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水野シズク、入社一年目のフレッシュプロマネの挑戦 第三話

第二章: 日々の業務

臨時予算調整会

シズクが設定したミーティングの日がついにやってきた。会議室に集まったのは、田中、伊藤、シズクの3名、経理の小嶋とニシスの小田は在宅勤務のためオンラインでの参加だった。会議の主題は、新規に起票されたQAの中に含まれる仕様変更に伴う予算調整の話だった。

田中は事前にこの仕様変更の兆しをキャッチしており、QA棚卸会でその詳細が明らかになる前に、迅速に会議を設定していた。変更の内容は、契約オプションの選択画面と、バックエンドのビジネスロジック、さらにはデータベースの一部にまで及んでいた。

伊藤がシステムの各パートの変更量を見積もり、概算金額を提示していた。工数の増加に伴い、プロジェクトチームは一時的にメンバーを追加する必要があることが明らかになった。このための追加予算について、経理の小嶋と相談するのがこの会議の目的だった。

シズクは、会議に参加しながらプロジェクト管理の複雑さを肌で感じていた。プロジェクトの進行と同時に変化する要件、それに対応するための迅速な意思決定と調整が必要だということを、彼女はこの会議で学んだ。

会議が終了すると、小田がその日の議事録を作成し、参加者全員に送信した。彼の効率的な仕事ぶりは、シズクにとって見習うべき点の一つだった。

小田はシズクのデスクに近づいてきて、「次からは水野さんも議事録を作成してみて下さい。最初は慣れないから大変だと思うけど。」と話した。シズクは、その言葉に驚きつつも、新たな責任を任されたことに内心で喜んだ。議事録の作成は、会議内容を正確に把握し、記録する重要な作業だ。

「はい、ぜひ挑戦してみます」とシズクは答えた。これは、彼女にとってプロジェクトへのより深い理解と参加の機会をもたらすものだった。議事録を作ることで、彼女は会議の内容をより深く吸収し、チームの一員としての自分の役割を強化できるだろう。

開発パートナー

シズクが毎日参加している朝会と夕会を通じて、彼女は重要な観察をした。それは、開発パートナーによって報告の精度に明らかな違いがあるということだった。UI、つまりユーザーインタフェースを担当するコムテル社の松島と、バックエンド及びデータベース設計を担当するエナビズ社の三井が、そのリーダーだった。

松島は常に「忙しい」と言ってWBSの更新を怠りがちだった。それに対して三井は、予定も実績もきちんと記録している。松島は報告を急ぎ足で進め、内容はほとんどが遅れの言い訳に終始していた。具体的な解決策や遅延の回避策についてはほとんど触れられない。一方、三井は落ち着いて話し、プロジェクトの遅延が生じた場合でも、その遅れの日数とリカバリープランを簡潔に報告していた。

シズクはこの違いに思いを馳せ、どうしてこうも異なるのかと悩むことがあった。プロジェクトにおいては、すべての関係者の貢献が重要であり、報告の精度とアイデアの提供がプロジェクトの成功に大きく影響する。彼女はこの問題にどう対処すれば良いか、考えを巡らせる日々を過ごしていた。

変更管理

田中がシズクのもとにやってきて、新たな任務を依頼した。「臨時予算調整会議で決まった内容について、変更管理を起票してほしいんだ。経理の小嶋さんから予算が確保できたと連絡があったから、正式に予算申請をしてくれ」。

この申請作業は、シズクにとって新しい挑戦だった。彼女は、伊藤が作成した変更内容の説明資料、開発パートナーからの見積書、スケジュールなどを受けとり、変更管理手順書に従って変更管理票に必要事項を記入する作業を始めた。この書類が審議を通れば、委託元のコムネット社の承認を得て、追加開発がスタートできる。

細心の注意を払いながら、シズクは変更管理票への記入を行った。すべてが正確で、わかりやすくなければならない。プロジェクトの成功には、このような細部にわたる作業が不可欠だということを、彼女は日々の業務を通じて学んでいた。

変更管理票が完成し、田中から「これでオッケー。ありがとう。」という言葉をもらうと、シズクは自分が貢献したことに小さな達成感を覚えた。一つ一つのタスクをこなすことで、彼女はプロジェクトに不可欠な一員として成長していく。

