椅子に座っていた。丸まった背中にかくれて、頭は見えない。 「もう、多美子さんったら。びっくりするじゃないですか。返事がないんだもの」 「あら、ごめんなさい。これに夢中で、聞こえなかったのよ」  多美子さんはモナリザのジグソーパズルから顔を上げ

          恍惚のモナリザ

          エッセー 街はあみだくじのよう 一視覚障碍者のつぶやき

           中途で視力を失って、初めて歩行訓練を受けたとき、白杖は長い自分の人差し指だと思えばいいと、訓練士の先生に教わった。それがずっと頭に残っていて、30年経った今でも、外を歩くときの心構えの一つのようになっている。  歩いている途中でふと、自分の人差し指が地面まで伸びたけったいな図が頭に浮かんで、思わずにやついている自分の顔が、そこに上書きされて、シュールさが倍増。いったん足を止めて、頭をリセットしていると、「大丈夫ですか? 一緒に行きましょうか?」と、心配そうに声をかけてくれる

          エッセー 街はあみだくじのよう 一視覚障碍者のつぶやき

          土瓶のふた(20)最終回

          (20)  数日後、渡り廊下の正面の壁に、小さなパネルがかかっているのに気がついた。それは、行き交う生徒達の白い夏服のすき間から、ちらちらと私の目を誘った。1年生の少年が一人、それを追ってまた一人、じゃれあいながら私の肩先を追い抜いて行った。あとの少年が、前の少年をパネルのかかった壁に追いつめる。まだ声変わりのしない二つの笑い声がもつれ合い、パネルが少し傾いた。彼らが走り去ったところで、私はその前に来た。それは、作業部屋に横たわっていたちぎり絵にほかならなかった。形はすべて無

          土瓶のふた(20)最終回

          土瓶のふた(19)

           二カ月が経って、初枝さんは退院した。ほぼ同時に拓も戻ってきた。初枝さんの退院後に、この家に住む人の組み合わせをいろいろと考えていたが、結果はあっけないものだった。もし私が離れを引き上げれば、隆さんも奥さんも戻ってくるんじゃないかと言ってみた。それに対する初枝さんの答えは、「まあ当分はないわ」だった。彼女の真意を探るのは野暮だった。隆さんの奥さんは、入院中に一度も顔を見せなかったようだし、初枝さんを見ていると、それも無理からぬことだと思える。私はまだここにいてもいいのだ。少な

          土瓶のふた(19)

          土瓶のふた(18)

           手術が終わった週末に、私は初枝さんを見舞った。詰め所で名前を伝えると、私と同じ、アラサーぐらいの看護師が、さばさばした口調で、丁寧に応対してくれた。  説明されたとおりに、角を曲がり、517号室の表示を見つけた。入り口を入ると、すぐ左が初枝さんのベッドだった。初枝さんは看護師さんに、首の湿布を貼り替えてもらっていた。 「こんにちは」と言うと、私と気づいて、「あれまあ」と初枝さんの聞き慣れた声が返ってきた。 「ほんとに、面倒かけて……、ごめんね」  初枝さんは明るく言った。

          土瓶のふた(18)