FIFA女子ワールドカップ 2023 スペイン代表対イングランド代表 レビュー

FIFA女子ワールドカップ 2023 スペイン代表対イングランド代表は1-0でスペイン代表が勝ちました。

勝敗を分けた両チームの左サイドのビルドアップ

この試合のポイントは両チームの左サイドのビルドアップでした。

スペインが自陣でボールを持つと、イングランドはマンツーマンで相手をマークします。イングランドの狙いはマンツーマンで相手の自由を奪い、ボールを奪って時間をかけずにボールを運んでシュートチャンスを作るというものでした。スペインはそんなイングランドの狙いを理解した上で、上手く対応してきました。

スペインの左中央のDFがボールを持つと、左FWのカルデンティがタッチライン付近から少し中央よりに移動し、ボールを受けます。カルデンティにはイングランドの右中央のDFのカーターがマンマークで対応します。カーターがカルデンティについていったら、カーターが対応するはずのスペースが空きます。このスペースに中央のFWのパラジュエロが移動してボールを受ける。それがスペインの狙いでした。

パラジュエロがスペースでボールを受けようとすると、イングランドの中央のDFのブライトがサイドに動いてカバーしようとします。ブライトとパラジュエロではスピードのミスマッチが生まれ、パラジュエロにアドバンテージが生まれますし、パラジュエロがスペースを狙うことでスペインのMFにスペースが生まれ、マンマークを外すきっかけが作れます。これがスペインの狙いでした。

ここでポイントなのは右FWのレドンドは右サイドのタッチライン際から動かないようにしておくことです。レドンドが動かないことでイングランドの左DFのグリーンウッドはレドンドをマークせざるを得ません。時折ロングパスで右サイドを使って何度かボールを運ぶことに成功するので右サイドを対応しないわけにはいきません。そうするとブライトとグリーンウッドの間にスペースが生まれ、何度かボンマティがランニングしてボールを受けようと試みました。これもスペインの狙いでした。

イングランドは何度かカルデンティからボールを奪い、シュートチャンスを作ることに成功しますが、時間が経つにつれて少しずつスペインがボールを保持できるようになります。イングランドはスペインの中央のMFからボールを運ぶプレーを制限することには成功しましたが、マンツーマンマークを逆手に取ったスペインの対応に苦しめられました。

決勝点になったプレーも、イングランドのマンツーマン対応が裏目に出たことが遠因となりました。右ウイングバックのブロンズがドリブルでボールを運ぼうとしますが、他の選手のアクションが遅く、選択肢がなくなり、ボールを奪われてします。ボールを奪われた後、スペインはブロンズが空けたスペースが空いていることを把握していたので、素早くロングパス。イングランドはマンツーマンでマークすることが決まっていたので、左DFのカルモナへの対応が遅れてしまいます。カルモナをマークするのはブロンズだったからです。

イングランドの対応とスペインの修正

イングランドは後半に入って4-2-3-1にシステムを変更。マンツーマンでマークするのはMFの3人のみに変更します。イングランドの狙いは前半上手くいかなかった左DFのグリーンウッドのパスを活かしたプレーを左MFにジェームスを入れて回数を増やすことでした。

イングランドのグリーンウッドはパスが上手く、イングランドがボールを運ぶ際の起点になっています。準決勝のオーストラリア戦の1点目もグリーンウッドのロングパスが要因でした。ところがこの試合では右FWのレドンドのマークに苦しみ、なかなかパスが出せません。グリーンウッドのマークを外して、ボールを運べるように修正する必要がありました。

そこでイングランドはDFを4人に変更。レドンドをグリーンウッドにマークしづらくします。グリーンウッドの縦パスを受ける選手として左MFのジェームスを起用。ジェームスはサイドのDFと中央のDFの中間、中央のMFの脇のスペースでボールを受けるので、スペインは誰がジェームスをマークするのかしばらく悩むことになります。この変更でイングランドはシュートチャンスを作ることに成功します。60分までは。

60分にスペインはレドンドに代わって本来サイドのDFを務めるヘルナンデスを入れて、グリーンウッドをマークさせます。ジェームスはバトレが対応し、左DFに入っているカーターはヘルナンデスがパスコースを消す。この修正によってイングランドは打つ手がなくなり、時間とともに高さとパワーを使ったプレーに移行していきました。