成果物レビュー

詳細設計の完了日が近づいている。今月末が期限で、残り2週間を切っていた。コムテル社とエナビス社からの成果物が順次、社内サーバーの共有フォーラーに格納されていた。コムテル社は約60%、エナビス社は約70%の成果物が提出されている。

毎日の朝会や夕会での報告では、両社とも詳細設計工程の進捗はオンスケジュールで、予定通りに進んでいるという。ただし、コムテル社に関しては少々厳しい状況も見受けられた。ニシスのメンバーである伊藤と小田が納品された成果物をレビューしていた。

ある日、田中がニシスのチームに向かって尋ねた。「ウチのレビューはどんな感じ?」。伊藤は小さなため息と共に報告した。「エナビズ社の成果物はほとんど問題ありませんが、コムテル社のものは厳しいです。基本設計とかけ離れた仕様の部分もあるし、設計漏れも見受けられます。設計漏れを指摘しても、プログラミング工程で対応すると返ってくるんです」

田中はさらに質問した。「コムテル社のレビュー記録はどうなってる?」。伊藤は答えた。「こちらで指定したフォーマットと別のフォーマットで記録している担当者もいるし、レビュー記録を作成していない人もいます。指摘されたらその場で直すから記録は不要だと言っているんです」

「それ誰が言ってるの?」と田中が聞くと、伊藤は「松島さんです」と答えた。田中は深く考え込むようにして、何か対策を練り始めたようだった。

田中と伊藤の会話を横で聞いていたシズクは、心の中でざわついた。コムテル社の問題とそれに伴うレビューの状況について、彼女は何となく大変なことが起こりそうだと感じていた。設計漏れや基本設計からの逸脱は、プロジェクトに大きな影響を及ぼす可能性がある。

この状況は、シズクにとってまだ未経験の問題であり、それをどう解決していくのか、チームはどのように対応するのか、不安と好奇心が入り混じる。田中の経験と判断力が、今回の問題解決にどのように役立つのか、彼女はそれを見守ることにした。

プロジェクトの成功は、こうした予期せぬ問題への対応に左右される。シズクはこの経験を通して、プロジェクトマネジメントの難しさと重要性を改めて実感した。

進捗管理

在宅勤務の日、シズクはリモートで週次の進捗会議に参加した。毎週金曜日の16時、開発パートナーであるコムテル社の松島とエナビズ社の三井、そしてニシスのメンバーと佐藤部長が集まるこの会議は、プロジェクトの重要な確認の場だった。

三井の報告書は最新の状況が細かく記載されており、遅れているタスクも事実に基づいてしっかりと書かれていた。一方、松島の報告書は作業成果に焦点を当て、予定に対する遅れについてはあいまいな表現で触れられていない事実も多かった。会議中、三井は落ち着いた口調で報告を行ったが、松島は早口で重要なポイントにあまり強調せず話を進めようとした。

田中が松島に対して確認するような口調で切り込んだ。「松島さん、報告ありがとうございます。完了したタスクはよくやりましたね。ですが、まだ終わっていないタスクとレビュー指摘に対する対応を考えると、もうオンスケジュールとは言えないでしょう?月曜日の夕会までに遅延日数とリカバリ策をまとめて報告してください。それに、工程完了時には品質評価も行います。工程完了判定会までに開発規模やレビュー指摘数もカウントしてくださいね。」

松島はいつもの早口で「承知しました」と答えたが、その返答には少し迷いがあるようにシズクには感じられた。この会議を通して、シズクはプロジェクトの課題と対応策の重要性を改めて認識し、管理の難しさを感じた。

コムテル社の問題

コムテル社の松島の対応に納得がいかないシズクは、その理由を探りたいと思ったが、オンラインで直接ミーティングを設定することには躊躇した。チャットやメールなどの文章でやり取りする内容ではないと思えたので、シズクは悩んだ。隣の席の小田に聞いてみることにして、翌日の出社を待つことにした。

翌日、シズクは小田にコムテル社の状況について尋ねた。小田からの回答は、松島の人となりと仕事への取り組み方について詳細に語られた。「松島さんはがんばり屋で、後輩への面倒見も良いんだ。技術的にも非常に優秀で、問題解決に積極的に取り組んでくれる。ただ、自分で仕事を抱え込みがちで、報告やスケジュール管理は苦手なんだよ。リーダーになったのは経験年数の多さからだけど、管理業務の経験は不足しているんだ」

