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第28章 お菓子外し

マリーは、東京行きの東北新幹線の窓から岩手の夜景を眺めていた。ポツリポツリと輝く家の灯りを見ていたら、今からあの家を訪ねて行って、「わたしを、ここの家の子にしてください!!」と頼んで、暖かい囲炉裏の前で、おばあさんと楽しくお喋り・・・なんてことを考えて、涙が溢れてきた。

「わからないよ! そのおばあさんさ、マリーが寝静まった後に、包丁研ぎ出してさ、うっへへへ!!とか不気味な笑いをしたと思ったら、実は人喰い鬼でさ!」ポポ子がそう言って笑った。

「うるさい!」マリーは、ポポ子に、あっかんべーをした。ポポ子は楽しそうにケタケタ笑ってる。

明日からまた仕事・・・泣ける・・


新花巻駅で見送ってくれた美優ちゃん。ユカちゃん、コウタくん、サチちゃん。そして、蘭子さん。子ども達は無邪気にマリーに抱きついて、「また来てね!」って。蘭子さんは、駅弁にあったいちご弁当を買ってきて、温かいお茶と一緒にマリーの手に握らせてくれた。シワシワで手の甲に茶色のシミのある蘭子さんの手は、ふわふわしていて温かくて、マリーは、一層寂しさが増した。

美優ちゃんは、涙ぐむマリーを抱きしめると、「また、マリーが来るから、頑張っておひさま荘で待ってなきゃだね!」と言い、美優ちゃんも泣いてるようだった。


マリーの通勤路も、稲刈りが終わって、香ばしい秋の匂いがしていた。

あの祠を覗くと、「やっぱりあった!」

ななちゃんが書いた、斉藤さんへの手紙。

「斉藤さんて、いったい誰なのだろう...」

花巻の宮沢賢治記念館への坂道は、あんなにワクワク心が踊ったのに、職場へと続く、この坂道は、長くてキツくて辛い道。

「わたしがいない間、いっぱい悪口言われてたんだろうな...」

お腹に鋭い差し込みがきた。いつものことだ。主任のあの口をひん曲げて、笑ってない目で、楽しいかのように笑う顔が脳に浮かんだからだ。橋本さんの怒鳴り声。東堂さんのニヤニヤ。事務員の境さんへの意地悪な物言い。その他、いろいろ..

重い事務所のドアを開けた。

小さな声で、「おはようございます」と言った。見ると、マリーの机に山盛りのお菓子が。

「え?」

「おはよう。大丈夫? 怪我は良くなった?」

橋本さんが、穏やかな表情でこちらを見て言った。

「は、はぁ...」

マリーは、うつむき加減で返事をした。その時、隣の席の境さんのお菓子が目に入った。

「え...?」

「おはようございます!」境さんの元気な声がした。マリーは、慌てて、机の上の大量のお菓子を引き出しの中に隠した。

けれど、境さんが自分の机にリュックを置いたまま固まった。境さんの向こう側の席の看護師さんの机上には、境さんのとは比べ物にならないくらいの大量のお菓子が。その向こうの席の東堂さんがニヤニヤ見ていた。

境さんが言った。「お菓子、ありがとうございます...」それは、さっきの声とはまったく違っていた。とてもか細い寂しそうな声だった。

主任がマリーの肩を叩いて、「若い人は、甘いものたくさん食べられるでしょう? 昨日賞味期限間近の寄贈のお菓子を配ったのよ!」と言った。主任は、マリーに話しかけているのに、目線は境さんにあった。やはり顔がニヤついていた。

「た、楽しいですか?」

誰の声かと思ったら、マリーの声だった。マリー自身驚いた。心の声が出てしまったからだ。

「は?」

主任のドスの効いた声がした。だけど、マリーは止まらず、「お菓子配り...楽しいですか?」と言っていた。事務所がシーンと鎮まった。

その時視線を感じた。東堂さんが大きな目で、マリーをジーッと見ていた。主任は、首を左右に傾げながら、東堂さんと橋本さんと目配せをしていた。

園長は、何にも聞いてないかのように、パソコン画面を見ていた。

続く

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