自由と迷走の果てに
はじめに、大学を卒業し入社を控えた今、自分が一回り大きくなったということをいいたいわけではない。
二留という特殊な大学生活を送った私について、「こんな人もいるんだ。」という気軽な気持ちで読んでいただければ幸いだ。
私は周りの人から、「誰とでも話せる社交的な子」というイメージを持たれている。そんな私が大学生活を送る上でぶつかったのは、「どうして常に他人と関わることが必要なのか。」という問いだった。
標準を決めて、試験で優劣を決めることが全て。
大学受験を突破した達成感は、私を「自分は勉強が好きなんだ。」という錯覚に陥らせた。
インターンやOB訪問、たくさんの人と会い、話を聞いたけれど、それらの経験一つ一つとどれほど切実に向き合ってきたかと問われれば、あまり自信がない。すべてはいっとき記憶に強くとどまり、未来を切り拓く力にはなるのだが、就職活動をその場しのぎの試験勉強だと勘違いしていた。
そして、就職留年という状況から予期せず陥った「孤独」という状況下で、私は大学院進学に教員免許の取得、民間企業への就職に司法試験と、あらゆる選択肢を考え尽くした。
同時に、日々いろいろな人と接することで「自分には価値がある」と立ち直っていった。
さじ加減が分からなかった前年度の就職活動での失敗がトラウマになった結果、私は就職活動の序盤で内定が出た企業への就職を決めた。
これを読んで、「結局、優柔不断な自分から逃げただけでは。」と思う人もいるかもしれない。
大学を卒業した今、私自身はそれでいいと割り切っている。
一番しんどいのは、無意識の方にある世間のルール、物事は一人では完結しないということにピンとこなくなることだと思う。
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