小田はさらに、コムテル社の内部状況についても語った。「コムテル社は技術スキルを重視する文化があって、管理スキルに対する評価や教育はあまり充実していないんだ。だから、松島さんのように技術は優秀でも管理が苦手な人がリーダーを務めることがあるんだ。これはコムテル社のグループリーダーにはあるある話だけど、もちろん上手に管理できるリーダーもいるよ。」

シズクはその話を聞き、プロジェクトにおける人事や管理の複雑さを理解した。技術力だけでなく、プロジェクトを円滑に進めるためには、管理能力も同じくらい重要であることを学んだのだった。

シズクは小田にコムテル社の状況について尋ねた後、彼からさらに重要な事実を聞かされた。「委託業務は、担当者に直接指示できないからあまり深入りできないんだ」と小田は説明した。これは、シズクにとって新しい知見だった。委託された作業においては、直接の指示や管理が難しいという事実が、プロジェクトの複雑さを一層増していた。

これらの話を聞いて、シズクはプロジェクト管理の難しさと、異なる企業間での協業の課題について深く考えるようになった。技術力と管理能力のバランスの重要性、そして外部のパートナーとどのように効果的にコミュニケーションを取るかという点が、彼女にとって大きな学びとなったのだった。

パートナーとの契約形態

シズクは、プロジェクトに関わる様々なパートナーとの契約形態について、ネットで調べてみた。彼女が得た知識は次の通りである。

派遣契約は、派遣会社が労働者を企業に派遣し、その企業の指揮命令のもとで働く形態である。ここで重要なのは、派遣労働者の雇用主は派遣会社であり、派遣先企業は労働力の提供を受けるという点だ。

委託契約は、業務の一部または全部を外部の個人や会社に任せることである。この契約では、業務を遂行する方法やプロセスについて、委託された側が自由に決めることができる。これは主に専門的なスキルやサービスが必要な場合に適用される。

請負契約は、特定の成果物の提供を約束して仕事を行う契約で、請負人(または請負会社)は独立して業務を遂行し、その成果に対して報酬を受け取る。請負では、注文者は業務の進行に直接指示を出すことはできない。

契約形態の違いについての学びを深めたシズクは、プロジェクトにおいてこれらがどのように影響を与えるのかを理解し始めていた。特に、委託契約のもとで働く開発パートナーに対して、ニシスの開発プロセスを押し付けることができないという事実は、彼女にとって新たな認識だった。

シズクは、契約形態の違いを理解し、それぞれのチームメンバーの働き方や能力に応じた適切なマネジメントを行うことの重要性を感じた。プロジェクトの成功は、このような細かな点の理解と適応にかかっていることを、彼女は深く理解したのだった。

詳細設計の完了

工程完了報告会が行われた日、シズクは在宅勤務でオンラインで参加した。メンバーの半数がリモートであるため、会議はオンライン形式で実施された。進行はニシスの伊藤が担当し、佐藤部長、ニシスのメンバー、そしてパートナー企業の松島と三井が参加していた。

工程完了報告会で、最初にパートナー社のリーダーたちから詳細設計の実施状況についての報告があった。コムテル社の松島は、成果物一覧に記載されているすべての項目が完成していることを報告した。続いて、品質分析状況について説明があった。指摘の多さを表す指摘密度や、レビューの長さを表すレビュー密度が適正であること、そして指摘の大半が軽微なものであり、致命的な指摘はないとの報告だった。

エナビズ社の三井からの報告も同様の内容で、細かい品質分析の指標に基づいて進捗が報告された。

報告が終わると、質疑応答の時間となった。田中はコムテル社の松島に向かって重要な質問を投げかけた。「成果物が半分以上完成した段階でレビュー記録を確認したのですが、半分くらいのレビュー記録表が見当たりませんでした。どのようにして指摘数やレビュー時間を割り出したのですか?」

松島は、いつもの早口で答えた。「議事録を書いていたので、それをもとにみんなで徹夜してレビュー記録を後付けで作成しました」。この返答には、松島の対応に問題があることが明らかだった。

田中の質問は続いた。「弊社のレビューでいくつか指摘しましたが、それらに対する対応は済んでいますか?」松島は少し迷った後で答えた。「想定外の作業があったので、まだ一部取り込んでいないところがあります」。

