辛子の夜
帰り道の電車で、若い男の子1人、女の子3人の集団にあった。だいたい22前後だと思う。会話が面白かったので聞き耳を立てていた。
※女の子の1人は爆睡してるので2度と登場しない
女の子A「自分の仕事に対して指摘されるのが辛い」(以後『辛子』とする)
男の子A「そんなもんは、全部無視して生きてば良い」(以後『無視男』とする)
こんな会話からスタートしていた。
この後もずっと無視男は辛子の「本当の悩み」に到達することなく、自分がどれだけ逞しく(無神経に)生きているかを辛子に伝えてしまう。
辛子「でもその指摘の内容が正しかった場合はどうするの」
無視男「正しいと思う必要なんかないんだよ」
辛子「私は正しいと思ったらもう正しさを無視できない。歯にネギが挟まってる人がいて、指摘するかはともかく、ネギが挟まっていないことにはできないのと同じだよ」
(ぼくも酔っ払ってるので正確には覚えてないけどそういう喩えをしていた)
辛子「私は私ができてないことを理解しているし、上司もそれはわかるはず。なのにそれを指摘されても私はできないことはできないし、それが辛くても耐えることしかできない」
ここで無視男はギブアップ。女の子Bが参戦する。
女の子B「辛子にできないことをやれ、というのは酷なことだし、辛子はすでによく頑張っている。だから辛子は辛このままでいいんだよ」
以後女の子Bを「let it be」としたいところだけど、弱っている人を下に見ていることを隠して「私はあなたを肯定する」ポーズをとることでしか自分を保てない不安定な人。ふわふわしていて、自己を安定させるには下に見ている人を励まして頼りにされることで安定を得ることしかできない。のだとぼくは最初思ったので、『ふわ子』としたい。
辛子「でも、頑張りが足りない。もっと頑張れると言われるんだよ」
ふわ子「幸子はすでに頑張ってるから、そのままでいい。これ以上頑張る必要はない。幸子ができないことを強要するだけでサポートができていないのは現場の問題でもある。幸子が自分のことをダメだ、もっとよくしなきゃって思う気持ちは大切だけど、環境のせいにしていい」
辛子「そっか、、そうだよね。ありがとう。みんながいてくれて良かった。みんな何かしら悩んでて、誰1人として普通な人なんかいないんだよね」
ちょうど乗り換えのタイミングだったので、仲間を振り向きざまにこの言葉を言った辛子の顔が見えてしまって、ダメだった。目いっぱいに涙を溜めていたのに、ふわりと笑っていた。
ぼくは電車で1人泣きそうになったのだ。
無視男もふわ子も相談の相手としては力不足で、悩みの意図も汲み取れなければ、新しい視点を増やすこともできていない。
それでも辛子の何かは吹っ切れたのだ。辛子の笑顔は軽く、新しいおもちゃを買ってもらった子どものように未来へ向けた可能性を感じている表情だった。
辛子はこの後家で泣くかもしれないし、日曜日には、次の日から始まる仕事にゲンナリしてしまうかもしれない。最後はその仕事を辞めて働けなくなるかもしれない。
でも、この瞬間があるか、ないか。だと思った。これがあればきっと大丈夫。辛子の外には親身になってくれる友がいるし、辛子は自分が普通だし、普通なんてものはないと気付けたから。
きっと辛子の中にあった辛さの一つは「普通のこともできない私には価値がない」だったんだと思う。
だからきっと普通なんかないし、普通でもある。と相対化できたことは大きな意味を持つ。
いい友だちがいてよかった。
辛子にも楽しくて好きな仕事が見つかるといいな〜
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