FIFA女子ワールドカップ 2023 日本代表対スウェーデン代表 レビュー

FIFA女子ワールドカップ 2023 日本代表対スウェーデン代表は1-2でスウェーデン代表が勝ちました。

日本代表の試合を観ながら実はずっと考えていたことがありました。もし相手が高橋と熊谷と南に対して強くアプローチを仕掛けてきたら、どうなるのだろうか。プレスの逃げ場になっている清水のところに強くアプローチを仕掛けてきたらどうなるのだろうか。そして、熊谷もしくは南の背後を狙われて熊谷が引き出されたらどうなるのだろうか。これらはレビューを書いているけど、あまり強調しては書いてこなかったことでした。

僕が事前に考えていたなでしこジャパン対策を、スウェーデン代表は見事に実行してくれました。複雑な気分ではありますが、答え合わせとしては最高の試合でした。


右サイドに誘導したスウェーデン代表

日本代表の試合を観ていると、高橋と熊谷と南の3人がボールを運ぶ際の起点となっていることが分かります。この3人が素早くパス交換しつつ相手を動かし、パスを受ける選手が3人のプレーのタイミングに合わせて動き出す。この連携が日本の生命線でした。

スウェーデンは連携の起点となっている3人のパス交換を遮断しようと試みます。日本代表が自陣でボールを持っている時、スウェーデンは4-4-2ではなく3-4-2-1のシステムで構えます。高橋と熊谷と南に対してはそれぞれマンツーマンでマークがつきます。

ここでポイントなのはわざと高橋は少し空けておくことです。左MFのロルフォは高橋をマークするより長野や右サイドよりに立つことが多い長谷川の方のマークを優先します。中央のMF2人とロルフォで長谷川と長野をマークするように立ち数的優位を作り自由にプレーさせない。これがスウェーデンの狙いでもありました。

高橋はボールを持てるのですがそこまでパスが上手い選手ではないのと、他の選手にもマークがついているので近くの清水にパスを出します。しかしスウェーデンは清水に高橋からパスが出るのを狙っていました。清水には左DFのアンデルソンが素早く距離を詰め、清水に自由にプレーする余裕を与えません。ここで前半はほとんど優位に立てず、相手にボールを奪われる回数が増えました。

FIFA Training Centreのマッチリポートには日本がどこでボールを失ったのか、どこでボールを回収したのかがデータで出ているのですが、この試合のデータを見れば右サイドで奪われているエリアがいかに相手ゴールから遠い位置なのが分かります。

FIFA Training Centre Match Report「Defensive Action」より

日本のパスルートを分析すると、一番多かったのは高橋から清水へのパスで20本、次が熊谷から高橋へのパスで18本。ノルウェー戦は左の南が起点となっていたことを考えると対象的です。日本は左右のウイングバックがフリーマンのように動いて相手を外すキーマンになるのですが、前半に清水と杉田のところをマンツーマン対応されて抑えられたことで相手を外せず、スウェーデンのペースになってしまいました。

日本の前半の唯一のシュートチャンスだった前半25分のプレーは高橋がボールを運んでハーフラインを超えたことがきっかけです。ここで相手を外すことが出来ればもっと落ち着いてボールを持てた可能性がありました。

1失点目は相手に距離を詰められた南が苦し紛れに出した縦パスを相手に回収されて生まれたフリーキック。2点目は清水がアンデルソンに距離を詰められて苦し紛れに中央に出したパスを回収されてカウンターを受けて与えたコーナーキックが要因でした。スウェーデンのマンツーマンの対応に日本は60分くらいまで苦労し続けました。

なおスウェーデンが清水を狙ってきたのは、清水が替えがきかない選手であるというのもあると思います。思い出すと東京オリンピックでもスウェーデンは清水を狙ってきました。東京オリンピックとやり方は違えど狙いは同じだったわけです。

日本のFWとDFの距離を広げ続けたスウェーデン

ボールを持っているときもスウェーデンは巧みでした。3-2-5のシステムを採用するスウェーデンは日本のFW1人に対してDF3人でボールを持ちます。スウェーデンが上手いのは11番のブラックステニウスが何度も熊谷の横から高橋と南の背後を狙うことで日本のDFラインを押し下げたことです。19番のカネリードは杉田の背後を狙い続け杉田を留めておきます。この2人によって日本のDF4人が押し下げられてしまい、DFとMFの間にスペースが生まれてしまいます。

