珈琲を求めて
日々をバタバタ過ごしていると、ふと「現実逃避したい」と思うことがある。
それは突然やってきて、その時の熱量は常軌を逸する。
気になるお店があると、たとえ初見のお店でも構わずドアを開けてしまうのだ。
もはやこれは立派は「癖」だと思う。
コーヒーを美味しいと思うようになったのは、割と最近の話だ。
若かりし頃は「なぜ好んで苦いお湯を飲むのか」と真剣に思っていたし、出されてもミルクとシュガーをこれでもかと混ぜていた。
や、甘いのは甘いので今も好きだが。
推しがコーヒーのCMを担当するようになり、おのずとコーヒーを買う機会は増えた。
推しがブラックで飲んでいると聞き、自分もブラックで飲んでみたら意外に美味しかった。
それ以来、コーヒーは私の癒やしになっている。
その日もヘトヘトだった。
珍しく早い時間に身体が空いたので、ふらっと通りすがりのカフェに入った。
どうもカフェインが欠乏していたようだ。
苦すぎると飲めないこともあるのだが、この日は脇目も振らずダークローストコーヒーを選んだ。
ついでにコーヒーゼリーパフェをハーフで。
ダークローストが苦すぎても、パフェがあれば飲めるだろうという打算もあった。
ところが。
ダークローストコーヒーは言葉を失うほど美味しかった。
一口で身体がほぐれていくのが分かった。
もちろん苦味はあるのだが、なんていうか透明なのだ。
スッキリした苦味、というのはこのことだろうか。
パフェそっちのけでコーヒーを飲み、しばらく悩んだ後にそっとシュガーを落としてみた。
甘くしても至宝の味だった。
コーヒーを飲み尽くし、ようやくパフェにスプーンを入れた。
冗談かと思うほど美味しい。
ガッツリ濃いコーヒーゼリー、ザクザクしたクッキー、ミルク感たっぷりのアイス。
生クリームがないのに満足度が天井ぶち破ってる。
私は天国に来た、そう確信した。
パフェもあっという間に食べ終わった。
けど私にはまだ野望があった。
それは、アイリッシュコーヒーへの挑戦だった。
いつか飲んでみたい大人メニュー。
ただリキュールが強すぎたら飲みきれるか自信がない。
勇気を絞ってマスターに聞いてみたが、それほど強くはないと言う。
それならばと意を決して、アイリッシュコーヒーを頼んでみた。
マスターは混ぜずに飲んでいるらしい。
不安もあったが、なんたってここは天国だ。
たぶんマスターの言うことを聞けば大丈夫。
初見のお店に来た人間の台詞ではない気もするが、なぜかそう確信した。
アイリッシュコーヒー、メチャクチャ美味しい。
リキュールはアルコール度数も高めだが、口に含むと上のクリームと交ざりあってまろやかになる。
飲むたびにその比率が変わるのか、味は変化し続ける。
とんでもない飲み物に出会ってしまった。
たまたまオープン直後で、客は私しかいなかった。
そのせいもあるが、とにかく静かでゆっくり過ごせた。
お店は外観も店内もセンスに溢れていて、小物ひとつにさえ感心してしまう。
居るだけで癒やされる空間だ。
ここはたぶん人生屈指のカフェだ。
コーヒーというより珈琲と言いたくなるような、穏やかなお店。
珍しく喫煙可のお店なので、たぶん愛煙家には嬉しいカフェだろう。
余談だが私は煙草を吸わない。
たまたまオープン直後で他の客はいなかったので、煙のない空間を堪能できた。
煙草が苦手な方はお気をつけを。
また行きたいなあ、とぼんやり思う。
あの珈琲を口にしたい。
私の人生が終わる時の「最後の晩餐」は、ここの珈琲を所望する予定だ。
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