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「スペシャリストになるためには?」へっぽこ編集者、森博嗣先生に教わる【6】

森先生からの最後通牒

少し後悔しているのですが、一介のファンがご本人と仕事をできるというのは光栄なことなのに、へっぽこ編集者である私・編集Yは、そこで恐れをなしてしまったんですね。なので質問項目も「バカだと思われたくない」みたいな気持ちも働いて、手を替え品を替えた「仕事ができるにはどうすればいいですか」のオンパレード。

そうしましたら、ついに「貴女はどうも考えることが嫌いなようですね」と最後通牒が下されてしまった私的には白眉、会社的には大惨事である第6回。この回では、多くの人が苦手な「悩むこと」「考えること」の大切さが解き明かされます。お楽しみください。

『アンチ整理術』第6章「本書の編集者との問答」より(第6回)

スペシャリストになるためには?

編集者Y(以下、Y)「我々、就職氷河期世代(今の三十代なかばから四十代なかばくらいまででしょうか)で、仕事を選べないまま現在に至った人も多いかと思います。苦手分野を仕事にしてしまっていて、もう変えられなくて、将来も心配だから、少しでも力をつけて、自分を修正したい。仕事ができるようになりたい。という人は、どうすれば良いでしょうか?」

森博嗣(以下、森)「嫌なものや、苦手なものだからこそ、効率を上げたいですよね。自然な方向性だと思います。ただ、好きになろう、と勘違いしないこと。嫌いなままで良く、単に効率を上げることに専念するだけです。そうすれば、意外と道が開けると思います。それは、その仕事に対する自分の行動を整理・整頓することに近いようにイメージできます。具体的なことは、個々の仕事によって違っていると思いますけれど」

「『「やりがいのある仕事」という幻想』の中に、人間の仕事は、だんだんスペシャルになっていく、というお話がありました。そのスペシャリストになるために必要な勉強とは、何なのでしょうか? 職種によって違うとして、どうすれば『これを学ぶべき』というものが見つかりますか?」

「大事なのは、それを自分で考えることです。勉強するのは自分です。何を学べば良いのか、と考えることが、スペシャリストへの第一歩です。人から学ぼう、教えてもらおうと思う気持ちはわかりますが、そんな教材があるはずもなく、学ぶ方法もありません。それらがないから、スペシャリストなのです。教材があり学習法があったのは、十代までのこと、共通する基礎的な事項、つまりジェネラリストを育てる段階だったからです。頭を切り換える必要があると思います」

本質を考える

「自分でも思うのですが、私の悩みの一つに『何をどう学ぶか』ということがあります。自分が大事だと思うものを端から勉強すれば良いだろう、といわれそうなのはわかるのですが、たとえば、『コピィが書けない! 糸井重里さんのコピィライタ養成講座三回十六万円に行こう!』というのは、なにかが違う気がするのです。もっと本質的なことが必要なんじゃないか? と思ってしまうのですが、本質って何だといわれると、わからないのですが……」

「そういう講座へ自分の金を払ってでも行こうと思った、という貴女(あなた)のそのときの気持ちが、つまり本質です。なにかしなければならない、という焦りも本質です。自分を改善したい、そのために何をすれば良いだろう、という疑問が本質です。それらの本質を忘れないことです。いつもそれを思い出して、いろいろ考えてみることです。実際に十六万払って行くか行かないかは、どちらでも良い、どちらの選択もあります。行動するまえに、とにかくとことん考えること、悩むこと。そうすることで、頭の中が整理されてきます。考えに考え抜くという行動を、普通の人はほとんどしないのではないでしょうか。考えると滅入ってくる、なんていいますね。滅入れば良い。とにかく、考える。もし、どうしてもこれ以上は考えられない、となったら、なにか行動してみる。部屋を片づけるのも良いし、十六万円を払って講座に行くのも良いと思います。そうすれば、少し視点が変わるかもしれませんから、また考える。考えるのは、お金はかからないし、いつでも、元に戻ることができます。十六万円は戻りませんが、考えは、元に戻せる。考えて、決めるのではありません。ただ考える。判断をしない。判断のいずれについても可能性を考える」

考えることの大切さ

「たしかに、私は、そこまで考えたことがないのかもしれません」

「どうも、これまでの話を聞いていると、貴女は、考えることが苦手なのでしょうね。だから、効率の良い方法を求めてしまう。計算はするから、数字と式を教えてほしい、とおっしゃっているのです。でも、社会にある問題は、すべて応用問題です。計算をしなさい、という問題はありません。僕の父は、僕が幼稚園のときに、算数の計算を教えてくれました。彼は、学校の勉強なんかどうだって良い、一所懸命になるな、一番になるな、テストで悪い点を取っても良い。だけど、算数と数学だけは、ちゃんと授業を聞いていなさい。世の中に出て、役に立つものは、算数と数学だけだから。そういいました。あとは、二十歳になって大人になったら、自分で生きていけるようになること、親の援助は子供のうちだけだ、といっていましたね。だいたい、この反対のことを世間の人はいいますね。算数や数学なんか社会に出たらなんの役にも立たないって。でも、僕はこの歳になって、やっぱり、すべては数学だったな、と実感しています。親父がいいたかったのは、つまり、考えることの大切さのことなんです」

「少し、わかったかもしれません。ありがとうございます」

「わかっても駄目なんですよ。知ることでもなく、わかることでもない。大事なのは考えることです」

(『アンチ整理術』第6章「本書の編集者との問答」より)

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