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悔恨の囚人

Ⅰ ヤナギ:我が胸の悲しみ
  囚人は過去に生かされ 過去に生きる
  胸に募る 悲しみ故に

 私たちは過去に生きている。すべてにおいてそうだ。好きなものも、嫌いなものも、過去の経験から識別する。
 
なのに、人は過去から逃げようとする。過去は変えることの出来ない事実、隠せぬ真実。過去からは決して逃げることは出来ない。それなのに過去を切り捨て、今を、未来を見ろ、生きろという。だが所詮、我々は永久なる囚われ人、未来を見ることは赦されない。
 悲しみ、憎しみ、妬み、怒り、醜い心を隠そうとする者よ。切り捨てられぬ過去を絶とうとする愚かな者よ。
 過去の失意に沈む、これが我らの運命なのだ。


Ⅱ オダマキ:愚劣
  届かないモノを求め続けること
  囚人はそれを滑稽だと 嘲笑う 

 夢、それは叶わないから夢である。希望もまた同じ。貴様に夢はあるか? 小さなものでもいい。あるのであれば望みを捨てよ。叶わぬ夢を見ることほど、虚しいとは思わんか? 
 叶わぬ事と知り手を伸ばし、得られずに挫折する。ただ虚しいだけ。他人を蹴落とし手に入れたものに意味も価値もない。
 失意の中に希望はない。見ることさえも赦されない。
力の無い者の抵抗など、哀れなだけだ。
 手に入れるべきは憎悪の心だけでいい。憎悪を超えて、負の極地にあるのは虚無の淵。
 嘆きの叫びも、復讐の咆哮も、悲しみの涙も、喜びの笑いも、差し伸べる優しきその手さえも届きはしない。全ては虚無に沈んで逝くのだから。



Ⅲ メハジキ:憎悪
  囚人の零す 憎しみの涙
  復讐を拒み辿り着いた道 それは自責の道

 他人への憎しみは他人への復讐に変わる。その復讐は己の不甲斐無さへと対象へと変える。
 憎むべきは自分自身、それが他人のせいだとしても、全ての根源は己の弱さ。己の罪の傷跡を癒すささやかな慰め、それこそが復讐なのだ。そしてその癒しは義務でもある。過去の自分の恨み、己を守る為の義務。誰かに痛みを与える事が、〝義務〟なのだ。
 その義務から背けば、あるのは永久の苦しみ。後悔と怒りの衝動が自分の心へと押し寄せて来る。誰かを恨まずにはいられない、妬まずにはいられない、悲しまずにはいられない。
 衝動はやがて自分の心を傷つけ、やがては心を、感情を、自分自身を殺すだろう。だが、逆にそれは幸福なのかもしれない。
 自分を、他人を責める事が人の性なのだ。


Ⅳ アシ:後悔
  囚人の足枷は自ら望みつけたもの
  己を戒める為に 囚人は決して赦さない

 人生とは選択肢で成り立っている。それはつまり、後悔が存在することを指す。後悔の無い人間は居ない。寧ろ、後悔で溢れている人こそが人の本質であり、もっとも人間らしい。人は後悔するしかない。後悔はしてないと思った者よ、本当にそうだと言いきれるのか? 貴様ら偽善者はその後悔を忘れていたいだけだ。後悔から目を背け、傷つくことから逃げているに過ぎない。後悔を妥協で覆い隠しただけだ。
 貴様らのような者はまた同じ過ちを繰り返す。己を戒めず、ありもしない理想を胸にし、同じ過ちを犯す。後悔から逃げたせいでな。いい加減に学んだらどうだ? 私達は過去に生きていると、そして過去からは逃れなれない。後悔から目を背け、手を伸ばしても在るのはいつだって絶望だけだ。
 後悔こそ、己を罰する天の計らいなのだ。


