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博士のアルバム 4話



一カ月後。
先生が、ベッドにつかまり立てるようになっていた。腰元はいつも理学療法士の杉田さんが支えている。ずっと寝たきりだった先生が、自分の足を床につけることが出来る日がくるとは先生自身が思いもしなかったようだ。
「はぁ、疲れた」
ベッドにバタンと寝転がった先生に杉田さんが言った。
「ポータブルトイレ、使える日が来そうですね」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう。でも、まだまだ・・・」
私は先生の口元にほうじ茶の入った吸い飲みを近づけた。一気に飲んだ。相当疲れた様子だった。
「いつかあの縁側に座れるようになりたいね」
「なれますよ、絶対に」
 パーキンソン病。
片足を引きずりながら歩いて電車に乗り、学会や大学の研究室で研究をしていたのは、ほんの二年前。
体調を崩し、半年間入院したことをきっかけに歩けなくなった。
「昨年の11月、関西で学会があったんだ。その時、茅野さんに会いに行こうと思ってた。やっぱり神様は許してくれなかったんだなぁ」
先生は、同じ話しを繰り返す。
「許してくれなかったって何がです?」
「ちょっとそこの窓を開けてくれないか。ずっと家の中にいると腐っちまいそうだ」
私の質問が聞こえなかったのか、それとも聞こえない振りをしたのか、答えてくれなかった。
私はベッドの横にある大きなガラス戸を開けた。縁側のある家。先生の家は、理想的な日本家屋だった。
心地よい風がすぅーっと部屋の中を通り過ぎた。
「先生、リハビリがんばりましょう。きっとまた歩けるようになりますよ」
杉田さんはそう言って横になった先生の肩に手を置いた。
先生はずっとうつむいたままだった。












 






 


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