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詳しいことは知りませんが 【5/5】

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「ああっ……は、あ、あ、あっ…………いやっ……そ、そんなっ……あっ…………」
 
 あたしは何とかガラスの壁を伝って這い上がろうとしたけど……
 そいつの力が強いのか、それとも這い上がるあたしの力が弱いのか……
 そのだびに箱の底に押し戻された。

 押し戻される度に、そいつの伸ばす触覚か口か脚だかなんかの数が増えて、あたしの身体を這い回った。

 気が遠くなってきた。
 

 言っちゃうけど、すっごく良かったよ。
 あんなの、ほんとにはじめてだった。
 

 そいつは、あたしが身体のどの部分をどうされれば気持ちよくなるのかを、じっくり、ねっとり、丹念に調べ上げて、見つけたらそこをまた、いやらしく、ねっちょり、めっちょり責めてくるわけ。

 馬鹿みたいだけど、あたしはあっという間にイかされそうになった……

 だいたいそんな状況で、イきそうになるなんてほんとに信じらんないけど、ほんとにそうだったんだから仕方ないじゃん?

 でも、そいつ……

 しっかりあたしの呼吸を見計らって、あたしがいきそうになると、うまいこと焦らすんだよね。

 あたしは何度もいいとこまで這い上がっては、そのすんでではぐらかされた。

 ……身体の中も頭の中もとろけそうになってくばっかりで、そのはけ口がないまま、ほんとうにおかしくなりそうだった。

 これは夢だ、夢なんだって自分に言い聞かせようとした。

 あたしもかなり溜まってたのか、すっごくやらしい夢を見てるだけなんだってね。

 でも、頭がおかしくなりそうなほどいいのね。
 その感覚だけは、どうしても現実なの。

 場内から大歓声が聞こえたような気がするけど……あまり気にならなかった。

 あたしがステージの上の透明なガラスの箱にその生き物と入れられてたんなら、座席で見てる大勢の人間がほぼぶりつきだったんだと思う。
 
 あたしはその生き物に焦らされまくって、箱の底でまるで相撲取りみたいな姿勢で足を踏ん張って開き、腰をくねらせて、おっぱいをガラスの壁にこすりつけていた。

 それって、すごい眺めだったろうね。
 どうなんだろう?

 それが会場の観客の皆さんから見ると、どんなにいやらしかったんだろう?

 今でも、想像するとすっげーエッチだったんだろうな、と思うね。

 その情況を撮影したビデオとか写真とか、見たわけじゃないから想像するしかないんだけど。

 まあ、これを聞かされてる君と同じだよ。
 ほら、すっごいエッチで、興奮してくるでしょ。

 
 と、水槽の上蓋が上の方で開いて、何かがもうひとつ、べちゃっと落ちてきた。
 
 えっ、と思ったけど、またあっという間に上蓋が閉まる音がする。

 とんでもなかったよ。
 もう一匹、それが入ってきたんだ。

 しかも、今度のやつはでかかった。
 はじめのやつより、ふたまわりくらい大きかったんじゃないかな。

 そんなのが落ちてきたもんだから、あたしとそいつらが閉じこめられてる水槽は、ほんとに満員になった。

 もう、ぎゅうぎゅうのぬるぬる、ぬめぬめ状態。

 多分、あたしたち……って、“たち”じゃないよな。

 まあいいけど……が閉じこめられてる水槽を外から見たら、まるででかい塩辛の瓶詰めみたいな感じだったんじゃないかな。

 そのなかであたしが泳いでる、みたいな。
 真面目な話、ほんとうに泳いでるみたいだった。

 必死にもがいたけど、水槽の中はそいつらのブヨブヨ、ヌルヌルした躰で満たされてて、逃げ場がないわけ。

 肩のあたりまで、そいつらの体の中に浸かってるみたいな状態。
 むせ返るような生臭い匂いだったけど、いやな匂いも限界値を超えると、気にならなくなるもんなんだね。

 あたしにはそれを不快に感じる余裕もなかった。

 そいつらはそれぞれにフー、フー、フー、フー、一定のリズムで息をして…それぞれの伸ばした無数の脚だか触覚だか口だかで、絶え間なくあたしの体をなぶり回していった。
 
 そいつら同士は意志疎通ができんのかな?