田中は即座に追求した。「2週間で取り込めますか?」。松島は返事に自信がなさそうに「はい、2週間あれば可能です」と答えた。

「質問が全て終わったので、これから工程完了の承認に進みます。佐藤部長お願いします。」と伊藤が会議を進行すると、佐藤部長は「画面設計のレビュー指摘の取り込みがまだ完了していない部分や、品質分析の元データの精度に問題があると認識しています」と冷静に話し始めた。「レビュー指摘が済んでいる成果物と済んでいない成果物を明確にし、取り込みが完了している成果物に関しては、プログラミング工程に移行してください。また、プログラミング工程ではレビュー記録をしっかりと作成するようにしてください。これらを踏まえて、工程完了を条件付きで承認します」。

そして、彼はさらに付け加えた。「2週間後に再び判定会を行い、その時点で問題がなければ、条件を解除します」。

工程完了報告会が終わった後、シズクは自分の理解度について少し戸惑っていた。会議で使われた「指摘密度」や「レビュー密度」といった用語は、彼女が大学で学んだことのないものだったし、初めて耳にする言葉だった。

会議での話題の多くは、実際のプロジェクト経験と密接に関連しており、学術的な知識だけでは理解しきれない部分が多かった。シズクは、この経験からプロジェクト管理の現実がいかに複雑か、そして実務での経験がいかに重要かを痛感した。

品質管理

翌日、ニシスの全メンバーがオフィスに出社していた。朝会が終わった後、田中がシズクに話しかけた。「昨日の会議の内容は少し難しかったでしょう。ソフトウェアの品質管理について、少し詳しく説明しようと思います」そう話す彼の言葉からは、シズクへの配慮が伝わってきた。

そのとき、横で聞いていた小田が声を上げた。「ボクも復習したいから、その話に参加してもいいですか?」。田中はすぐに「もちろん、どうぞ」と快く答えた。

シズクは、田中の説明を聞くことで、品質管理の重要性や具体的な手法についての理解を深めることができると感じた。また、小田のような経験豊富なメンバーが参加することで、その学びはより充実したものになると期待した。

田中がシズクに向かって質問を始めた。「詳細設計のレビューでたくさん指摘が出ることと、指摘が少ないこと、どちらが良いと思う?」小田はニコニコしながらシズクの反応を待っていた。

シズクは少し考えた後、自信なさげに答えた。「えっと、指摘が少ない方が品質が良いと思います。」田中はうなずきながら質問を続けた。「でも、経験の浅い若手が難しい設計を担当した場合、指摘が少なくても大丈夫だと思いますか?」

シズクは少し戸惑った。「仕様が難しいと、たくさん指摘されると思います。でも、それだと…うーん、よくわからなくなってきました」と困った顔で話した。

田中は微笑みながら説明を始めた。「実は、品質管理においては、指摘の量自体が良し悪しを示すものではありません。大事なのは、どれだけ適切に設計が行われ、それに対するレビューが徹底的に行われるかということです。経験の浅いメンバーが設計を担当する場合は、より多くのサポートとレビューが必要です」

シズクは田中の説明に耳を傾け、プロジェクトにおける品質管理の深い理解を得ることができた。経験や知識の浅さがレビューにどのように影響するか、そしてそれをどのように管理していくべきかが、彼女には明確になってきた。

田中はシズクと小田にに向かって話し始めた。「設計が適切に行われたかどうかを評価する手法の一つに、ゾーン分析があります。これについてお話ししようと思います」。シズクは耳を傾けながら、初めて聞く「ゾーン分析」という言葉に注意を集中した。

「指摘密度とは、レビュー対象の量に対する指摘の多さを示します。例えば、仕様書1ページ当たりの指摘数、或いはプログラムのステップ数当たりの指摘数などです」と田中は説明を続けた。「一方、レビュー密度はレビュー対象の量に対するレビュー時間を示します。これらの指標をX軸とY軸に当てはめて考えるのが、ゾーン分析です」

田中はホワイトボードに絵を描きながら説明を進めた。中学の頃に習ったグラフのように、X軸とY軸を使って、指摘密度とレビュー密度を視覚的に示した。

田中がホワイトボードに書いたグラフに戻って、さらに詳しい説明を加えた。「X軸とY軸には、単にゼロではなく、過去のプロジェクトでの指摘密度とレビュー密度の平均値を使います。そして、今回のレビューから得られた指摘密度とレビュー密度をこのグラフにプロットするんです」

