連載小説 介護ごっこ(4)

 いつもの通り三人で夕食を済ませ、義母が自分の部屋に引っ込むと、恵美が妙な話を始めた。昼時に、義母が高齢の男性とマンションに入っていくところを見たと言う。
「中よさそうだったよ」
 恵美がこちらの顔色をうかがうのが分かった。
「人違いでしょ」とは言ったものの、容子の胸中は穏やかではなかった。
「黄色の花柄のムームーよ。ばあちゃん以外いないよ」恵美がスマホを脇へ置いた。「彼氏だったりして」
「まさか」
 容子は苦笑した。
「でもさ、一人ぽっちだったら、ばあちゃんみたいな明るい人と、一緒にいたいと思うんじゃないかな」
「あり得ない……」
「でも、結構イケメンだったよ。あの男の人だったら、『おじいちゃん』って呼んでもいいかも」
「馬鹿なこと言いなさんな」
 容子はつい険しい口調になった。
「かっかすることじゃないでしょ」
 冷静な恵美の物言いに、容子は自分をいさめた。リハビリ病院を退院した頃の怒りっぽい気性が、今でもたまに首をもたげてくる。あのころは、気弱さを封じ込めようとすると、つい口調が荒くなった。恵美に対しても随分、口うるさい母親だったと思う。進路決定を目前にして、編み物ばかりしている恵美を叱ったとき、恵美は黙って部屋を出て行った。口答えの一つも残さなかった。容子と恵美が引き合う縄の繊維が、知らないうちに一本ずつ切れていて、とうとう最後の一本を自分が切ってしまったように感じた。会話のない日が丸三日続き、四日目に恵美から話があった。看護学校を志望していたのに、全く畑違いの服飾専門学校へ行きたいと言う。容子は説得を試みた。夫の死後、容子は、もっと好条件の転職先を捜したが、どれも履歴書ではねられたこと。一方、看護師の自分の姉、つまり恵美の叔母は、独身でも、マイホームを手に入れて、そこそこ贅沢に暮らしていることなどを話したが恵美の決心は固かった。

 義母と老紳士の話を聞いた夜は、なかなか寝付かれなかった。何度も寝返りをうって、まどろみ始めたら妙な夢を見た。義母がバッグから財布を出す。カードケースは空っぽ。義母はカードを持たない。膨らんだ札入れ。男がのぞく。義母の高笑い。男の薄笑い。男の打ち明け話。投資に失敗、無一文。そこで目が覚めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?