 とにかくもう、どっちがどこに吸い付いてんのかは判んなかったけど、首筋も、肩も、乳房も、乳首も、そいつらに吸われてるわけ。

 おへそにもあそこにもお尻の穴にも、そいつらの体から伸びた脚か触覚か口かなんかが入ってきて、なかでいやらしく動き回ってるわけ。

 なんか……2匹で示し合わせたみたいに、あたしの弱点ばっかねっとり攻めてくんの。

「んっ……あっ……だ、だめっ……そ、そんなっ……あ、あああっ……」

 でも、いかせてはくれない。
 ほんと、あんなに焦らされたのは後にも先にもあれきりだったね。

 気を失っちゃえばラクなんだろうけど、気を失うこともできなかった。
 
「……あっ…………あ…………あああっ……いっ……やっ…………あっ…………ああっ!」

 もう口からは、喉が詰まったときのような声しか出なかった。
 涎もたれ流してた。

 と、口の中に、そいつらから伸びてきた触覚だか脚だか口だかが、2、3本入ってきた。

「………むっ……ぐっ…………ん……」

 味? ……そーだなー……うーん……なんて言ったらいいんだろう。
 美味しくはなかったよ。当たり前だけど。

 それはものすごく熱くて、しなやかで、ぬめっていて、柔らかくて、弾力があった。
 新鮮なとかはあんな口触りなんじゃないかな。

 でも、それは生きていて、口の中で動くわけ。
 その意味では、人間の舌みたいだった。

 ほんとにあたしはおかしくなってたから、口の中に入ってきたそれと、舌をからめた。
 まるで、濃厚にキスしてるみたいに。

 そいつは口の中でも器用に動いてさ、今考えると気持ち悪いったらないんだけど、その時はほんとにキスしてるみたいな気分になっちゃったな。

 あたしは夢中で舌を使った。
 あたしの舌に応えるみたいに、それが口のなかで蠢いて、絡みついてくる

 ……不思議だよねえ、それ、だんだん太く、固くなってくみたいだった。
 ……それ、気のせいかな? てか、記憶違いかな?
 
 気がつくと、場内が最高潮に盛り上がってるみたいだった。

 ほんとに外から見るとその様子は、どんな風に見えたのかな?

 ……多分、すっごくやらしかったんだと思うよ。
 かなりウケてたみたいだし。

「…………むっ…………んんっ…………はっ………うっ……」
 
 そいつ自身の粘液とあたし涎がからみあって、あたしの口からそれが引き抜かれた時は、糸引いてただろうね。
 それが合図だったのかな。

 あたしの全身に絡みついていたそいつらの体が、かっと熱くなった気がした。

 フー……、フー……、フー……、フー……
 フー、フフー、フー、フー、フ、フ、フ、フフフフフフフフフフ……

 そいつらの息のリズムが、早くなるのを感じた。

 フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッフッ………って感じで。

 そっからがすごかったね。
 
 そいつらがまるで波打つみたいにして、一斉攻撃を掛けてきた。

 「……ひっ! ……やっ! …………あっ!…………ああああっ……!」

 全身に吸い付いてるそいつらの脚だか口だか触覚だかが、あたしの全身から何かを吸い上げるみたいに激しく蠢いた。

 当然、あたしの急所はしっかり押さえたままでね。
 ほんと、死にそうだった。
 もう、あたしどうなっちゃうんだろう? と思ったよ。

「……あああっ…………す、すごすぎ、すご…………いっっ……あっ………ああっ!!!」

 あそこに入ってくる脚だか口だか触覚だかは、だんだん本数が増えてくみたいだった。
 お尻の穴入ってくるのも。

 あそこに入ってきたやつも、お尻の穴に入ってきたやつも、どんどん奥まで入ってきた。

 両方の乳首は千切れんばかりにねぶり回されてる。

 胸に、肩に、二の腕に、太ももに、お尻の肉に、背中に、脇腹に、膝に、脹ら脛に……

 それぞれがめちゃくちゃに吸い付いてきた。
 あたしはそいつらの体のなかで溺れてるみたいだった。
 マイクが拾った水槽の中の音が、場内中に響き渡ってる。

 ……びちゃっ……びちゃっ……びちゃっ……びちゃびちゃっ……ってね。
 
 「あっ……あっ……あああっ……も、もう無理っ…………いやっ…………んっ!……ああっ!」

 あたしの声も同じようにマイクが拾う。
 あたしの声と、その湿った音が重なり合って、反響してた。
 
「ん……あ、あ、あああああ、…………………………………ああっ………うあああっ!」
 
 イっちゃった。
 まるでケダモノみたいな声出して。

 でも、当然、そんなんで許してもらえるわけないよね。
 
 あたしは息も絶え絶えだったけど、そいつら2匹はまだまだ足りないみたいで……
 あたしを弄び続けた。

 ちょっと、休憩くらいさせてよ、と思ったけど、まあ、一晩50万の仕事だからね……

 そんな勘定をする余裕もなかったんだけど。
 あっという間に、あたしの身体はまたすぐリミットまで昇ってった。

 もう、そいつらは焦らしたりしなかった。
 あたしをイかせられるだけイかせようとしてるみたいだった。
 
「…………あ、あ、…………やだ……もう……もう……やだ、だめ……許して……んんんっ!!」

 またイっちゃった。

 場内は大歓声に包まれてた。


 皆さん、愉しんでいただけましたでしょうか?


