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アパートにて

夕食後、テレビもつけずにパソコンに向かっていた僕は、大きく息を吐きだし身体をベッドに投げ出した。スプリングのギシリと軋む音が狭いアパートの一室にいやに響く。そのままぼんやりと天井を見つめていると、ああ、いよいよ始まってしまったのだなという想いがひたひたと胸に迫ってきた。そう、遂に始まってしまったのだ。正解の見えない中を闇雲に走り抜ける戦いが。就職活動という名の戦いが。

始まってしまった、のだけれど。

僕は開きっぱなしのパソコン画面を見やった。ポップな色使いがされたそのウェブページには、『妥協しない就活!』とか、『企業が求める人材とは!』といった、いかにもエネルギッシュな謳い文句がひしめいている。

当たり前だ。これから人生の大半を捧げることになる場所を決めるのだから。やりたい事を見つけて、それが叶えられる企業を探して、夢を、熱意を、企業にぶつけて、内定を勝ち取る。勿論希望通り行かないこともあるけれど、その逆境すらも己の糧にして次の企業にチャレンジする。ひたすらこれからの自分の為にを考えて。

就活というのは、そういうものだ。そんな事、もう分かりきっている。

けれど…どうしても積極的になれない自分がいる…。

僕はゆっくりと目を閉じた。

学歴には困っていなかった。経済学部を選んだことも、後悔はしていない。よく学び、よく遊んだ、素晴らしい青春時代だったと思う。けれど、心の奥底ではいつも疑問が燻っていた。

僕は何の為に生きるんだ?

その疑問に対する答えは、まだ見つかっていない。多分、一生見つからない人もいるんだと思う。そんな大層な事を考えなくたって、人間は生きていけるんだと言う人もいると思う。けれども僕はどうしてもその答えを見つけたかった。僕が本当にやりたい事。僕の人生を全部捧げても惜しくないと言える何か。僕はそれを渇望していた。しかし、僕にはまだそれが無い。毎日がぼんやりと過ぎていって、毎日がなんとなく楽しくて、けれどそれっきりで。どこか淡々としていて、生きているのに、死んでいるような。

違う、こうじゃない。僕が求めているのは、もっと情熱的で血の通った、感情が奥底から揺さぶられる何かだ。

そう求める想いはあるのだけれど、ついぞそれとの出会いがないまま今日まで来てしまった。

僕は大きく溜息をつく。周りはすっかり寝静まっていて、僕一人だけが生きているような気分になった。そしてそんな自分を嘲笑った。孤独は天才にのみ許される陶酔だ。僕には全くもって相応しくない。僕は所詮替えのきく歯車にしかなれない人材で、しかもその事に安堵している甘ちゃんなのだから。

そう。僕は甘ちゃんだ。生きる為の苦労も知らず、気楽に学生生活を送り、そのくせ死んでいるようだと言ってしまうような。そしていざ就活が始まると、生きることに精力的であるのを前提とした、慌ただしく繰り広げられる諸々の行事に腰が引けてしまうような。

ちょっと待ってくれよ。そう僕は言いたくなる。僕はまだ何の為に生きるのかも決めちゃいないんだ。そんな僕に、志望動機やら会社に入った後のキャリアパスやらなんて、決められるわけないじゃないか。

けれど、そう思う一方で、きっと僕はこのまま流れに身を任せてしまうのだろうなとも思う。真面目に企業研究をして、優等生らしいそれなりの出来のエントリーシートを提出して、企業が求める人物像をよくよく考えて演じて、どこか縁のあった企業から内定を貰って。

そして僕は働くのだろう。生きる為に。定年まで。

そこまで考えると、僕は少し呆然としてしまう。山の頂上が常に見えているのに、なかなかそこに辿り着かない感覚に目眩を覚えてしまう。この長い長い山登りを、こんな空っぽのままの僕が、やり切ることなんてできるのだろうか。そんな不安で心がざわつく。けれどもやり切るしかないのだ。例えば祖父がそうしたように。今父がそうしているように。そうして受け継がれてきたバトンを、今度は僕らの世代が受け取るのだ。

ああ、なんて重いのだろう。

僕はしみじみそう思う。社会人が当たり前のような顔をしてやっていることが、僕にはとても難しいことのように思える。

なぜ働くのですか?何のために働くのですか?

そんな問いを八つ当たりのようにぶつけてみたくなる。しかしその答えを聞いたところで、僕は決して満足なんてしないのだろう。心の拠り所なんて人それぞれなのだから。

カーテンの隙間から外を伺うと、空が微かに白んでいた。最近こんなことばかりだ。悶々と悩んで、まだまだ悩み足りなくて、それなのに強制的に朝は来て。

きっとこうやって人生も進んでいくのだろうなと思う。本人の意思とは関係のないところで、否応無しに。それはひょっとしてすごく幸せなことなのだろうか。僕にはまだ分からない。僕が分かっていることは、とりあえず進むしかないということだけだ。目的地が見えなくても、目標が決まらなくても、なんとなしに進むしかないこともあるんだ。最近の僕はそう言い聞かせてばかりいる。

自分の人生を決めるって、もうちょっと楽しいことだと思ってたんだけどな。

ふとよぎった思いを振り払うかのように、僕はベッドから起き上がり、珈琲を淹れた。ついでにカーテンも開け耳を澄ますと、カラスの鳴き声が少し早い朝の訪れを告げていた。空はどんよりと曇っていて気が滅入る。しかし。それでも。

「やるしかないよな。」

そう呟きながら啜った珈琲は、ひどく苦い味がした。




あとがき
こんにちは。新山栞です。
今回は人生初の短編小説です!詩は小さい頃からずっと書いていたんですけど、小説はやっぱり全然勝手が違いますね。難しかった…。起承転結とか…書きたいことを書けないもどかしさとか…。色々悪戦苦闘試行錯誤しながら書いたものです。楽しんで頂けたらいいのですが。とりあえず、もっと修行します。
意図としましては、就活を通して人生に悩む若者を書きたかったんですね。とにかく。自分の知っている世界しか見えていなくて、その中だけで物事を考えてしまうから色んな立場の人をバッサリ切り捨てているけど、若さ故の傲慢さでそれに気付くことなくひたすら足掻いている若者を書きたかった。そしてこうなりました(笑)

感想、アドバイスお待ちしております!励みになりますのでお気軽にどうぞ(*´∀`*)
ではまた来週!

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