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博士のアルバム 1話



「学者で偉い先生らしいから、口の利き方とか気を付けてね」
「難しい先生なんですか?」
「さぁ、知らないけど学者って頭がいいから気難しいんじゃないかと思ってね」
渡された名簿の名前を見て言った。
 雲野 憲(うんの けん)
「うわ~、ほんとだ。賢い人っぽいですね」
「学者さんのお世話なんてみんな腰が引けちゃってね。花井さんなら大丈夫だろってマネージャーが」
「私だって気が引けますけど・・・。でも、困ってらっしゃるんですよね。だったら行かなきゃですよね」
「さすが、花井さんね。え~っと、雲野さんのお宅へは明日からね。トイレと入浴介助とお食事を作って欲しいの。持病があるから塩分は控えめに。お野菜がたっぷり摂れるメニューをご希望よ」
「わかりました。明日から伺います」

 夜、私はインターネットで雲野先生の名前を検索した。
「ほんとに学者さんだ。でも、なんの専門なのか分からないわ」
難しい用語に英語で書かれた論文。
明日、何の話をしたらいいかわからない。すごく厳しくて怖そうなおじいさんだったらどうしよう。その夜は緊張して眠れなかった。

 緊張しながらインターホンを押した。
2回押したが応答はない。深呼吸してから玄関のドアに手をかけると鍵が開いていた。
「こんにちは、介護士の花井です」
大きな声で呼びかけた。
「ほ~い、入ってきて。奥にいるよ」
はっきりした口調で返事が返ってきた。
「お邪魔しますね」
私は玄関の中に入り靴を脱ぎ、揃えてから長い廊下を進んでいった。

 部屋の扉は開いていて、ベッドに横たわる雲野さんは布団から顔だけをだして私を見た。
「初めまして、こんにちは。花井夏帆です。今日からよろしくお願いします」
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
雲野さんはペコリと頭を下げた。
「まずは何から始めましょうか」
「お洗濯とお掃除をお願いします。あと、その前にオムツを…」
「はい、交換しますね」
「ごめんなさい。なにもできなくて」
「気になさらずに。そのために私達がいるのですから遠慮なく言ってくださいね」
そう言うと雲野さんは、安心したようにニコッと微笑んだ。
「病院から退院したばかりですね。気分はどうでかすか?」
「うん、一気に弱ちゃってね。腸閉塞で手術したんだ。入院するまでは歩けてたんだけど」
私は、オムツの交換しながら雲野さんの話に耳を傾けていた。
「色んなことが一変にできなくなって。本当は、今月学会で徳島に行く予定だったんだ」
「そうだったんですか。それは残念でしたね」
「情けないよ。茅野さんに会う予定だったのに。僕はバチが当たったのかな」
雲野さんは寂しそうに言った。

















 






 


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