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和歌が「わか」るための百人一首攻略2(大学受験生応援コラム6月)

原文の構造に忠実に口語訳することの重要性

’*** 0 はじめに  ***

当コラムに目を留めてくださり、ありがとうございます。

本コラムは、高校生や大学受験生の役に立てればとの思いから書かれています。主に大学入学共通テストの国語を素材として、問題の解き方や勉強法のヒントになりそうなことを書いていきます。

月ごとにテーマを決め、何回かに分けて掲載していきます。今月は「古文」の「和歌」。

百人一首を題材に、和歌を口語訳する練習をしてみよう、というのが主旨です。

’*** 1 百人一首 NO.35  ***

今回取り上げる和歌は35番目のこの歌です。

人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける 紀貫之

’*** 2 詞書の確認  ***

この歌の詞書から、歌の詠まれた背景などを確認します。

奈良県は初瀬にある長谷寺に久しぶりにお参りした貫之さん。参詣を終えて、いつも定宿にしていたお宅を訪ねてみました。すると、宿の主人はちょっとすねたように次のように言います。

この宿はずっと変わらずここにあるのに、そして私もずっとあなたをお待ちしていたのに、あなたときたら随分とご無沙汰でしたわねえ。もはやここのことなんか、お忘れなのかと思っていました。

すると貫之さん、その場にあったの枝を一本折り取り、歌を詠みました。それが今回の和歌です。

’*** 3 和歌の形式や語句の確認 ***

「人は~」と「ふるさとは~」という書き出しで想像がつくように、初句~二句と、残り三句とが対比の関係です。よって、二句切れの歌です。

「人」とは詞書に出てきた宿の主人。この歌は主人の目の前で詠まれたので、訳としては「あなた」でいいでしょう。

「いさ知らず」は「さあ分からない」が定訳。受験古文では覚えるべき語句の一つ。

「ふるさと」とは、今貫之が訪ねている場所のこと。ここでは詞書も踏まえて「昔なじみのこの場所」と訳しておきます。

「花」は古文では桜が定番ですが、今回は詞書にある通り、梅の花です。

最後の「ける」は詠嘆の助動詞「けり」連体形。「花ぞ」の「ぞ」と係り結びして、文末なのに連体形になっています。「~ことですよ」くらいが定訳。

’*** 4 今回の問い  ***

以上を踏まえて口語訳にチャレンジするわけですが、ここで二つ問いを出します。答えが出てから以降をお読みください。

問1 第二句の「知らず」の主語は何でしょうか? 「いさ知らず」の意味を確認したうえで一文節で答えてください。

問2 結句の「にほひける」の主語は何でしょうか? 問1での検討及び第三句以降の助詞に注意して一文節で答えてください。



答えは出ましたか? では解答です。

’*** 5 今回のテーマ:原文の構造に忠実に口語訳する  ***

答え1 「心も」

初句と第二句の語句のつながりを、助詞に注意して確認しましょう。

「人は」は確かに「知らず」にかかります。但し、気を付けるべきは助詞「は」の働きです。これは現代語では副助詞、古文では係助詞に分類されます。主語を作る専門職ではありません。よって、「~は」は常に主語だと思い込むと痛い目を見ます

「人は」の役割としては、「いさ心も知らず」というのは「人」に関する記述なのですよと示すことにあります。この役割、及び「知らず」を修飾する表現であることを明確にした訳にする必要があります

次に、「心も」も「知らず」にかかります。「も」も「は」と同じ分類がされますが、先ほどとは逆に気を付けたいのは、「も」も「主語を作れる」ことです(例えば、「私行きます」とか)。

「いさ知らず」は「さあ分からない」でした。「分からない」とは、「何が」分からないのでしょう? この答えが主語になります。宿の主人の「心」です。

答えは一文節で、という指定でした。念のために、第二句までを文節(自立語のみ、または自立語から次の自立語の直前まで)に切っておきます。
「人は/いさ/心も/知らず」

これで、答えは「心も」となります。

答え2 「花ぞ」

「花ぞ」は、係助詞「ぞ」をヒントにすれば、結び(文末のこと)「にほひける」にかかると分かります。

「昔の香に」も、連用修飾語を作る「に」の働きを考えれば「にほひける」にかかると分かります。また、この部分が主語でないことも分かります。

「にほひける」→何が?→「花」が、です。

では以上を踏まえて、最後の問題です。

問3 ’*2以降の検討結果をフル活用して、今回の和歌の口語訳を作ってください。できれば、紙に書くなどしてアウトプットしてください。



書けましたか?

答え3 
「あなた①については、さあその②お心は分かりません。③一方で④この梅の花は昔と同じ⑤香りを漂わせていることですよ」

説明
① 答え1での検討を踏まえて、「あなたに関しては」という意味合いが出るようにしました。この部分を例えば「あなたの心は分かりません」などと訳してしまうと(やってしまいがちですが)、「人は→知らず」という原文の修飾関係が崩れます

受験古文の口語訳は、もとの文の構造を変えずに行うのが基本です(英語と同じ)。安易に「あなたの心は」式の、ご自分のお得意パターンだけで訳を作っていたら、いつまでたっても構造を意識することができないし、「日本語がおかしい」と添削されまくることになります。

「日本語が不自然」とか「おかしい」というのは、大人から見て若者の日本語が文法語法的に誤っているという意味で使われる言い方ですが、それを改善するためにこそ、今回繰り返し述べている「原文の構造に忠実な訳」を心がけることが良いトレーニングになります。古文の文章は、現代日本語の原型・お手本だという考え方です。

「日本語がおかしい? じゃあ、どうせぇっちゅーねん(怒)」と言われても、現代文の添削ではなかなかストレートなアドバイスがしづらいものです(正確には、やってもらいたいことが多すぎてまとめて言えないのです)。しかし、古文ならできます。「まずは原文の主語述語とか、修飾関係とか、それらを忠実に守った訳をつくってごらん」と私は答えることにしています。これが、今回最も訴えたい内容なのです。

以下は簡潔に。

② 和歌を贈る相手が目の前にいる状況なのを踏まえて、敬語表現を加えています。

③ 人と花との対比であることを明確にしました。

④ 貫之が今梅の花を手にしていることを踏まえて、わざと「この」と入れました。

⑤ 直訳すると「香りで香っていることですよ」となります(先ほども書きましたが、「花の香りがしている」式の訳はやめましょう)。忠実という観点ならばこれでいいと思います。辞書にも同様の訳を載せているものがありますし。
ただ、私は「香り」「香る」という繰り返しが気になったので、それを避けつつ、また「香に→にほひける」という修飾関係を壊さずにすむ表現を…ということを考えて、答えのような表現にしました。

「自然な日本語」…いや、「採点官に評価される日本語」と言いましょうか…を書くというのは、トレーニングが必要です。実は古文の口語訳というのは、そのトレーニングにはいい教材なのです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。基本的に毎週水曜日更新を目指しています。次回もよろしければお付き合いください。


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