"感情の使い方"
先月の話である。
NBAのダラス・マーベリックスのルカ・ドンチッチがテクニカルファールを取られた。
仲間を鼓舞するつもりで声を荒げたのを、審判への抗議と審判自身が勘違いしてしまい、テクニカルファールをコール。
呆気に取られるドンチッチ。
自分に怒ったのだと主張するパウエル。
意見を曲げない審判。
という構図になった。
この事例自体は別に珍しいものではなく、NBAでは"よくある"勘違いの例である。それは、NBAが感情を爆発させまくる選手で溢れたリーグであり、審判に対して必要以上に抗議する選手もいるからだ。その予防策としてテクニカルファールを早めに取ろうとする審判の意図も理解できる。
この一連の騒動を通して私が感じたことがある。
「審判が悪い」とかいう話ではない。
「バスケットボール選手は感情を出す力も必要である」ということだ。
①”伝えねばならないこと”を伝える必要性
しかしながら、バスケットボールは他人との議論を繰り返すことでチームの最適解を導き出すスポーツである。(このことについては以前の記事で主張しているので、ぜひ参照していただきたい。)
ドンチッチもパウエルに対して、感情を交えながら「ここは気を緩めてはダメだ!!」ということを伝え、最適解を共有しようとしたのだ。なぜ感情を出すと良いか。一瞬でその情報が重要であるということを認知させることができるからである。
プレイヤーは「認知⇒判断⇒実行」の順序を辿ってプレーを行う。同じものを見ていたとしても、それが危険かどうかは個々の認知によって異なる。認知の違いによって、実行するプレーにも違いが出る。
だが、バスケットボールをプレーする同じチームの5人の認知のズレは致命的である。ディフェンスのローテーションや、リバウンドに対する意識は特に分かりやすい例で、1人の気の緩みによってチームルールが崩壊しそうな場面がある。
そんなときに必要なのが「このプレーは注意しなければならない」ということをチームメイトに”伝えるために”感情を表出させることである。一瞬で認知のズレを修正できる。言語や文化が異なっていたとしても「喜んでいる」「怒っている」「悲しんでいる」ということは声のトーンや表情で把握できるからだ。それほどまでに感情を伴う自己主張は浸透力が高い。
だがしかし、先ほどのルカのテクニカル(になっちゃった)の声かけのような感情の込め方をできる選手は実はあまり多くない。特にそれは学生に顕著で、明らかに不満を抱えていても、プレーを流してしまうことがある。
あまりにも感情が表出しないプレイヤーからは何をしたいのか、何をして欲しいのか、何を狙っているのかが共有されない。
私たちはコートの上で感情を利用し、”伝えねばならないこと”を伝える必要がある。
②日本人プレイヤーの多くはなぜ感情を出せないのか
「お前はプレーが優しすぎる」「プレーにやる気が感じられない」
指導者からこのような言葉がけをされたことはないだろうか。感情を表に出さないあまり、第三者である指導者の目には「熱量」を感じることができない。このようなことで損をした経験があるプレイヤーもいるはず。私もその中の1人である。「淡々とやるな」「気持ちを表に出せ」と耳にタコができるくらい指導されてきた。
プロの試合解説を聞いててもよく聞くのが「俺にボールをよこせと自己主張する選手がいない」という言葉である。海外でプレーした経験がある友人によれば、海外の選手はボールを要求してくる回数が異常なほど多い、と。「他のプレイヤーにパスしたら、もう自分のもとにボールが返ってくることはない」と言っていた。それが良いか悪いかは別にして、それほどボールを要求する自己表現と意思が強すぎるのだ。
しかし、「感情を表に出せない」という悩みをプレイヤーが感じるのは何ら不思議なことではない。その理由は2つある。
1つ目は、日本の文化的な側面である。
日本では感情を「抑える」ということが美徳とされる。審判のジャッジに不満があっても、文句は言わない。怒り狂っても、それを仲間にはぶつけない。
日本人は生活において何かと感情が表に出ることを嫌う傾向にある。
実際に「感情を表に出す人」と「感情を抑える人」がいた場合、どちらのほうが好印象を持つだろうか。
「恥の文化」と呼ばれる日本の文化・価値観においては、世間体や外聞といった他人の視線を気にしてしまいがちだ。周囲の空気感を大事にし、いわゆる「空気読めないヤツ」にならないよう、自分の気持ちを殺しながら相手に合わせる。
だがしかし、コートでは「気持ちを全面に出せ!!」という指示が飛ぶ。
社会生活では感情を「抑える」ことを強要され、コート上では感情を「出す」ということが求められる矛盾が生じているのだ。練習でやっていないことを試合でやっても上手くいかないことと同じように、いきなりコートの上で「気持ちのこもったプレーをしろ」と言われても、気持ちを込めることはできない。
