【短編小説】友達はそのためにいる。
「もう泣くな、太一。
お前をイジメたやつらは、俺がやっつけてやったからよ」
未だべそをかいたままの僕を、剛くんが肩で担ぎ上げた。
河原の水音が、少し遠くなる。
丸いけど、おおきな肩だと思った。
触れた部分がちょっと熱くて、すこし汗臭い。
「お前、軽いな。
ちゃんと、食べてっか?」
「食べてるよ……」
中学生と間違われるくらい大きくてごつい剛くんからすれば、そりゃあ僕は軽いだろう。
「いつもいつも、助けてもらって。本当に、ごめん」
自分が情けなくって、涙が出そうになる。
とっさに背けた僕の頭を、剛くんはやさしく2回叩いて、かるく撫でた。
大きな手が、頭頂部を包んで少し熱い。
「気にすんなって!
友達ってのは、そのためにいるんだぜ!」
見上げた視線のさきで、剛くんはすこし照れくさそうに、鼻をかいていた。
僕は、うれしかった。
だから僕も将来、剛くんを救ってあげたいと、そのとき思ったんだ。
※
けれど僕たちは歳を重ねるにつれ離れていき、違う大学に入ってからは完全に疎遠になった。
折に触れて思い出しては、どうしているか、とか、あの日の想いを叶えたいな、と思いつつ、日々の生活に忙殺され、それも薄らいでいく。
それからさらに20年余りが経ち、完全に忘れてしまった頃に、剛くんと再会する。
――債権者と、債務者として。
※
「……相変わらずの自転車操業で、賞与も出せないありさまでして。
今期も、うちの従業員に頭を下げ、涙をのんで貰いました。
返済額に到底たりないのは承知しておりますが、今回はなにとぞ、この額でどうかご容赦を……!」
ごつくて丸い作業服の半身を、さらに深々と小さく丸め、薄くなった頭頂部を僕に見せつけてきた。
向こうはどうも、僕のことに気づいていないようだ。
「剛くん、だろ?」
剛くんが怪訝そうに顔を上げた。
刻み込まれたおでこの皺とほうれい線の溝が、さらに深くなった。
「……太一か?」
僕が頷いたとたん、
「邪魔したな」
剛くんは机上に散らばっていた書類たちをガサガサと勢いよくかき集め、乱暴にカバンに突っ込んで席を立とうとした。
「待てよ!」
思わず呼び止めたその両肩が、震えていた。
「……お前にだけは、見られたくなかった」
その震えがすすり泣きを伴ったとき、剛くんは作業服の袖で目元を拭う。
袖には、染み込んだまま落ちなくなったのであろう油の黒が、所々に散っていた。
「僕は、君とあえてよかったよ」
「何を言ってやがんだこんなザマで!
皮肉のひとつでも言えるぞってか!!」
振り向きざまに怒鳴り散らした剛くんがカバンを投げつけ、机が硬質な叫びをあげた。
周囲から、微かな悲鳴とどよめきが聞こえる。
(偉い人でも呼んだほうが、いいんじゃないですか? あるいは警察とか)
隣のパーティションから、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
警察はともかくとして。
ここで一番偉い人は、他ならぬ僕なのだが。
「座ってくれ。僕なら、君を救えるかもしれない。
あのときの恩返しが、とうとう出来るかもしれないんだ」
剛くんは、バツの悪そうにカバンを拾い上げ、抱きしめるようにして
、再び着席した。
「こちらから、これ以上金は出せないが」
と前置いたうえで、剛くんの工場を、こちらの関連会社にて子会社化する案を、提示した。
自動車製造部門で、精密な部品を作れる町工場を探している、ということ。
名目上は子会社化だが、それはこちら側の経営陣や株主を黙らせる口実で、実際は資本提供にとどめること。
そして、それらを僕と剛くんが責任をもって完遂させること。
これらを、資料を片っ端から引っ張り出しては時間をかけ、丁寧に説明する。
始めは疑り深く聞いていた剛くんだったが、やがて毒気を抜かれたように、力なく笑った。
「よく分かったよ。その話、乗ってみよう。
……どのみち、このままじゃジリ貧だ。やるしかねぇ」
「ああ。君のそれが英断となるよう、僕も尽力するよ」
「すまねぇ」
と、剛くんはまた、頭をさげた。
「さっきの態度のこともそうだが。
何より、お前にはだいぶ、迷惑をかけちまうな。
情けねぇが、頼む」
「気にするなよ」
僕は軽めの口調で返し、鼻をかいてみる。
「”友達はそのためにいる”、のだろう?」
―了―
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