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旅の日

病院からの突然の電話。それは経験値からロクでもない話しだと分かった。案の定、音沙汰のないずんぐりむっくり兄さんが路上で倒れ、


病院に運び込まれたので、保証金、十万円を持参の上、面会に来てほしいとの連絡だった。


その時、薄っペラ男は日増しに悪くなる自身の身体について悩んでいたが、そんな気分はすっ飛んで、病院に駆けつけた。


ゆく道々、兄さんとのアレコレが思い出される。兄さん十歳、自分七歳の寒い日。母さんは仕事が忙しいらしく、夕飯時なのに帰って来ない。


私は腹が空いたと言い、泣いて兄さんを困らせた。兄さんも腹を空かせ、「任せとき」と笑い、隠していたカップラーメンを作り始めた。


早く〜早く〜と、私は兄さんにせっつき薬缶に湯の湧くのが待ちきれず、椅子をコンロの側に置いて昇り、薬缶の中を覗き込もうとした。


その拍子によろけて薬缶もろとも床に落ちそうになった。兄さんは咄嗟に私を庇おうとして私を突き飛ばした。


しかし薬缶の湯は兄さんの顔に掛かり、薬缶は床に転がった。兄さんは大急ぎ、洗面台で自分の顔を冷やした。その光景が恐ろしく、私はまたギャン泣き。


今思い出しても暗く、寒い光景に身がすくむ思いがする。兄さんはタオルで顔を冷やしつつも笑いながら


「ヘイチャラノスケ、ヘイチャラノスケ」と繰り返していた。兄さんは私を落ち着かせようとギュッと私を抱きしめた。私はその暖かさだけが救いのように感じられた。


私には長い長い旅をしているような時間だったけれど、母さんは兄さんが薬缶の湯を浴びてすぐに帰って来たらしい。


119番通報し、ドヤドヤと私たち家族は救急車から病院に運び込まれ、兄さんは処置を受けて事なきを得た。けれど、兄さんの左頬には消えないスタンプが押された。


つづく


大変貧乏しております。よろしかったらいくらか下さい。新しい物語の主人公を購入します。最後まで美味しく頂きます!!