そして左DFのアンデルソンは清水を動かそうと、時に背後を狙ったり、時に清水の背後から素早くDFラインに降りてボールを受け、清水と藤野の守備を機能させません。清水がアンデルソンをマークすると、左センターバックのエリクソンは清水の背後を狙ってロングパスを蹴り、清水が前に出てこないと、長谷川と長野の背後に立つロルフォとアスラニを狙って縦パスを出してきます。本来はロルフォとアスラニは高橋と南がマークしたいのですが背後が怖いので前に出られない。前に出ないと間で受けられる。少しずつ日本のDFとFWの距離は広がっていきボールを奪いたくても奪えず、奪っても素早くスウェーデンに回収される時間が続きました。

ポイントになったのは、前半20分過ぎに熊谷がブラックステニウスに背後を走られてシュートチャンスを与えた場面だったと思います。あの場面からDFラインが少しずつ下がっていったことが日本代表を苦労させました。

高橋と熊谷と南に対して強くアプローチを仕掛けてきたら、どうなるのだろうか。プレスの逃げ場になっている清水のところに強くアプローチを仕掛けてきたらどうなるのだろうか。そして、熊谷もしくは南の背後を狙われて熊谷が引き出されたらどうなるのだろうか。僕が持っていた仮説に対してスウェーデン代表は実に分かりやすい回答を出してくれました。

痛かった長野のパフォーマンス

日本にとって痛かったのは長野のコンディションです。この試合の長野は80分の出場時間ながら8.7km。センターバックの南(10.0km)の方が走っているくらいです。この試合の長野はパスコースを作って欲しい場面での動きが遅く、明らかにコンディションが悪そうでした。走れていないし、ボールも奪えない。長野のパフォーマンスが悪かったことで、宮澤や杉田といった選手のパフォーマンスにも影響を与えました。

スウェーデンの日本の右サイドを狙った攻守の対応、長野のパフォーマンス。この3つの問題を解決したのは70分以降でした。これらの問題の解決が遅かったことが試合結果に影響したと振り返って感じました。

ただ長野のパフォーマンスが悪かったら、熊谷が上手くいかなかったら、長谷川が上手くいかなかったら、今回の日本代表は終わりです。その点でスウェーデンが1枚上手だったということだと思います。

スウェーデンの動きを利用した修正

まず高橋と清水のところを狙ってくる対応に対しては、藤野を清水の前に置いてアンデルソンの背後を狙わせます。スウェーデンは左センターバックのエリクソンがマークにくるのですが、藤野はボールを失わずボールを受けることができます。さらに途中出場の植木にも背後を狙わせることでアンデルソンの背後を少しずつ利用することに成功します。これによって日本はボールを奪われずに運べるようになりました。

高橋と熊谷と南のマンマークに対しては清水の背後からボールを運ぶことで回避し、ボールを運んでから戻すことでスウェーデンを3-4-2-1から4-4-2に戻すことに成功します。4-4-2になれば日本の3-2-5のシステムの優位性が活かせるのでスウェーデンの選手間の距離が空いてきます。スウェーデンは前半勝負のゲームプランだった可能性も高く、60分すぎから少しずつ強度が落ちていきます。2点差がついたことで日本のDFラインも相手ゴールに近い位置に立つようになり、南や高橋が1on1でボールを奪う場面が増え、少しずつ相手陣内で押し込めるようになり、相手のロングパスを活用したプレーが減りました。

選手交代について考えたこと

日本優位になったことで少し長野のパフォーマンスも良くなったように見えますが、本来のパフォーマンスではなかったと思います。長野は80分までプレーしましたが、もう少し早い時間帯で林と交代してもよかったのではとは感じました。

選手交代は3人目までは上手くいってました。遠藤を入れて少しずつボールを持てるようになり、植木が入ったことでボールを持っているときも持っていないときもアクションの量が増え、少しずつ他の選手も連動して動けるようになりました。林が入ったことでミスが減り、前後のアクションも増えましたし、清家はこういう場面で起用したいと池田監督が試行錯誤してきた選手。ハーフスペースでボールを受け、素早く背後にスプリントするプレーでスウェーデンを動かしてくれました。

問題は4人目の浜野の交代です。浜野の問題というより清家を嫌がっていたスウェーデンにとっては清家が右に移動してくれたのは好都合だった気がします。清水を3バックに下げたことで、アンデルソンの背後を狙うプレーもなくなりました。高橋を下げるのはありだと思うし、浜野を入れるのもありだと思うのですが、別の方法がなかったかなぁとも思いました。猶本のような選手もいたので、猶本を起用するのもありだったような気がします。いろいろ理由があるとは思いますが、クオーターファイナルでいきなり18歳の選手を出場させるのは無理があったのではないかと思います。浜野の交代以降連携が上手くいかなくなったのは残念でした。
ただ浜野の責任ではないと思います。浜野の左肩に巻かれていたテーピングを見てなおさらそう思いました。YouTubeを見ていても左腕を曲げ伸ばししていなかったので、軽い怪我ではないことは伝わってきましたので。

