選ばなかった過去への後悔が喪失であってはいけない

『なつぞら』(7月6日放送:第84話)にて、なつは天陽くんと再会を果たします。天陽くんへの思いれが強い私としては、やはりなつの悪意のない純粋さに苛立ちを隠せません。

すでに結婚して山田家に嫁いだ靖枝(大原櫻子)の対応は見事でした。
なつに対する警戒も嫉妬も感じさせることなく、夫の幼馴染をもてなします。山田家の家族として存在する靖枝に嫉妬を覚えのはむしろなつの方でした。

天陽くんの母はさすがにその空気を察知し、「なっちゃんは東京で結婚するの?」と聞きます。婉曲的に天陽の前に現れて心を乱させるな、という警告にも聞こえます。さすが母です。息子の心を十二分に理解しています。

天陽くんにとってなつは特別な存在です。
すでに靖枝という伴侶を得たとしても、なつの存在は聖域のようなものです。「男の恋は別名保存」とはよく言われる表現ですが、天陽くんのハードディスクにはなつはどこよりも深い部分でもっとも濃密なメモリとして保存されています。彼は思い出としてなつの存在を保存していますが、目前にその存在が現れると、新たにファイルが更新される可能性が生じます。

しかし、それはあってはならないことです。
なつは「天陽くんを選ばなかった」のです。だから今の自分があります。彼女にはそれがまだ少し理解できていません。「もう寂しくないでしょ」と口をついた言葉がそれを十分に感じさせます。あえてイヤな言い方をすると、気まぐれで天陽くんの前に姿を現すことは慎むべきでした。

なつの悪口ばかり言っているようですが、決してそうではありません。彼女が持つ「ひたむきな純粋さ」が魅力でもあり、また人を傷つけるものでもあるのです。それが自分で理解できるようになった時、なつは大人の女性へと成長するのでしょう。

今回、なつは天陽と再会することで「自分が選ばなかった未来」を目の当たりにし、その幸せを永遠に喪失したという事を理解します。ゆえに自宅に戻泰樹(草刈正雄)に「もし私がここに残って酪農を続けてたら、じいちゃんはうれしかった?」と言ってしまいます。これは泰樹にとってもっとも聞きたくない言葉です。なつは自分の存在自体が誰かの支えになっていることにまだ気づけていないのです。

「人間は一人で生きようと思えば寂しいのは当たり前じゃ。それでも一人で生きなきゃならん時が来る。誰といたってもだ。家族といたって一人で生きなきゃならんだ。だから支え合う。離れていたって支え合える。」

これはさすがに胸に響きました。
誰かがそばにいるから寂しくない、ということはではないのです。
人生はその人が一人で生きていかなければなりません。誰かと関わり合うことがあっても、その人自身になれるわけではありません。だからこそ悩み、苦しみ、もがき、それでも前を向き、明日を信じて歩き続けるのです。

人生を重ねていくことで、過去を後悔することはあります。
しかし、選ばなかったことへの後悔が今を生きる自分に対しての喪失感であってはいけません。私が好きな言葉にカナダの精神科医エリック・バーンの「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」というものがあります。

天陽くんはまさに自らを乗り越え、これによって未来を手に入れました。
なつもまた、東京に行って夢を追う覚悟が今の自分を築いたのです。

誰かの気持ちや想いに触れると感傷的になり、自分の弱さを誰かに打ち明けたくなります。今日のなつがそうでした。泰樹の言葉もそうですが、人は誰かの想いを受け取ってそれを力にすることもできます。

本当の優しさとは、そういった誰かの気持ちをしっかりと受けとめられることだと思います。なつにもそういう優しい女性になってほしいと願います。

小説や新書、映画や展覧会などのインプットに活用させていただきます。それらの批評を記事として還元させて頂ければ幸甚に存じます。