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Vol.2 スイムの次の難題は?

イチゴ畑でのスプリントと呼ばれる初心者でも気軽に挑戦できるトライアスロンを何とか完走し、調子に乗った私は、スイム1500m+バイク40km+ラン10kmのオリンピック、またはインターナショナル・ディスタンスと呼ばれるレースを探し始めた。

しかし思ったようなレースが見つからない。と言うのも前回の海での恐怖があまりにも強烈で、海は懲り懲り。従って湖でのレース選びとなり、それほど数は多くはない。湖で始まるレースは山間部で開催されるものが多い。となるとバイクの上り坂が多くてキツそう。こちらを立てれば、あちらが立たず。選択肢は狭まる一方。なんとか意を決して申し込んだのが、近所の小規模なレースで、「USA's Toughest Triathlonアメリカで一番タフなトライアスロン」と謳われた大会。申し込みのサイトでも「This is not a Joke! これは冗談じゃないよ」と念を押す始末。まぁ、たかが40kmのバイク、キツイって言っても、スイムと違って溺れて死ぬわけではないし、と軽く考えてのエントリー。素人の浅はかさだったと気が付いた時には、既に時遅し。

大会は10月。家から30分程度の所にあるCastaic Lakeと言う小さな湖で開かれる。幸いにもレースの2週間ほど前にバイクの練習ライドがあるというメールが主催者から届いた。折角なので、最近ロードバイクを始めた友人に一緒に行こう声を掛けた。当日、余り聞き慣れないイタリア製の友人のバイクと共に、私の買ったばかりのキャノンデールを車に搭載して出発。二人揃ってほぼ新品のバイク。傍から見れば、おそらく素人丸出しだったはず。

集合場所で先ずは今回の練習ライドとレース当日のルールのブリーフィングが行われた。内容はというと、追い越しの時は何秒以内で・・・、前のバイクとの距離は・・・、カーブでの追い越し禁止・・・、下りでのエアロバーポジション禁止・・・、タイヤの空気圧のお勧めは・・・などなど、ただ、“自転車”で走ればいいと思って気楽に来たはいいが、さっぱり意味の分からないことばかり。更に、多くは聞き慣れない英語のボキャブラリー。スペイン語を母国語とする友人と二人で、甚だ場違いな所に来てしまったと顔を見合せた。

とりあえず、前の人に着いて行けばいいかと、朝の涼しい風を浴びて颯爽と走り出したまでは良かったが、2~3kmも行くと、いきなり急勾配の上り。しかもこれが長い。一旦、平らになったかと思うとまた直ぐに上り。続いてスキースロープのようなカーブだらけの下り坂。上り下りを幾度と無く繰り返すと、とどめは延々と続く終点が見えない超急勾配の下り坂。往復ルートなので、帰りはここを上るのは間違いない。近い将来に訪れるであろう悲劇を想像し、下りで既に泣きが入っている。そんな状況下で、苦楽を伴にする筈の友人は、坂の途中で「実は風邪気味で、呼吸が少し苦しいんだ。先に行ってて」と言い出す始末。来る途中の車の中ではそんな事は、一言も言っていなかったのに・・・

苦しみを分かち合う友を失い、独り先の展開に不安を抱きながら、容赦なくバイクを下へ下へと運ぶ重力に身を委ねること十数分、漸く折り返し地点に達した。ここからが正念場。

上りは予想通り、っというか思っていた以上に厳しい。スピードが上らないためフラフラして立ちゴケ寸前。慣れないクリップ式のペダルが不安を増幅させる。10分もしないうちに太ももが悲鳴を上げだした。バイクを降りて押す人たちも多くいる。みな口々に「This is not a joke at all ! マジでジョークじゃないよ、これ!」とホームページの警告文を繰り返す。

値の張りそうなトライアスロン用のバイクの若い兄ちゃんが途中で座り込んでいる。四苦八苦しながらも、立ち漕ぎでその横を抜いて行くのは、多少なりとも気持ちがいい。然し未だ先は泣きたくなるほど長い。この時点で既にヨレヨレになった自分の細い太腿を見て、道理で競輪の選手は腿が太いはずだと今更ながら納得。2週間後のレースでは、この後に走るのかと思うと、今更ながらトライアスロンがハードなスポーツであることを実感させられた。更に苦手なスイムが最初に控えている。

永遠に続くかと思われた急勾配を上りきると“風邪気味”の友人が唯一ある水補給テントの横で寛いでいるのが見える。「みな辛そうだな~、俺は降りないでよかったよ」と、まるで他人事。