浜野や三宅といったチームの戦術を変えられる選手がトレーニングで負傷して起用出来なかった事はチームに大きく影響しました。なでしこジャパンのトレーニングはフィジカルの強度が高いトレーニングメニューが組まれていて、それが大会中の強度を支えていたのですが、使いたいけど使えない選手がいたのは小さくない誤算だったと思います。特にこの試合は三宅がいたら交代出場で局面を打開できるのでは、と思う場面が何度かありました。

最後は交代カードの切り合いになりましたが、スウェーデンは全然慌ててなかったように見えました。特にベンチは。1失点は想定内で最後に逃げ切ればいいし、延長戦も想定して交代枠を1人残していました。追いかける日本はリスクを賭けなければいけないのに交代枠を1人残したまま。ここは悩みどころですが、切りたくても切れなかったのだと思います。

連携を重視するチームは1人交代させると連携は簡単に失われています。今の日本代表は緻密な連携がベースとなるチームなので、チームの仲の良さの重要な要素。選手がチームへのコミットメントが高いのは、それがこのチームのサッカーの一部だからです。

一方で個人の力で状況を打開出来る選手をいかに組み込むか。そこは今大会まで間に合わなかった印象です。清家はギリギリ間に合いましたが、岩渕は最後の最後まで試行錯誤しましたが合わず、メンバーから外すという決断を下しました。個人的にはメンバーに入るかもと思っていたFIFA U17ワールドカップでシルバーブーツを受賞した谷川萌々子も選ばれませんでした。オリンピックは選ばれるメンバーの数も少ないので、より連携重視になるはず。そうすると個人の力で状況を打開できる選手は選びづらい。そうするとスウェーデン戦のような試合でどうするか。苦しい選択を迫られます。

ザンビア戦のレビューにも書きましたが、池田監督は交代の決断を下すのが遅い印象です。交代は決断してから実際にピッチに入るまで5分ほどかかるので、監督は現実を見つつ5分後の未来を想像して決断を下す必要があります。

サッカーの試合終盤というのは、将棋の「時間指し」とかドラマ「24」とかテレビ番組の「逃走中」のように残り時間が迫り、選択肢が限られるなかで、様々な決断を求められる局面です。準備も大事ですが、時に準備してきたことを捨て、直感で決断することも求められる。そんな局面です。

これは大和シルフィードのスタッフとして携わっていて感じたことなのですが、日本のスタッフや選手は「準備」は上手い気がするのですが、「準備」で対応できないことに対する対応は弱いし、局面に応じて思い切ってやらなきゃいけないことを「準備してない」と拒否しがちです。

この試合の終盤は準備していたことを思い切って捨て、リスクを賭ける手を打ってもよい局面だった気がします。5分後の未来を見据えつつ、素早く手を打ち、時に打たない。頭に血が昇った状態で冷静に決断を下す、という経験とスキルを学ぶ機会がないのかもしれません。そんなことを感じましたし、リスクを賭ける手が有効でないと判断したのかもしれません。

僕みたいなただの会社員でも「報告会でプレゼンしたらクライアントの役員が要件外の要求を追加してきて、やれるかどうかその場で決断しないといけない(今週ありました…)」みたいな想定外の局面が発生する事が多々あります。そういうときにこれまで積み上げてきたことを踏まえ、時に捨て、冷徹に決断する。そういう場面の経験が少ないのかもしれないなと感じました。そして海外だと負けたら自分の生活が影響するので、経験が積みやすいというのはあると思います。その差を感じた試合でした。

積み上げも課題の解決も簡単ではない

少し横道にそれました。何が言いたいかと言うと、この試合で出た課題を解決するのは簡単ではないということです。センターバックを3人にすることの優位性はあるものの、スウェーデンは不利益もあることを突きつけてきました。これを変えると、積み上げてきた連携も再整備する必要があるので、チームづくりはやり直しになります。同じようで別のチームを作るような作業が求められるのですが、オリンピック予選が控えているなかで何をどうするのか。チームは選択を迫られています。

東京オリンピックに比べたら、チームは明らかに進歩を遂げました。ただここから積み上げていくのは簡単ではないなとも感じました。少し別のアプローチが必要な気がするけど、やはり時間はない。時間がない中で何を選択して、どう改善していくのか。重い宿題を突きつけられた試合だと感じました。

さて、ここからどうする。



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