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『アク 星降る島に花束を』のレビュー:過猶不及―方向性の違いは揚棄せず

『アク 星降る島に花束を』は、プレイスペース全体で作品世界を表現し、プレイヤーが五感で作品を体感できる「劇的マーダーミステリー」と『シュレーディンガーの密室』や『パンドラの箱の再開』といった物語体験に定評がある作品を送り出してきた白岩ぱんだ氏によるコラボ作品です。
どちらも異なるアプローチで没入感を追い求めており、うまくマリアージュすればマダミス史上に残る傑作が生まれる可能性を秘めています。
それだけに期待していたのですが、残念ながら本作では要素が詰め込まれすぎてフュージョンに失敗してしまっています。
確かに劇的マーダーミステリーらしさとぱんだ氏の作品らしさは随所で感じられ、場面場面で面白さやサプライズを楽しめます。
店舗マダミス作品としてみた場合、及第点には達しています。
しかし1つ1つの要素の情報量が多すぎて、結果的に消化不良のまま通り過ぎてしまいます。

1つ強調したいのは、店舗マダミス作品として及第点には達しているということです。
ただ、もっと高みを目指せるはず、マダミス史上に残る傑作が生まれ得たはずという期待には応えられていません。
過剰に期待していたといえばそうですが、そうした化学反応を望みうるコラボではあります。

端的にいえば「マダミスの方向性の違い」であり、それが止揚せず(弁証法でいうところの)対立したままになっています。
プレイヤーが作品に没入するためには、世界観や登場人物の造詣、演出といった要素はどれも重要です。そして本作でもそれらは十二分に揃っています。
しかし没入で最も大切なのは、それらをプレイヤーが受け止めきれるかどうかです。いかに素晴らしいテキスト、演出、体験であっても、プレイヤーが理解できなければ無きに等しいです。
プレイヤーが咀嚼するためには作品中に意図的な疎密が必要ですが、本作はつねに情報強度が高くて緩和する場面がありません。ライド型アトラクションで次々に派手なシーンが目の前を通り過ぎ、気づいたら終わっていたようなものです。
キャラクターや世界観に没入する間がありません。

劇的マーダーミステリーの魅力は身体感覚に訴えかける、わちゃわちゃ感の面白さです。
従来のマダミスはキャラクターシートやカードといったテキスト主体であり、舞台の構築はプレイヤーの想像力、過去の経験に強く依存しています。
然るに劇的マーダーミステリーでは視覚、触覚、聴覚といった感覚、時には身体運動を交え、まさしく物語を"体感"できます。プレイヤーの想像力というクッションを経ずに、作者が表現したいことをストレートに届けられます。
一方で説明不要で直感的ではあるものの、テキスト主体ではないためにキャラクターの背景や内面の機微を伝えるのは不得意です。ゲーム中のテキスト情報はLINEで入手しますが、マダミスであるが故に入手する情報はバラバラでプレイヤーの整理が必要にもかかわらず、LINEの特性上、検索性が悪くて体験の満足度を下げています。
また劇的マーダーミステリーそのものの特性とは別に、ゲーム進行に必要かどうかとは無関係に、脱出ゲームの要素を入れたがるという作者の悪癖があります。

白岩ぱんだ氏の作品の魅力は深い物語体験です。
回想を重ねるにつれて物語が積み上がり、キャラクター造詣や人間関係への理解が深まり、すべての真実が明かされた時にすべての点がつながって、エピックとリリックが完成します。
そこに至るまでのエスカレーションもきちんと設計されていて、緩急をつけることで物語へ没入していくように計算されています。
一方でいささか個性的で複雑な世界観であるが故に、直感的に魅力を理解することはできません。
プレイ中もテキストの読み込みを重ね、物語が進むことで全体像が浮かびあがるため、作品の面白さに触れられるまでに時間がかかります。

本作では劇的マーダーミステリーの身体感覚に訴える直感的な面白さ、白岩ぱんだ氏らしい深い物語体験の両方の要素が存分に盛り込まれています。
上述の通り、その2つの魅力と欠点は真逆です。そのためお互いの良いところが悪いところを打ち消し合う、あるいはジンテーゼへ止揚できていれば大傑作が生まれたでしょうが、個々の要素はバラバラでまとまっていません。
身体的、瞬間的な体験と掘り下げるべき物語体験を交互に味わうため、どちらも耽溺する間がなく、ついていくのがやっとという状態になります。これでは没入するどころではありません。
しかもゲームのビジョンとは明らかに外れていて時間を浪費する要素がいくつもあります。
そのため4時間30分とマダミスの中では長編に分類されるはずなのに、議論を十分に交わしたり、登場人物を掘り下げたという印象がないままエンディングを迎えます。

まったく異なる特徴を持つからこそコラボの意味がありますし、注目すべき野心的な試みではありましたが、結果としては及第点は取れているものの、大成功とは言えません。
楽しむことができるのは地力があるからですが、もっと高みを期待していた身としては残念です。
とはいえ試みがなければ傑作も生まれないので、これからも挑戦を続けてほしいと願っています。

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