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存在と時間 中国少数民族をめぐる旅1

1927年4 月、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーは『存在と時間』を発表した。 その著書は刊行されるやいなや、国内外に大きな反響をもたらした。彼は『存在と時間』の中で、人間の「存在」を問うた。それは過去の西洋哲学の思考様式すべてを批判する衝撃的な内容であり、同時に最後まで完成されることのない未完の書であった。2019 年 8 月、『存在と時間』の答えを探しに中国を旅する。

なぜなら明らかに、あなた方のほうはこうした事柄 「ある」ということを口にするとき、そもそも何を指し示そうと望んでいるのかをとっくのむかしから知っておられるのに対してわれわれは、以前には知っていると思っていたのにいまはまったく困惑に行き詰まっているのですから。 (『存在と時間』マルティン・ハイデガー)

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真夏の中国、貴州省黔ケン東南地域を旅する。上海虹橋駅から高鐵に乗り8 時間。中国貴州省凱里南のホテルで 1 泊したあと更にバスに揺られて、半日以上が経っている。大陸の南西部に位置する田園地帯に降り立つとその強烈な色彩が目に飛び込んでくる。暗がりにいたせいか、緑が眩しくてまだ眼が慣れない。突如目の前に現れた大空と、幾層にも重なる段々畑のコントラストを受け止めるのにもう少し時間がかかりそうだ。

この地域には中国の少数民族が暮らしている。中国という国は、56の民族によって構成されており、その最大派閥である漢族を除くと、実に多様な民族によって国家が成立している。今回はその中から苗族(ミャオ)と侗族(トン)という2 つの民族をめぐる旅路を行く。苗族は中国の少数民族としては全体で第 4 位の規模を誇り、その人口は約900から1,000万人といわれている。一方侗族の人口は約 250万と言われており、中国南西部にあるこの貴州省黔ケン東南地域という場所は、両民族の自治州として多くの人々が暮らしているそうだ。中国という国のスケールの大きさを感じると同時に、日本という国に暮らしていると「民族」ということを意識することは殆どないと思った。世界から見れば、大陸に面していない日本の方がむしろ特殊なのではないかとも感じる。

余計な思案は程々に旅館にチェックインしベッドに身を沈める。長距離移動はさすがに身体に堪えたのか、すぐに微睡んできた。3 階にある部屋の窓は、村唯一の道路に面していて、まだ少しだけ騒がしい。あすからの旅路に期待を馳せながら、そっと僕は瞼を閉じた。

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中国南西部貴州省加榜にある段々畑。一面に植えられた水稲が見渡す限りの 緑を作り出している。土地の大部分は 棚田で占められ、申し訳程度に住居や商店が点在している。8 月の日の出は朝の5時頃。段々畑に朝日が差し込むと同時に、鶏の鳴き声や虫の羽音も段々と騒々しくなる。朝の匂いを嗅いだのはいつぶりだろうか。

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棚田に降り注ぐ日の出を後にし、貴州省雷公県の山麓に位置する西江千戸苗寨を目指す。ここは、約6,000人の苗族が暮らしている、中国最大の村があるらしい。バスを降り、早速村へと入る。どんなものかと期待に胸を弾ませていたが、少々予想外の展開が待っていた。確かに、広大な山々と水田そしてその間には古い民家が広がっているのだが、そんなことはどうでもよくな るほど、とにかく観光客が多い。多くの商店が並ぶがその殆どは土産物屋か飲食店になっている。その他にも博物館や資料館、案内所まで整備されていて、どうにも観光産業向けに商業的開発が行われているのである。

商店のスタッフも漢族なのか、苗族なのかわからない。明らかに苗族と分かる、独特の装飾を身に着けた浅黒い肌を持つ人々は、少し物憂げな顔をして、ポリ袋と箒 を持ち歩きながら清掃をしているのだ。掲示板には「西江は苗族のありのままの生活や文化を完全な形で保存しており苗族の長い歴 史と発展を世に知らしめる地でもあります。」という風に書かれていた。しかし、貴州省という地域は中国の中でもかなり貧しい地域で、少数民族の伝統文化を保存し、経済的に食いつなぐために生活そのものを「展示」しているというのが実情らしい。すぐには消化することの出来ない生々しい事実を前に、気持ちの整理がうまく出来ない。

その後、博物館や資料館を通じて民族の歴史を学ぶ。「文字を伝統的に持たず文化を歌で継承する」「生活の中で銀を重宝しており、医療にまで使われる」といった独特の文化に触れたものの、くたびれた顔をした清掃係の苗族の女性と「They display a part of their life for earing money.」 という言葉が脳裏から離れなかった。

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貴州省雷公県の山麓に位置する西江千戸苗寨。約 6,000 人の苗族が実際に暮らしている、中国最大の苗族の村落。 商業化が進み多くの観光客で賑わう。実際の苗族の住居と観光客向けの旅館が混在している。

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路地を奥に入り、ものの 5 分も歩くと、苗族が実際に暮らしている住居のエリアが存在している。湿っぽい生活排水のにおいと、散乱する廃棄物の中に、彼らの生活の姿を感じることが出来る。 この村では観光産業が最も収入の良い仕事だが、必ずしもすべての苗族が方言以外の標準的な言葉を理解することが出来ないため、清掃や工事などで収入を得ると同時に、農業を行い生活している。漢族が形成した観光産業の経済圏に、苗族は上手く立ち入る 事ができない。観光客の落としていった土産物だけが、こどもの遊び道具に変わる。

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