2つ目は、「行儀良くプレーすること」が目的化することがあるという点だ。
恥の文化である日本において、他人からの”チームとしての見られ方”にも注意が向く。自分のチームは他のチームから行儀良いと思われているだろうか、関係者の方々が試合を観ていて不快に思わないだろうか、と。
他人からのチームの見られ方が重要であるということについて何ら異論は無い。応援されるに値するチームであるべきと私も考えている。しかしだ。ゲームの目標である「勝利」に関して不利益を被ることが理由で「感情を抑えるべきだ」と主張するのはまだしも、他者からの見られ方が最優先となってしまうのは目標から逸れることになる。
③感情のコントロールとは「抑える」だけでなく「出す」も含まれる
だがなぜ、「感情を出す」が悪とされてしまうのか。感情を表に出し、自己主張する選手という言葉が悪い印象を持たれてしまうのか。これを知るためには感情を出すことについてのデメリットを改めて考える必要がある。
2つある。
1つ目は、理性の範疇を超えてしまった場合。「感情を“意図を持って見せる“」という領域から出てしまい、本能的に感情を表出するケースだ。例えば、審判への過度な抗議、仲間への言葉を選ばない罵倒など。
物に当たるということも挙げられる。イライラしてベンチの椅子を蹴り飛ばすことや、ボールをコートに叩きつけることなどである。これらは第二・三者を不快にさせるだけでなく、テクニカルファールをコールされる可能性があるという明確なデメリットがある。
2つ目は、感情の表出が長すぎる場合。1つ目に重なる部分もあるが、同じ仲間に対して怒りの感情を表出しすぎると、相手のフラストレーションを溜めることにも繋がる。本来、チームにとってプラスになるように感情を表出しているはずが、逆にマイナスの影響をもたらすことになる。
また、感情の表出が長すぎるケースとしてよくあるのは、コート外にもその感情を引きずることである。海外では、コート上では怒鳴り合うものの、次の瞬間には何事もなかったかのようにすぐハイタッチする様子がよく見られるが、日本人プレイヤーはコート外まで引きずる傾向にある。それを本能的に知っているがあまり、その関係性の「ぎこちなさ」を避けるために感情を出すことをしないのかもしれない。
これらのデメリットと前述までのメリットを考えると一つの結論が見えてくる。
プレイヤーには感情を「出す力」と「戻す力」の両方が必要になるということだ。
前日の通り日本では「抑える力」が身につきやすく、反対に「表出する力」はなかなか身につかない。となれば、多くのプレイヤーは、【意図的に感情を表出する必要がある】のだ。
いわゆる「気持ちの入ったプレー」は決して精神論ではなく、スキルとして、意図的に発現させることがバスケットボールにおいては必要なのである。
先日Bリーグに試合観戦に行ったのだが、プロの選手でこれができない人はほぼいない。全員がルーズボールにダイブし、全員が大声を出してコミュニケーションを取り、全員が感情を表に出して仲間を鼓舞する。
さらに、気持ちの入ったプレーというのは人々の感動を生む。人が感情を揺さぶられる瞬間は、他人の感情の表出を感じ取った瞬間だからだ。
恥の文化である日本社会で育ち、プレーする選手にとって、感情を表出させることができるというのはそれだけ稀有で、価値の高いことなのである。
④感情を出すことは”訓練可能”
社会生活とコート上のギャップ、また、指導者から求められていることとプレーにおいて必要なことの乖離について話を進めた。そして結論として、感情は抑えることに加えて、出すことも必要であり、それは意図的に発生させていく必要があるとした。
バスケットボールにおいて「感情を出すべき場面」というのはある程度把握できるはずである。ディフェンスコミュニケーション、試合前のミーティング、シュートが入った時のチームのリアクション。
言語化できるならば、これらは”訓練可能”と言えるだろう。
俳優が感情の表出を訓練するのと同じように、バスケットボールプレイヤーも感情の表出のタイミングが把握できるならばそれに取り組めるはずである。
ともすれば、日々の生活ではなかなか身につかない「感情を出す」ということは、バスケットボールのスキル練習と同様に、意図的に練習する必要がある。
ポーカーフェイスでいるべき局面も確かにあるが、何度も言うがバスケットボールという競技の構造上、感情の表出は必要不可欠なのだ。
常日頃の練習で試合さながらの感情のコントロールを実践していきたい。
*
以前、大倉選手がインタビューで、
「チームの中で言った方がよかったなと思うことがたくさんあった」「(今は)全員が同じ方向を向くために感情を出してでも言う」
と語っていた。
これが強いチームを作るに必要なことだと今は信じている。
今回の参考図書です。めちゃくちゃ面白いのでぜひ。
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