スペインの凄さはボールを持っていないプレーのスピード

日本代表との試合を観ていても感じましたが、スペイン代表の凄さはボールを持っているときではなく、ボールを持っていないときのプレーが速いことです。他のチームはボールを持つ持たないで切り替える時間があるのですが、スペインは切り替える時間がなくシームレスで動いているように見えるのです。ボールを奪われても素早く相手との距離を詰め、選択肢を消し、ボールを奪い返す。このプレーが巧みでした。

特に相手DFがボールを持っている時、細かく身体を動かし、ステップを踏んで、時には上手く距離を詰めて、相手の選択肢を消すプレーが巧みでした。ある場所に動いた後、元の位置に戻る。こうした地味だけどサッカーにおいて重要なプレーの質がスペインは抜きんでていました。単に足が速い、身体が強い、といったスピードではなくサッカーのスピードが速い。ここがスペインの強さだったと思います。

日本代表との試合は0-4で負けましたが、あの試合はDFの背後をカバーするGKがいれば防げた失点が大半でした。決勝トーナメントに入るにあたって、DFの背後をカバーできるGKに変更し、ボールが無いところで走れるレドンドを入れ、ボールを持っているときは上手いけど持っていないときのアクションが少ないプテジャスを外す。戦術理解度は低いし細かい動きは苦手だけど他の選手にはない強みがあるパラジュエロは役割を与えて強みを発揮してもらう。こうした調整が上手くいったことが優勝につながったと思います。

仲がいいから強いのではない

なお、大会前からスペイン代表は協会や監督や選手との関係が悪いと言われ、優勝しても監督やスタッフと抱き合う選手はほとんどおらず、選手はリーダーだと言われていたプテジャスのところに向かったのは象徴的でもありました。アディショナルタイムで自分の足元に転がってきたボールを拾わなかった監督の仕草を観た時「勝ってもこの監督はリスペクトできないな」と思わざるを得ませんでした。

イングランドも監督のウィグマンも「スターティングメンバーを決めたら何もしない」タイプの監督で交代もあまりしないし、スターティングメンバーもほぼ大会中は固定。勝っている間はよいけど、チームが勝てなくなると批判が出そうなスタイルでチームを運営しています。

仲がよいこととチームが強いことは別である。そんなことを感じたワールドカップ決勝でもありました。

アメリカ的アスリートフットボールの終焉となるか

今大会のFIFA女子ワールドカップは「アメリカ的アスリートフットボールの終焉」となればよいな、と大会前から思っていました。長らく女子サッカーは速くて強くて高いチームが勝つ。そんな時代が長く続きました。アスリートとしての能力の高いアメリカの優勝回数が多いのは、アスリートとしての能力の差が勝敗に影響する要因が高かったからだと思います。

しかし他の国のアスリートとしての能力が上がり、女子サッカーに男子サッカーの経験もある指導者や若くて最新の戦術に長けた指導者が入ってきた結果、アメリカのアドバンテージは薄れ、戦術変更に長け、ボール扱いに長け、サッカーが上手いチームが優勝したのは女子サッカーにとって喜ばしい結果だったと思います。

日本代表の躍進の要因はいろいろあると思いますが、僕は「WEリーグ開幕によるフィットネスの向上」「若いコーチとアナリスト活用による戦術面での質の向上」の2点だと思っています。WEリーグが開幕したことで選手の体格は明らかに変わりました。今回の日本代表にはアナリスト出身のコーチがいて、アナリストが3人チームをサポートしていたことは、戦術面で他国に比べてアドバンテージを作り出すのに大きかったと思います。東京2020のときのように「気持ちが足りない」みたいな話にならなくて本当によかったなと。

ただ、今大会の結果を受けて他の国はアップデートをしてくると思いますし、日本もアップデートが必要です。まだまだ女子サッカーは発展の余地があるし、日本代表も発展の余地があると思います。男子サッカーが過渡期にある現状を踏まえると、今後女子サッカーはすごいスピードで価値が上がっていく気がする。そんなことを考えたFIFA女子ワールドカップ2023大会でした。

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