彼は続けて、「今回のプロットが平均より大きいか小さいかを見ると、レビューの結果の位置が分かります。これには4つのパターンがあります。レビュー時間が長くて指摘が多い、レビュー時間が長くて指摘が少ない、レビュー時間が短くて指摘が多い、レビュー時間が短くて指摘が少ないの4つです」と説明した。

田中はゾーン分析の意味を詳しく解説した。「この4つのゾーンは、レビューの結果の評価に使われます。例えば、レビュー時間が長くて指摘が多ければ、成果物に問題がある可能性が高いですし、逆にレビュー時間が短くて指摘が少ない場合は、記載漏れや指摘漏れがあるかもしれません」

最後に、田中はもう一つの方法に言及した。「簡単な4分割のゾーン分析を説明しましたが、もっと詳細な分析をする場合は、X軸とY軸の標準偏差を計算して閾値を設定する、9分割のゾーン分析もあります」

田中はゾーン分析の解説を続けた。「ゾーン分析では、理想的にはレビュー結果のプロットがグラフの中央付近に来るのが望ましいとされます。しかし、実際には成果物の難易度や作成者のスキルによって結果が左右されることがあります」

彼は強調して言った。「そのため、単にグラフの位置で評価するだけではなく、成果物の内容や作成者の背景を含めて、レビューの十分性を全体的に評価する必要があるんです」

シズクはこの点を特に注意深く聞いた。品質管理は、単純な数字だけではなく、それらがどのような状況下で得られたかを理解することが重要であるという田中の言葉は、彼女にとって新たな視点をもたらした。

この会話を通して、シズクは品質管理のさらに深い層を理解し、プロジェクトにおけるレビュープロセスの複雑さと重要性を学んだ。これらの知識は、将来のプロジェクト管理において非常に価値あるものとなるだろう。

プログラミング工程

詳細設計の条件が解除され、プロジェクトは全面的にプログラミング工程に移行した。この新たな段階では、チーム構成にも変化があった。メンバーの中で3人が抜け、新たに5人が加わった。残りのメンバーは、詳細設計に関わったメンバーがそのままプログラミングに取り組むことになった。リーダーは引き続き松島と三井で、彼らがこの新たな段階の指揮を執ることになった。

プロジェクトがプログラミング工程に移行した後も、ニシスの日常業務にはそれほど大きな変化はなかった。シズクは毎日の朝会と夕会に参加し、WBSを確認することが日課となった。遅延しているタスクがあれば、そのリカバリ策を各リーダーに確認し、対策を講じる。

シズクは、マイネットワーク社とのQAが滞りなく進行しているかを確認することに時間を割いていた。これによって、プロジェクトの進行が円滑に行われているか、また、問題が生じていないかを常に把握しておくことができる。

QA管理表を丁寧に確認しているうちに、シズクは小さな問題を見つけた。明日が期限なのにステータスが「未対応」のままとなっている案件が2つあった。これらはマイネットワーク社からの質問に対する回答が必要なもので、単なる更新漏れならば良いが、放置されている状態ならば問題だ。

管理表の「玉持ち」欄には2件とも「コウ」という名前が記されていた。この「玉持ち」とは、現在問題に対応している担当者のことを指すルールだった。シズクは以前、QAが滞っている場合は「玉持ち」の人物に直接状況を確認するように指導されていた。

状況を把握するため、シズクはコウにコンタクトを取ることに決めた。オプション選択画面を担当している彼から、なぜQAが停滞しているのか、その背景や解決策について聞くことが重要だった。

シズクはチャットでコウに、「コウさんがご担当のQA 2件について、管理表の更新がありませんが、どのような状況ですか?」と尋ねた。しかし、2時間が経過しても、コウからの返信はなかった。

メンバー表を調べたところ、コウはプログラミング工程から参加した22歳の中国人であることがわかった。お昼休みを過ぎても反応がないため、シズクは直接通話でコンタクトを取ることに決めた。

通話がつながり、コウの返答があった。「コウさん、QAのことで確認したいのですが」とシズクが切り出すと、コウは中国語訛りの日本語で応答した。「未回答の2件ですね。内容がよくわからなくて。フルリモートなので誰に聞けばいいのか分からないんです。」