 でも、あたしは気も失えないで、そいつらに連続してイかされ続けた。

 ほんとに外から見ると、どんな風景だったんだろうね?
 あんなにウケてたんだから、相当エグかったんだとは思うけど、それでも想像できない。

 4回目にいった時なんて、おしっこ漏らしちゃった。


 気がついたけど、まだ目隠しをされてソファに座っていた。

 服はちゃんと着てて、肩にコートが掛けられている。
 不思議とボタンが飛んだはずのブラウスも、元に戻ってるみたい(誰かがまた針仕事してつけたのかね?)

 あれ? と思ったけど、とりあえずホッとした。
 少なくとも、死んではいない。
 おかしくもなってないみたいだ。

 でも同時に、あれが夢じゃなかったんだってことは確かだ。

 脚にはちゃんとパンプスが履かされていて、それ越しに柔らかい絨毯の感触を感じた。

 そのソファの座り心地から、あたしは今、最初に通されたあの待合室みたいなところに居ることがわかった。

 誰か居るだろうか?
 あたしは一瞬目隠しを外そうとして手を顔に持っていったけど、咳払いを聞いて凍り付いた。
 

「お目覚めのようですね」

 あのおじいさんの声だった。

「……あ、あの」

 あたしはどんな挨拶をしたものか判らずに、言葉に詰まった。

昨夜ゆうべはお疲れさまでした。いまはまだ、明け方です」

 そっか、朝になったんだな。
 あたしはずっと眠ってのかな

「あの……目隠し、外していいですか?」

「まだ、だめです」おじいさんは落ち着き払っていった「もう少し、我慢していただけますか」

「あ……はい、あの……」

「仕事は、終わりです。これから、あなたを元の場所にお送りします。」

「……あの、どうも…」少しほっとした。「でも……」

「残りの報酬は、お別れするときにお払いします」

「あ、あの……どうも」

 そういえば…あたしは肩に掛けられていたコートの内ポケットに手を伸ばした。
 確かに、昨日おじいさんから受け取った封筒の手触りを感じた。

 ますますこれは、夢じゃないんだって実感できた。
 
 それからおじいさんに手を引かれて、またカートに乗った。

 大きなハッチをくぐり、長い長い地下道を戻って、またおじいさんに手を引かれて、車に乗った。

 その間あたしは無言だった。
 質問する気もなくなるほど、疲れてたのかな。

「出してくれ」

「はい」

 今度の運転手は返事をした。

 車はまたそのままエレベータに乗って、スロープを登って地上へ出た……そのときあたしははじめて、目隠しを取りたくて取りたくて仕方が無くなった。

 この車は今、陽の当たる世界を走ってるんだ……と思えば思うほど、目隠しをとってこの真っ暗闇のから出ていきたかった。

 なんでだろうね、その時まで、ぜんぜん平気だったのに。

 あたしが落ち着かない様子なのに気付いたのか、隣に座ったおじいさんが言った。

「何か、飲まれますか?」

「え……でも」あたしは素直に言った「何か、混ぜてあるんですか? 今日も」

「…………」

 おじいさんは暫く黙った。
 どんな表情をしてたんだろうか。

 苦笑い?
 怒ってる?

 それとも昨日見たような、無表情のままだろうか。

「今日は、何も混ぜてませんよ」

「……じゃあ」

 おじいさんはあたしの手に、来たときと同じようなストローを刺したジュース缶を手渡した。
 あたしはそれを一口飲んで、人心地がついた。

 またグレープ味だった。
 あたしたちはそのまま暫く黙っていた。

 沈黙が、ひりひりとあたしに刺さってくるみたいだった。
 来たときときよりもずっと、帰り道は長く感じたね。

 しらふだったからかな?
 
