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孤独な死生観と本当の地獄について



こんばんは 寒くなってきて生き物の賑やかさが少なくなり、死を感じる季節になった気がします

皆さんは、死んだらどうなると思いますか。
神が導いてくれますか、地獄の底に堕ちますか
また生まれ変わる?


私の場合はどれでもなくて、バラバラになってこの世の全てに還っていくと思っています

その理由も書かせていただきます
文章が得意ではありませんが、お目汚し失礼いたします

人間の魂はなんだと思いますか?私は躁鬱で、それを抑える薬と強めの睡眠薬を常用していますが、薬を切らした時と、飲んでいる最中で人格がまるっきりと言っていい程違います。

一体どこまでが自己で、どこからが細胞のプログラムで、人間が死んだら、何が残ると言うのでしょうか。


私は、何も残らないと思います。残らないことこそが、悲しみであり、救いであると考えました


幽霊は、きっと愛しい者にもう会えないのが苦しいから、私たち人間が心の中に生み出したのではないでしょうか。


私が死んだら体は灰になり、生前の面影なんて粉々になり、ただの物質と化します
それらは時を得て土に還って雨に流され風に晒され、この世の儚い一部分になるはずです

思念からやっと解放されたけれど、何一つ残らないままで。



地獄は生きたこの世界そのものだと思います。苦しくて、この世から飛び立ってしまいたいと思うこともあるけど、どうしても誰かを、世界を、綺麗な空を、海を、山を木々を虫達を愛してしまうからです。この世の全てが大っ嫌いで、感動が一つもないなら救いかもしれない、

でも私は苦しみ諍う日々の中で、海を愛し、虫を愛し、人を愛してしまいました。
必ず終わりが約束されているのに、必ず体は朽ちていくのに、記憶は毎日消えていくのに。


この事こそが、この切なさこそが、愛する事こそが、地獄だと考えました。嫉妬も羨望も苦しみも全て元を辿れば愛なはずです。地獄だと思います。


必ず失うものを永遠に抱きしめていたいと思うことほど苦しいことはないです。


それら全てから解き放ち、愛するこの世の一部にさせてくれるのが終焉だと思います

だから私は死んだ後は、実質無になると考えます。


話が少し変わってきますが、畜生道と言う考え方を知っていますか。悪事を犯した人間が、昆虫や他の動植物のような「人間より下等な」生き物に生まれ変わると言うことです

私はこれは違うと思いました。できれば毎月昆虫館に足を運び、蝶に囲まれて癒されていますが、思念から生きたまま解放され、風に乗って花の香りに誘われるがまま生きる彼らを、人間よりも下等とは到底思えません。だってこの世を、愛してしまったりしないから

皆さんの嫌いな昆虫や動物だって波瀾万丈な人生を送っていますが、少なくともこの様な厄介な思念に縛られることなんてないし、ただある美しい命で、孤高だと思います。

人間こそが最も下等で、それ故に愚かで、愛しく地獄なのではないでしょうか


私は蝶が羨ましいです

お守りの様に蝶の標本のロケットペンダントを持ち歩いています


死んだら魂なんて粉々になって、それぞれが蝶々になって羽ばたいていけばいいと思ってるから


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