難所を何とか乗り切り、ここから先はスキースロープのアップダウンでまた一苦労と思いきや、果てしない下り上りを経験した後だけに、意外にも上りはたいした勾配ではないことに気づく。とは言うものの、既に脚はヘロヘロ。横には、苦楽を共にするはずだった友人。特に疲れた様子もない・・・

実は、この友人とは初マラソンを一緒に走ったり、ヨセミテ・ハーフドームに登ったりと一緒に様々な挑戦をしているが、今回の事でも分かるように、チョットお調子者。二人揃ってのマラソンデビューで挑んだ、ロサンゼルス・マラソン。当日は、まさかの土砂降り雨。朝早起きして私の車でゴールのあるサンタモニカ入り。シャトルバスでドジャース・スタジアムまで移動。その数ヶ月前にやはり一緒に走ったハーフで良い記録を出した友人が先にゴールする前提で、サンタモニカでの待合せ場所を決めてスタート。

ゴール後は、預けたはずの荷物がない。ずぶ濡れながら着替えすらない。寒さと疲れで悲惨な状態であったが、先にゴールしている筈の友人を探さなければならない。凍える体を叱咤激励し、痛む足を引き摺り、待合せ場所と、駐車場、ゴール付近を行ったり来たりすること約一時間。携帯も繋がらない。彼も寒さに凍えているだろうと必死になって探すが見つからない。暫くして祝福に駆けつけてくれた家内と子供たちと携帯で連絡がついた。すると、友人は30分ほど遅れてゴールして、着替えも済ませ、家族と近所のカフェで寛いでいるとの事。こっちは寒さで凍えて死にそうだと言うのに・・・

悪夢のような練習ライドを耐え抜いて2週間後のレースに望むわけであるが、結果はご想像の通り。デビュー戦と同様に、格好いいトライアスリートからは程遠いい姿。レース当日は、典型的な10月の南カリフォルニアの秋。秋と言っても最高気温は30度を軽く超える晴天。湖での1500mのスイムは、新しい曇り止めの効いたゴーグルを使い、3箇所あるターンではブイにつかまって息を整えながら何とか凌いだ。次いでのバイクコースでは、例エンドレスの急勾配坂道が更に延長されており「聞いてないよ」状態。最後のランは炎天下で、これまた聞いていないカラカラに乾燥した砂埃が舞うトレイルで煙幕の中を走っているような感じ。両脚はしびれ、太ももは攣る寸前。更にゴール前の数百メートルは迷路のよう。漸くゴールと思いきや、また離れていく。意図的なアスリート虐待としか思えない。ボロボロになりながらも何とか無事ゴールに到着。2度目のトライアスロン完走を果たした。

デビュー戦は海でのスイムで泣きが入り、今回はバイクで事のほか悲惨な思いをしたが、アメリカで一番タフと謳われたレース(かなり大袈裟)を完走し、漸くトライアスリートの仲間入りをした気分で感慨深い。すっかり調子づいて次なるレースに向かって準備を始めるも、思わぬアクシデントに見舞われることになる。

ワンポイント・アドヴァイス

1.ブリック・トレーニング
何事もそれほど簡単には行かないもの。スイムは大変だし、バイクも楽ではない。疲れた足で走るのは、さらに辛い。トライアスロンのレースに出場するためには、3つの競技の練習に時間を費やし、それぞれの競技で一定レベルに達する必要がある。更に普段からスイムの直後にバイク、バイクの直後にランと、レースに近いトレーニングを取り入れるのが効果的と言われている。特にバイクからランへと続くトレーニングは重要。ブリック・トレーニングと呼ばれている。私はトライアスロンのクラブにも属さず、一人で黙々とトレーニングしていたため、ブリックなるものは知るすべも無く、今日はスイム、明日はラン、週末はバイクといった、個別のトレーニングをかなり長い間続けていた。週末のバイクを30分程度、早く切り上げて、その後5km走るだけでも効果があるようなので是非取り入れてみることをお勧めする。


2.トランジッションの練習

更にもう一つ、妙な練習ではあるがスイムからバイク、バイクからランへのトランジッションの練習もタイムを縮めるためには非常に有効。特に、ウェットスーツを素早く脱ぐには慣れが必要。袖口にバセリンを塗って滑りやすくしたり、繰り返し練習するうちに段々とコツ分かってくる。スイム後の足についた砂も気になるもの。ペットボトルの水では事足りず、洗面器を用意しているアスリートもいる。練習に励み数分スイムやバイクのタイムを短縮してもトラジッションでもたつくと、あっという間に努力が帳消しになってしまう。これは全くもって勿体無い。付いては、かなり地味なトレーニングではあるが、レース前の繰り返しのシュミレーションをお忘れなく。

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