シズクは、コウとのコミュニケーションが少し難しいと感じたが、彼が直面している問題を理解しようとした。「松島さんに連絡してみましたか?」と彼女は尋ねた。

「彼はいつも忙しそうで、なかなか話す機会がないんです。」とコウが答えた。

シズクは、コウの抱えているQAの内容を理解し、彼をサポートすることに決めた。一つはオプション選択画面で表示順序を変更することに関する影響範囲の調査、もう一つは画面レビューの日程変更の要求だった。

彼女はコウに対し、サポートする意向を伝えた。「私からサブリーダーの高橋さんに話してみます。結果はコウさんにチャットで連絡しますね」とシズクは言った。そして、すぐにコムテル社のサブリーダーである高橋に状況を説明し、協力を求めた。

高橋は快く協力を申し出てくれ、「私が対応しますよ。管理表の玉持ち欄も私の名前に変えておきます」と返答した。この迅速な対応に、シズクはほっと一息ついた。彼女は自分がプロジェクトの一員として何ができるかを見極め、効果的に行動することができた。

シズクはこの経験から、プロジェクト内でのコミュニケーションの重要性と、適切な人に問題をエスカレーションすることの大切さを学んだ。また、チームメンバー間のサポートがプロジェクトの進行においていかに重要かを再認識した。

委託契約

プログラミング工程が中盤に差し掛かる頃、田中はシズクに開発パートナー2社との重要な開発推進会議の設定を依頼した。会議には事業部長の塚本、部長の佐藤、ニシスのメンバー、そしてパートナー社の開発部長や営業部長、担当営業が出席する予定だった。

シズクはまずコムテル社との会議の準備に取りかかり、迅速にインビテーションを送付した。会議はオンライン形式で行われることになっていた。

会議の主な目的は、結合テスト工程以降の人員計画と発注に関するものだった。シズクの会社は開発パートナーへの発注に関して非常に慎重なアプローチを取っており、最初に大枠予算を決めているが、実際の発注は開発スタートから要件確定まで、基本設計からプログラミングと単体まで、結合テスト以降の3つのフェーズに分けて行っていた。これは大幅な予算超過を防ぐための措置だった。この会議は結合テスト以降の体制と見積を行うための前提条件を決めるためのものである。

コムテル社との会議で、玉川は慣れた営業トークで進めた。「今回も前回と同じ条件でお見積もりいたします。いかがでしょうか?」と彼は明るく提案した。

しかし、田中の反応は異なった。「現在のリーダーの進捗報告や品質報告が不十分で、プロジェクトの全体像が掴めていません」と田中は静かに述べた。「各工程の成果物の粒度が担当者によってまちまちで、手戻りも増えています。前任の後藤さんのときは発注仕様書がずいぶんザックリでしたが、テスト工程は特に品質が重要なので、委託内容をもっと詳細に詰めたいと考えています」

会議中、玉川は田中の要求に応じ、「そうですか、承知しました」と答えたが、その表情にはわずかな陰りが見えた。彼の声には通常の明るさが少し欠けており、田中の指摘に少なからず心配している様子が伺えた。

会議中の田中と玉川のやり取りを聞き、シズクはあることに気がついた。田中がこれまで開発パートナーである松島の仕事について直接的な不満を言わなかった理由が理解できたのだ。契約上、田中は松島に直接指示を出すことができないため、具体的なやり方に関しては言及せず、必要な指摘のみを行っていたのだ。これまでの契約では、作業の詳細に関する記載が不足していたため、そのようなアプローチが取られていた。

田中は、結合テスト工程以降、進捗管理や品質管理を業務委託の範囲として明確にし、不備があれば営業にクレームを出せるようにすることを明示した。これに対して玉川が「その分工数アップにつながりますがよろしいですか?」と問うと、田中は冷静に「御社の進捗管理と品質管理のプロセスに関する手順書を見せてください。内容が十分であれば、御社の手順で管理していただいて結構です」と答えた。「御社のプロセス以上は要求しませんので、追加で費用は掛かりませんよね?」と田中は付け加えた。

シズクはこのやり取りから、プロジェクト管理における契約の重要性、特に品質管理と進捗管理に関する契約の精密さがプロジェクトの成功にどれほど重要であるかを深く理解した。また、田中の柔軟かつ的確な対応が、プロジェクトをより良い方向へ導くための鍵であることを学んだ。

つづく

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