 車がゆっくりと減速して、停まった。

「目隠しを外していいですよ」

 おじいさんが言った。
 目隠しを外す……まだ薄暗くて、始発直後の駅前は人の姿もまばらだった。

 目にはやさしい光だったけど、最初は暗さに目が慣れていたせいで、はじめは何もはっきり見えない。

 やがて目が明るさにゆっくり慣れて……運転席に座ってる運転手の後頭部が見えた。

 禿げ上がった頭だった。
 来たときとは違う人だった。

 隣を見ると、おじいさんが茶封筒を手に持って、あの無表情な顔で座っていた。

「どうぞ、お確かめください」と、おじいさんがあたしに茶封筒を手渡す。「約束の残り25万です」

 あたしは封筒を受け取ると、中を一応改めた。
 正確には数えなかったけど、ちゃんと万札が入っている。

「ど……どうも、ありがとうございます……あの……ひとつ、ひとつだけ、聞いていいですか?」

「はい、何か?」

 おじいさんは眉一つ動かさなかった。

「あ……あれは…」あたしも慎重に言葉を選んだ。「昨日の、あれは……いったい何なんですか?」

「あれが……何か? あれに名前が必要ですか?」おじいさんは言った「あなたは、あれに、触ったでしょう? あれに触って、肌でそれを感じた。そうですね?」

「…………」

 確かにそうだけど。

「……それでは、不十分ですか」

 ……つまり、やっぱり聞くなって事みたいだった。

「…………いいえ」

「…………因みに、いちおう警告しておきます…………あなたがもし昨日のことをどなたかにお話しになったら…………」

殺されるんですか? あたし?」

 あたしはその先を聞くのが怖くって、おじいさんの言葉を遮った。
 おじいさんの口からそれを聞くのが怖かったから、自分で言ったわけ。

「いえ」おじいさんの口の端が歪んだ。つまりあれは……彼にとっての笑顔だったんだろうか「……あなたは、頭がおかしくなったか、それともうそつきだと思われると思います」

「……で、でも……」

 あたしはそう言いながら、おじいさんの言うとおりなんだろうな、と思った。

「それに…」おじいさんが続けた「あなたは何も見ていない。ずっと目隠しをしていただいてましたからね。あなたは、聞いて、匂いを嗅いで、触れて、味わっただけ。何も見ていないのです」

 あたしはおじいさんの目を見た。

 真っ黒の瞳で……何か生命力ってものをこれっぽちも感じられない瞳だった。

 あたしはぞっとした……
 まだ、ゆうべあたしが絡んだ二匹の生き物のほうが……ずっと生き物らしかった。

「それでは、さようなら。お疲れさまでした」

 あたし側のドアロックが外れた。

「さようなら」

 言って、あたしは車を降りた。

 日が昇りはじめていたけど、外はとても寒かった。
 でも、その冷気を肌で感じて……あたしは地上に帰ってきたことを実感した。

 なんていうか……地上に、陽の当たる場所にまた立てたことが、とても嬉しかった。
 この目でもう一度ものを見ることができて、とても嬉しかった。
 あの待合室 の中で、訳知り女と一緒に居るのではないことが、とても嬉しかった。

 あの奇妙なアナウンスと、暗いジャズが聞こえてこないところに居るのが嬉しかった。

 そして、この瞬間、身体をあの“何か”に浸していないことが、とても嬉しかった。

 あたしの身体に絡みつくような、あの何十人もの視線の中に居ないことが、とても 嬉しかった。

 ……うまく言えないけど。

 あたしが見送る中、おじいさんが乗る黒い車は駅前広場をゆっくりと出ていく。
 そしてずっと遠くで、ウインカーを出して右折し、見えなくなった。
 

 ……これが、去年のクリスマスの思い出。


 あとでこの話を持ってきてくれた友達の友達の友達の友達あたりを辿って、何かを知ろうとしたけど……みんな、曖昧にしか知らないのね。

 ああいう地下都市が日本国中にあってさ。

 そこを知ってるほんの一握りの人達だけが、地下に潜って……そこでしか出来ないことや、そこでしか見られない余興を、愉しんでるんだってさ。

 それ以上は、判んなかった。

 あたしも面倒くさくなって、知りたくなくなっちゃったんだけど。
 
 まあ……あたしはその体張って稼いだお金のおかげで、ぬくぬく年を越せて、楽しいお正月を過ごせたってわけ。

 そんだけ。
 
 

 ……ああ、やっぱりぜーんぜん信じてないね。その顔は。

 おじいさんの言ったとおりだな。

 あんたもあたしのこと、うそつきだと思うんだ。
 それとも頭がおかしいって思う?
 でも、まあいいや。
 けっこう面白い話でしょ?
 
 あれから1年か……おじいさん、元気かな。
 

 最初に電話したあの電話番号?

 うん、まだ持ってるよ。
 あれから一回だけ電話してみたけど、通じなかったけどね。
 
 でも、もうすぐクリスマスでしょ。

 ひょっとして直前になって掛けてみると、また繋がるかも知んない。
 わかんないけどね。

 多分、地下の人達も、誰かひとりは、女の子が必要になるんだろうしさ。
 
 電話が繋がったら今年も地下に行くかって……?
 さあ。
 

 当日になんないと、判んないよ。

<了>
 
 メリークリスマス。 
 もう一度最初から読みたい、そんなクリスマス充なあなたはこちら。


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