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AI時代にアイデアを考えるということ

設定を考えるとかキャラの生き様を妄想するとか、あとは単純に綺麗な文章を書くのが好きとか、小説を書くには意外といろいろな種類の作業があって、やりたいことも人それぞれだと思う。

で、自分の場合はなにが好きかといえば、それはもう圧倒的にネタ出し、つまりアイデアを考える作業だ。
どれくらいネタ出しが好きかというと、会議室を借りて作家を集めてただひたすらブレーンストーミングするだけのイベントに参加したことがあるくらいである。もはや手段が目的化しているような印象すらある。

もちろんネタ出しは一人でもやる。むしろ一人でやることのほうが断然多い。アイデアを考えるときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。

ところで、ネタ出しにも技術がある

古代中国(北宋時代)から伝わるネタ出し術の奥義として「三上」という言葉が伝えられている。これは馬上・枕上・厠上の三カ所、つまり移動中・就寝時・トイレこそがアイデアを考えるのにもっとも適した場所という教え。ぼーっとリラックスできる環境の重要性を説いた言葉であった。

またネタ出し業界で聖典として扱われているジェームズ・W・ヤングの「アイデアのつくり方」でも、無意識に任せるという行為が、アイデア生成プロセスの段階として組み入れられている。問題を完全に放棄して、音楽を聴いたり、劇場や映画に出かけたり、詩や探偵小説を読んだりしてろ、と本文中にもはっきり書かれている。

そんなわけでもっとも効率よくアイデアを出すテクニックが(必要な資料などを読みあさった上で)ぼーっとすること、であるのは間違いない。
しかし本人的にはアイデアを生み出すという創造的な行為の過程なのだが、周囲からは食っちゃ寝して遊びほうけているようにしか見えないのがつらいところだ。映画とか観てサボっているようにしか見えませんけど、脳内では必死に作業しているんです許してください。

迫り来るプレッシャーと戦う

しかし効率的にアイデアを出すためだとわかっていても、〆切前に仕事もせずに遊びほうけるというのは精神的にけっこうつらい。自分が世界から取り残されたダメ人間みたいに思えてきて、リラックスどころかプレッシャーで胃がキリキリする。

そこで形だけでも仕事してるっぽい振る舞いをしたほうが、逆にリラックスできるという状況もある。そんなときに役に立つのが、様々なアイデア発想法だ。あれは実際にはなにも思いつかなくても、なんとなく仕事したふうな気分になれるので精神衛生的に非常によい。

アイデア発想法としてよく使われるのが、オズボーンのチェックリストやSCAMPER法、マインドマップやマンダラートあたりだろうか。
まあアイデア発想法を使うときというのはなんとなく仕事した気分になりたいだけなので、実際に使用するメソッドはなんでもいい。

私がよく使うのはアイデアダンプというやり方で、思いついたアイデアをただひたすら紙に書いていくだけのやつである。たとえば密室をネタにした短編を書こうと思ったら、思いつく密室トリックを前例など気にせずにただひたすら書いていく。だいたい1000個くらい書くつもりでやると300個くらい書いたあたりで、まあまあ使えそうなネタが出てくる(気がする)。

重要なのは手書きでやることと、どんなにくだらないネタでも消さないこと。とにかく数をたくさん書き出すのが仕事をした気分になるためには重要だと思う。実際にアイデアを思いつくかどうかは知らん。

AI時代にネタ出しをするということ

そんなネタ出し業界だが、最近になって大きな破壊的イノベーションの波にさらされている。言うまでもなく、ChatGPTに代表される対話型AIの出現である。

対話型AIは、前述のアイデア発想法を行うにあたってはメチャメチャ役に立つ。雑にアイデアを出してくれとお願いするだけで、200個くらいはにゅるにゅるとリストアップしてくれる。途中でネタが被ったりループし始めたりするし使えないネタもいっぱい出てくるが、ネタ出しのとっかかりとしてはべつにそれでいい。

それよりも嬉しいのは、これまで独りソロネタ出しではできなかった、ブレインストーミングなどの複数人で行うネタ出しメソッドが使えるようになることだ。しかもいつでもどこでも何時間でもベッドやトイレやお風呂の中でもブレストができる。ネタ出し中毒者にとってはとても幸せな状況だ。我々はもはや365日×24時間ネタ出しから逃れられない。

また対話型AIは情報収集にも役に立つ。
ヤングの『アイデアのつくり方』で示された5段階のプロセスのうち、第1段階の「資料を集める」、第2段階の「資料を咀嚼する」の作業が大幅に省力化できるのだ。残ったのは第3段階の「問題を完全に放棄して無意識に任せる」と、第4段階の「忘れたことにアイデアを思いつく」だけである。

このプロセスだけは、今のところAIの能力をもってしても人間側の作業を代替できない。そして幸いなことに、このプロセスこそがネタ出し作業の中でもっとも楽しく、属人的な部分なのだ。
(ちなみに5段階プロセスの第5段階は「思いついたアイデアを実現可能な形にする」なので、ネタ出しとはちょっと違う作業だと思ってる)

AIが小説を書けるようになったときに作家の仕事がなくなるかどうかはわからないけど、少なくともコンサルタントの書くアイデア本に載ってるような「順列組み合わせによるアイデア出し」みたいな作業の需要が激減するのは間違いないと思う。

ただ幸いにして作家特有の「無意識領域の妄想」みたいな分野は、AIに置き換わるとしてもおそらく最後の最後になる気がする。
だから、その日が来るまでは対話型AIにブレストや資料集めを手伝わせつつ、ネタ出しを楽しんでいきたいと考えているのです。

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