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ヒマワリ(ショートストーリー)

「ヒマワリ」

ライブハウスのステージに立って、観客の前で演奏する。
それこそが、音楽の形だと思っていた。
憧れのバンドが、でっかいステージで演奏している姿を観て、その形を見て、

それこそが音楽であると、僕は信じていた。


「お疲れ様〜。今日のライブ良かったよ〜。また誘うからイベントに出てよ〜。」
ライブの主催者が笑顔で饒舌に僕に言う。

「本当ですか!あ、ありがとうございます!!」

自分に自信のない僕は、他人からの評価でしか、今日の自分の演奏の出来を把握出来ない。

挨拶代わりかもしれない、そんな些細な「良かったよ」の言葉だけで、ステージに立った意味を見出すような奴だった。

「じゃあ今日はnisai君のお客さんは1人だから、チケットノルマは10500円になります。」

僕が財布の中から取り出したものは、僕に対して言い慣れた主催者さんの言葉であって、僕にとっては聞き慣れた、主催者さんの言葉だった。


音楽の形は、売れないミュージシャンにとっては、とても歪な形をしている。

次のライブこそは形を変えようと、もがいてはみるものの

ガラガラなステージで、もはや形にもならない日も多くあった。

でも、

「それでも僕は音楽を演っている。音楽を続けられている。」

それだけが、僕にとっての音楽の形であり、救いだった。


それなのに、

それなのに、


いとも簡単に、ぶっ壊した者がいる。
突如として現れたそいつは、コロナという名前だった。


自分の手で、音楽の形を壊せたのなら、諦めもつくのだろうが、誰かの手によって壊された形は、ゴミ箱に入れる勇気もなく、今日もテーブルの隅に座っている。


ライブに出ない、ギターを弾かないシンガーソングライターは、シンガーソングライターと名乗ってないけない気がして。

1人で部屋でギターを弾くだけの姿を、僕は音楽の形とは認めたくなくて。

そんな僕だから

「配信アプリ」で音楽を演奏してみようと思うまでに時間は全然かからなかった。


「今日も誰も聴いてくれないな。」

毎日配信ライブをやってみても、僕の配信を聴いてくれる人はあらわれない。


1人2人は聴いてくれる事はあっても、少し聴いては、僕の携帯の画面から、すぐにいなくなっていった。

僕の音楽は、誰にも必要とされないものなのだろうか。

認めたくなくても、認めなくちゃいけない現実がそこにある。

「見慣れた形だな。」

それは僕が知っている、僕自身のライブハウスでの音楽の形であり、今となっては絶望の形だった。

何故なら、配信アプリなら、きっと、もしかしたら、少しは人気が出るかもしれない。

過信していた。

そんな淡い期待が、数日で崩れ去った事を僕は身をもって実感した。


それでも、今の僕にはこれしかなくて。
すがるものは、配信しかない。
そうじゃなきゃ、音楽の形が崩れてしまうから。


「こんばんは〜」

久しぶりに1つのコメントが携帯の画面に表示された。

「素敵な歌ですね。歌声も素敵です。」

2つ目のコメントが表示される。

次の日も、また次の日も、その人は聴きに来てくれた。

「癒されます。」

「眠いけど、最後まで聴きたい。」

ライブハウスの主催者のような、聞き慣れた些細な、挨拶言葉ではない、その温かみのある言葉に、僕は、毎日のように楽しみに配信ボタンを押していた。


その人が来ない日もあった。


「昨日は寝てました。」

「昨日いっぱい寝たから、今日は最後まで聴ける。」

「眠くないから延長して下さい。」


その人だけが聴いてくれる。そんな夜もたくさんあった。


ライブハウスにその人が1人。

そんな想像をしながら歌った。

あの時の僕なら、どう思うのだろう。

きっとガラガラなライブハウスを見て、ガッカリした気持ちで演奏してるんだろうな。


今の僕は、この人の為だけに歌っている。

それで良いと思っている。

それが嬉しくて、救われてる。


温かい言葉が僕の心を温める。

誰も僕の音楽を必要としなくても、その人だけは聴いてくれる。

僕の音楽を好きでいてくれる。
僕の音楽が好きだと言ってくれる人がこの世に1人はいる。

だから、それが自信になる。

僕の心を、今日も明るく照らしてくれる。
それはまるで、太陽のように。


「こんばんは〜」


「あっ!今日も配信に来てくれて、ありがとうございます!よし!じゃあ、今日も歌いますね。」


「nisaiさんのオリジナル曲のヒマワリをリクエストしても良いですか?」

温かいコメントが今日も僕を温める。
僕の未来を照らしてくれる。

僕が見慣れた、そのアイコンは

眩しい程に、黄色い

「ヒマワリ」の姿をしていた。

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