Ⅴ アリウム・ ギカンチューム:無限の悲しみ
  囚人は辿りついた 負の極地へと
  囚人が引き返す事は もう二度とない

 悲しみに染まった心は腐り、静かに死んでいく。やがて息を吹き返した心は悲しみから産まれた心。その心には笑顔の光さえ灯る事はない。あるのは罪の悲しみただそれだけ。
 人と人は分かりあう事など決してない。他人の何が分かる? 言葉が全て真実とは限らない、他人と言え人間だ、心配されれば気を使ってもらった事に対してのそれなりの態度、言葉を示す。それの言葉を真に受け満足か? それはただの自己満足に過ぎない。
 結局、他人の苦しみも怒りも悲しみも他人には分からない。慰めなど、する側の自己満足に過ぎない。悲しみが癒える事は無い。
 人の生きる道には、悲しみしかない。悲しみから産まれた心は悲しみを生み続ける。やがて、その心は再び腐って逝き、何も感じなくなる。
 心の消失こそ、最大の癒しである。



Ⅵ スカビオサ:私は全てを失った
  囚人の心は荒野の中にて眠りについた
  失意に染まった囚人に慈悲の祈りさえ届かない

 怒りに燃えた心、悲しみに沈んだ心、嫉み焦がれた心、寂しさに震えた心、それさえも感じる事は無くなった。負の極致にして極地の淵へと落ちるところまで堕ちた。愛も友情も失った。残す思いは私の苦しみを偽善者共に知らしめることのみ。
 だが、今では全てが虚しい。生きる事、友と話す事、涙を流す事、笑う事、怒る事、今ではそれらも虚しく私の数多くの後悔の一部でしかない。ついには自分を否定する事が己への罰であり、癒しとなった。傷を逆撫でる事が喜びであり、人の道をただ漂う事が生き甲斐となった。
 不甲斐無き自分を赦すことは決してない。一生恨み続ける、憎み続けるだろう。
 哀れむ事は無い、偽善者共よ。私は落ちるべくして堕ちたのだ。だが、貴様らが私を理解することは永久に無い。
 覚えておくがいい、貴様らは涙を流す資格も、他人を憎む資格もないのだ。



異説



Ⅶ シオン:私を忘れないで
  叶うなら囚人に深き慈悲の手を
  例え振り払われたとしても
  囚人を本当に独りにしないで欲しい

 過去に囚われたあの人は、膝を抱えて泣いている。頬の涙は乾ききった。それでもまだ泣いている。怒りの炎は胸の底でくすぶっている。哀しみの雨は降り止まない。
 あの人はアナタが救ってくれるのを待っている。


Ⅷ マルバノホロシ:騙されない
  言葉の鎖に縛られて 過去に囚われ生きていく

 一時の感情から吐き出される、無責任で綿毛の様に軽い言葉にはもう、騙されたくない。彼は知っている。言葉がどれほど重いかを。
 そして、一度口にした約束は守るべき義務なのだと。



Ⅸ オキナグサ:何も求めない
  気がついた時には 手遅れだった
  求めることの空しさを その手で痛感した

 悲しみの中を彷徨った、怒りの中を彷徨った、妬みの中も彷徨った。次は一体何処を彷徨えばいい? いつまで私は彷徨えばいい? 夢を見れば抜け出せるのか? 希望を持てば抜け出せるのか? それでも、今の私を支えているのは虚しさだけ。穴の開いてしまった私の心は何者でも何物でさえも満たせない。
 今、私の両手には何が握られている? 希望か? 愛か? 絶望か? 憎しみか? だが、手の中にあるものも、いずれは無くなっていく。気づかない内に、手から滑り落ちる。握り潰してしまう。壊れてくのに、私は何度も失ったのに失うことに怯えている。
 今更私は何に怯えているのだろう?
 


終章


Ⅹ ユウガオ:罪
  罪は決して許されない

 人は罪を犯して生きている。気付かない内に、多くの者を傷つけ、悲しませ、怒らせ生きている。罪とは何か? 人を殺すことなのだろうか、法に背くことか? 人を傷つけることか? 誰かを悲しませることか? でも、心が無ければ罪は起きない。法の通りにマニュアル通りに生き働けば悲しみも生まれない。その代償に、笑うことも、楽しむことも無くなる。
 過去の悲しみも憎しみも忘れてはイケない。過去からは逃げられない。しかし、過去は変わらない。それでも過去の犯した赦されることのない罪の赦しを請う為に生きなければならない。

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