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第29章 この2年を返して!

梅田麗子は言った。

「ダメだ! こりゃ!」

そう。マリーは、しあわせ園を辞めた。マリーは、しあわせ園の職員間いじめを、しあわせ園を経営する福祉法人に内部告発したのだ。

そして、いじめの首謀者である職員達は、すべて居なくなった。まるで、勧善懲悪の時代劇のごとく。職員は刷新された。けれど。。。

「なんなのよ! きれいすっぱり悪者は消え、平和な施設になり、みんなが幸せになったでいいじゃないの?! なによ! これ! ネチネチ、今度はゾンビの如く、第二部のいじめが始まるってさ。源氏物語だって、ここまでしつこくないわよ! こんなのボツよ! 読者が読んでて、ちっとも救いがないじゃないよ!」

梅田麗子は、マリーの原稿を机に叩きつけて怒っていた。だけど、マリーも負けない。

「これが現実なんですよ! 加害者を排除したって、また、第二の加害者が出てくる。重い蓋がなくなれば、今度は我が天下だと調子こくのが必ず出てくるんですよ! だから、わたしは、人を排除しても、いじめの解決にはならないって。。」

「正論言わないでもらっていいかな? ここは学校じゃないのよ! 文学を作り上げる場なの! あなたの気持ち悪い正義の味方気取り聞いてても、いい作品は生まれないのよ!」

梅田麗子は、イライラ貧乏ゆすりを始めた。こんな時は、かなり機嫌が悪い時だ。

マリーだって、そんなことくらい分かってる。こんな現実的すぎる話が、世の中でウケるはずもない。みんな知ってる話だ。みんなが経験済みな、日常的に起きてる話を淡々と書いたところで、面白くもなんともないことを。

「とにかくは、あなたに期待したわたしが馬鹿でした! こんな最悪な原稿、本になんか出来ません! あなたは、この世界ではもう、通用しない人間なのよ! 必要のない人間なの! さようなら!」

そういう梅田麗子の目は潤んでいた。マリーは、泣きそうになるのを見られたくなかったから、挨拶もせずに、梅田麗子に背を向け、南海出版の廊下のエレベーターに向かって歩き出した。すると、

「新しい就職先、あるの?」

という梅田麗子のか細い声がした。マリーは、たまらず走り出した。エレベーターが来る様子もないから、非常階段の扉を開けて、駆け降りた。

7階あたりで目が回っていた。だって、南海出版は、ビルの20階にあるんだもの。

階段を降りながら思い出していた。

主任が言った言葉。

マリーは、内部告発したことを主任に打ち明けた。どうせ、自分が辞めることになるだろうから、言ってしまおうと思った。それに、名前を伏せてることが、卑怯に思えたからだ。

あの時、マリーの頭によぎった。

やなせたかしさんの言葉が。

「正義を行うには、自分も傷付くことを覚悟しなければならない」

コソコソやらずに、正々堂々と戦い、去っていこう! そう思ったけど。

主任は、マリーに、

「辞めることなんかない。一緒に頑張って働いていこうよ」

と言った。

だけど、主任達が先に辞めていった。

きっかけは、境さんへのお菓子外しだった。子どもじみたいじめに、情けなさを感じた。そりゃ、嫌ことも言われたけれど、マリーは、どこかで、主任や橋本さんや東堂さんを敬愛している部分があったのかもしれない。

世の中で虐げられる女性達について、マリーに教えてくれたのは、まぎれもなく、あの人達だった。

マリーが罪悪感に苛まれる中、職員間でまた同じようなことが起きていた。また新しい加害者が、新しいターゲットを作って、自分が思い通りに出来るよう、空気を作っていく。

ウンザリだった。

だから、辞めた。

「この2年、いったい何だったんだろう。。」

地上に降り立った時は、マリーの顔は涙と鼻水とでグチョグチョだった。足も酔っ払いのように、おぼつかなく歩いていると、ポケットのiPhoneが鳴った。

「界。。。」

続く

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