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研修医を導くフィードバックの技法

フィードバックは最も効果的な人材育成の方法とされています。
それは、フィードバックは経験学習を効果的に回すための指導方法であり、個人の成長の7割が直接経験から得られるとされていることからも納得がいきます。経験に勝る学習はなく、OJT(On the Job Traning)は研修医教育の要です。


経験学習

経験学習の全体像

経験学習について学んだのは研修医2年目の時で、そのときに松尾睦先生の”職場が生きる人が育つ「経験学習」入門”を読みました。

以下の図はその書籍を参考に作成した経験学習の全体像です。
Kolbの「経験学習サイクル」にEricssonの「良く考えられた実践」の要素が加わって、より効果的に成長を促すものとなっています。

経験学習+よく考えられた実践の全体像

フィードバックはこの図の中で、他者との「つながり」を通じて経験学習サイクルにおける内省し教訓を引き出すステップをサポートしています。


フィードバックの説明の前に、部下育成理論

フィードバックとは一体なんなのか、ということで中原淳先生の"フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術"を読みました。

この書籍ではフィードバックの前提知識として部下育成の基礎理論「経験軸」と「ピープル軸」の説明があります。

経験軸については、Ericssonが提唱した適度に難しく明確な課題がある具体的な経験のことをさしています。

いわゆるStretch Zoneにいる状態が望ましく、Panic Zoneにいるなら足場づくり(Scaffolding)をしてStretch Zone程度に難易度を調整してあげる重要性も研修医教育では必要になります。

ピープル軸とは「人が業務の中で成長するのは、職場の人たちから、さまざまな関りを得られた時」という考え方で、ピープル軸の条件が満たされている(人と人とのかかわりの量と質が良い状態)であれば人は成長するという考えです。

個人的に上記の「経験学習+よく考えられた実践の全体像」での「つながり」が、部下育成理論の「ピープル軸」と対応しているなと思いました。

ピープル軸としての他者からの支援には下記3つがあるようです

  • 業務支援:OJTでの支援。教えること、助言すること(ティーチング)

  • 内省支援:振り返りを促すこと、客観的意見を伝えて気づかせること(コーチング)

  • 精神支援:励まし褒めて、感情のケアをすること


まとめ①

ここまでをまとめると、研修医を「Stretch Zone」に入れるような業務経験を与えて、「業務支援」「内省支援」「精神支援」を得られるような機会があれば研修医は経験学習サイクルを回すことで育つだろう、いうことが言えそうです。


フィードバックとは

フィードバック=カーナビ

それではやっとフィードバックについてですが、例えとしてしっくりくるのがカーナビです。
カーナビは目的地を設定し、目的地へのルートから外れればその修正を指示し(Negative feedback)、ルートがあっていれば「そのまま2km直進」など合っていることも教えてくれます。(Positive feedback)

https://www.kaonavi.jp/dictionary/feedback/より引用

「情報通知」と「立て直し」

フィードバックは「情報通知」と「立て直し」の2つの要素からなります。

「情報通知」とは良いことも、悪いこともふくめて、「相手の行動が、自分からみて、どのように見えるか」を、相手に通知することです。現状を把握し、目標とのギャップを認識させ、向き合うことの支援であり「ピープル軸」での「業務支援」にあたります。

通知する情報は、感情を極力含まないように配慮したSBI情報(Situation"どのような状況で"、Behavior"どんな行動ふるまいが"、Impact"どのような影響をもたらしたか")で、客観性が大事なのでよく相手を観察して情報収集します。

たとえば、救急外来において胸痛を主訴にきたwalk-in患者の診療で(Situation)、問診に時間をかけすぎて心電図を取ることが遅れたことが(Behavior)、STEMIの発見を遅らせた(Impact)といった具合です。ここで一般知識として「血管リスクのある胸痛患者では心電図検査が優先される」などのティーチングが行われます。

「立て直し」とは行動と結果を認識したうえで、目標と現状のギャップを埋めるよう働きかけることです。振り返りを促し、アクションプラン作りの支援であり「ピープル軸」での「内省支援」「精神支援」にあたります。

先程の例でいうと、どうして心電図検査が遅れたのかを振り返り、今後同様の臨床場面にはどう対応するかという未来の行動計画づくりを支援するコーチングを行う。そして期待を伝えて自己効力感を高めることにも意識を向ける。

基本のフィードバックの型:中原流?

フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術で書かれていたフィードバックの型は以下の通りです。
題名の通りNegative feedbackを行う時の型です。中原先生はサイトの記事でも、いいねを送る文化がNegative feedbackをすることを避けてしまう状況を引き起こしていると懸念されており、ダメなものはダメと伝えることの重要性を訴えています。

フィードバック前:SBI情報の収集

フィードバック中
①信頼感の確保:何を言われるかより、誰に言われるかが情報が伝わるためには重要
②事実通知:鏡のように情報を通知する。「甘め」も「辛め」もなく、そのまま伝える。「私にはそう見える」という枕詞が有効で「残念だ」といった感情を付けないようにする
③問題行動の腹落とし:Negative feedbackを受け入れる側には時間と対話が必要。
④振り返り支援:振り返りによる真因探求(氷山モデル)、未来の行動計画づくり
⑤期待通知:自己効力感を高めて、コミットさせる。

フィードバック後:フォローアップ


振り返り支援の3つのポイント

フィードバックの型の①-③までで、学習者は現状の自分と目標にはギャップがあり、このギャップを埋めることが求められているということが実感できている状態にきています。

振り返りのポイントは学習者自身に自分の過去・現在の状況を「言語化」させることです。適切な問いかけを通じて、以下の3つのポイントについて振り返りを支援します。
①WHat?(何が起こったのか)
②So What?(なぜ起こったのか)氷山モデル
③Now What?(これからどうするのか)


医学教育でのフィードバックの技術

医学教育とて基本は同じ

6micro skillやPNP法(サンドイッチ法)などの型としてのフィードバック方法が知られています。ただそれもどの文脈で使うか次第で、基本は中原流の型をPositiveでもNegativeでも意識するのが大事かと思います。
参考に示した3-5のサイト・文献でのフィードバックの方法(参考サイトの表が下記)も概ね中原流と一致してました。

医学会新聞「9つの原則で学ぶ効果的なフィードバック」より引用


ちなみに中原先生はPositive feedbackとNegative feedbackという二分法は嫌いだそうです(笑)。が、Negative feedbackが与えるモチベーションの低下の作用は意識しておいた方がいいとは思います。

6micro skillの穴とメリット

研修医の外来教育技法として6micro skillがあります。以下の6stepです。
(1)学習者に評価・計画を述べさせる(get a commitment)
(2)それを指示する根拠を確認する(probe for supporting evidence)
(3)原則を教える(teach general rules)
(4)よかった点をほめる(reinforce what was right)
(5)間違いを正す(correct mistakes)
(6)次に学ぶことを見つける(identify next learning steps)

短時間でフィードバックを行うことができる方法ですが、中原流の型を基本としてこの方法を見てみると色々穴はありそうです。

まず信頼感の確保がフィードバックを届けるためには重要ですが、その要素が少ないです。(Positive feedbackから行っていることは信頼関係を築くことには有用そうです)
そして指導医も外来診療中で忙しい場面が想定されているためか、SBI情報の収集はなく、学習者の口で語られる情報でフィードバックを行わざるを得ません。これは研修医がRIMEモデルでいうところのReporterレベルに到達していないと、適切なフィードバックができないということです。

しかし、Reporterレベルが達成されている研修医で元々信頼関係が構築されているならば非常に強力な武器となりそうです。特に、古典的タキソノミーでの知識、技術、態度における知識(診断、治療)の教育技法として有用化と思います。

PNP法(サンドイッチ法)

Positive-Negative -Positiveという風に、Negative  feedbackをPositive feedbackでサンドイッチにして伝えることでNegative feedbackでのモチベーション低下や痛みの経験を減らそうとする技法です。

ただ、耳の痛いNegative feedbackのメッセージが薄まる可能性があります。僕もあまりこの方法は好きではなくて、わざとらしくなって白けちゃうと思うんですよね。
耳の痛いことは、やっぱりシリアスに覚悟をもって伝えて胸に刻みこまれないと価値がないと思うんです。

その上で、ネガティブフィードバックの伝え方としてPNP法よりも気を付けるべきことは下記の点かなと思います。
(1)どのように改善すればいいかについての内容を含む
(2)内容に客観性があり妥当である。
(3)面と向かって、できるだけ1on1で行う。
(4)一緒に解決策を見つけ出すという姿勢を示す
(5)期待を忘れずに通知する

以上色々と経験学習とフィードバックについて述べてみましたが、現場での研修医教育にどれだけコストを払えるかっていう組織の在り方が大きく関連しているのは言うまでもないです。
僕も自分にできる範囲で研修医教育に参加できるように頑張っていきます。

参考になるサイト、文献

  1. フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術

  2. NAKAHARA-LAB

  3. 医学会新聞「9つの原則で学ぶ効果的なフィードバック」

  4. 「評価は人を育てる。― 効果的なフィードバックをしよう!―」岡山医学会雑誌 第127巻 December 2015, pp. 237-240

  5. 三好智子, et al. "効果的なフィードバックの伝達および省察・行動変容を促すコーチングをブレンドした面談モデル: R2C2 モデルの紹介と日本語版." 医学教育 53.1 (2022): 77-82.


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